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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十話 武技交錯(6)
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◆◆◆
それを見たクラウスは思わず口を開いた。
あまりに衝撃的な光景であった。アランの後頭部が蹴り飛ばされたのだ。
だが言葉は出なかった。その口から漏れたのは「あ……」という、何かを言いかけてやめたような、忘れたような単音のみ。
「アラン様」と呼ぼうとしたのか、「危ない」と言おうとしたのか、それすら分からない。
ただ一つ確かなのは、アランは無事だということ。後頭部から散ったのは鮮血ではなく火花。場に響いたのは頭蓋を砕く音ではなく金属音。
アランは防御したのだ。だがどうやって?
一瞬の出来事であったが、クラウスには見えていた。
アランは柄の底で受け止めたのだ。
蹴りが炸裂する直前、アランは後ろに振り返りながら、刀を握る左手を後方に引き、迫るリックの足甲に向かって柄の底を晒したのだ。
そしてアランは蹴られた勢いを利用して前転し、体勢を立て直した。
いま二人の間合いは再び開き、仕切り直しとなっている。
クラウスの口はまだ開いたままだった。塞ぐのを忘れるほどに、先の攻防に心を奪われていた。
なんという防御。驚きしかない。今の蹴りは完全に死角からの攻撃だったはずだ。
ただのまぐれだと考えるのが普通だ。だが何故かそうは思えない。
クラウスの中である記憶が呼び起こされる。
それは、目を塞いだアラン様から木の枝で打ち込んでくれと頼まれた、あの奇妙なお願いの記憶であった。
あの時、アラン様は「敵の攻撃がどこから来るのかを感じ取れた」と言った。
あれは本当だったのか?
今それを確かめる術は無い。しかし、この戦いがその答えの片鱗を見せてくれる。そんな気がする。
期待感のようなものがクラウスの中に湧き上がる。
そしてその口はようやく閉ざされた。
表情からは驚きの色が消えている。
だが、直後にもっと驚くものを目にすることになろうとは、この時のクラウスは予想だにもしていなかったのであった。
◆◆◆
一方、アランの意識は腹部からの激痛と焦りで混沌としていた。
(この傷はマズい。血が止まらない)
傷口に手を当てたい。が、リックはその隙を見逃してはくれないだろう。いま刀から手を放すのは自殺行為に等しい。
だがそれよりも問題なのは次だ。先の攻撃は何とか凌げた。だがこのままでは駄目だ。次はきっと殺される。
何とかしなくては。何かが足りない。
湧き上がる危機感に、アランの心は再び叫んだ。
“使えるものは全て使え! 試せ! 応用しろ!”と。
その心境の変化が台本に変化を生んだ。
新たな選択肢が表示される。
それを見たアランの意識は一瞬固まった。
すぐに実行に移そうとは思えなかった。提示されたそれは可能性のようなもので、確実性に欠けていたからだ。
だが、この危機を乗り越えられる唯一の手段であるように思えた。
台本はリックに対抗するには同じくらい速くなるしかないと、そしてそれは不可能ではないと、そう言っていた。
どうやって? 単純だ。真似すればいいのだ。あの超人的な加速を。
手品のタネはもう知っている。見えている。
あと必要なのは実行する勇気だけだ。
「……」
固唾を飲み込むアランに向かって、リックがゆっくりと間合いを詰めてくる。
マズい。仕掛けてくる。
覚悟を決めるしかない。やるしかない。
しかし、どの型で試す?
やはりこれまでどおり、相手の出方を見てから迎撃の型を決めるべきか。
(いや、それよりも――)
心中にふと沸いた、ここは後手に回るよりも攻めるべき、という意識がある記憶を呼び起こした。
それはクラウスから一度だけ聞かされた剣の師の話。
その話の中に出てきた人外のものとしか思えないある技が、この場の問いの答えとしてぴったりと当てはまった。
(そうだ。試すならこれしかない。これが、これこそが相応(ふさわ)しい)
アランは腹の痛みも忘れて、刀を握る手に力を込めた。
◆◆◆
「!」
直後、クラウスの顔に再び驚きの色が浮かんだ。
先に仕掛けたのはなんとアラン。
しかもその踏み込みの速さたるや尋常では無い。
陽炎のようにその身を霞ませながら一足で間合いを詰める。
流れるアランの影はリックの目の前で一瞬停止し、その手にある刃を見せ付けるように輝かせた。
この時、クラウスの心に沸いたのは既視感。
アランの姿に師の姿が重なる。
まさか――
その「まさか」であった。
アランはクラウスの脳裏に焼け付いているあの師の技を、重なっている師の影の動きをなぞった。
瞬間、三閃。
三度の踏み込みが一つの音に聞こえる。
これはまさしく――再び目にする日が来ようとは。
リックの体から鮮血が尾を引いて流れ舞う。
(お見事! ……?)
直後、既視感を塗りつぶすように生まれたのは違和感。
何かが違う。不完全。これは、もしや、
(失敗した?!)
そう考えるのが自然であった。一突き目はリックの左二の腕に深々と突き刺さったが、二突き目は左肩を掠めただけ。突きを放つ毎にアランの姿勢の乱れは大きくなり、三突き目に至っては明らかに外してしまっている。
そして、そのアランは最後の突きを放った姿勢のまま固まっている。
一体どうしたというのか。クラウスは不安が混じった視線をアランに送った。
それを見たクラウスは思わず口を開いた。
あまりに衝撃的な光景であった。アランの後頭部が蹴り飛ばされたのだ。
だが言葉は出なかった。その口から漏れたのは「あ……」という、何かを言いかけてやめたような、忘れたような単音のみ。
「アラン様」と呼ぼうとしたのか、「危ない」と言おうとしたのか、それすら分からない。
ただ一つ確かなのは、アランは無事だということ。後頭部から散ったのは鮮血ではなく火花。場に響いたのは頭蓋を砕く音ではなく金属音。
アランは防御したのだ。だがどうやって?
一瞬の出来事であったが、クラウスには見えていた。
アランは柄の底で受け止めたのだ。
蹴りが炸裂する直前、アランは後ろに振り返りながら、刀を握る左手を後方に引き、迫るリックの足甲に向かって柄の底を晒したのだ。
そしてアランは蹴られた勢いを利用して前転し、体勢を立て直した。
いま二人の間合いは再び開き、仕切り直しとなっている。
クラウスの口はまだ開いたままだった。塞ぐのを忘れるほどに、先の攻防に心を奪われていた。
なんという防御。驚きしかない。今の蹴りは完全に死角からの攻撃だったはずだ。
ただのまぐれだと考えるのが普通だ。だが何故かそうは思えない。
クラウスの中である記憶が呼び起こされる。
それは、目を塞いだアラン様から木の枝で打ち込んでくれと頼まれた、あの奇妙なお願いの記憶であった。
あの時、アラン様は「敵の攻撃がどこから来るのかを感じ取れた」と言った。
あれは本当だったのか?
今それを確かめる術は無い。しかし、この戦いがその答えの片鱗を見せてくれる。そんな気がする。
期待感のようなものがクラウスの中に湧き上がる。
そしてその口はようやく閉ざされた。
表情からは驚きの色が消えている。
だが、直後にもっと驚くものを目にすることになろうとは、この時のクラウスは予想だにもしていなかったのであった。
◆◆◆
一方、アランの意識は腹部からの激痛と焦りで混沌としていた。
(この傷はマズい。血が止まらない)
傷口に手を当てたい。が、リックはその隙を見逃してはくれないだろう。いま刀から手を放すのは自殺行為に等しい。
だがそれよりも問題なのは次だ。先の攻撃は何とか凌げた。だがこのままでは駄目だ。次はきっと殺される。
何とかしなくては。何かが足りない。
湧き上がる危機感に、アランの心は再び叫んだ。
“使えるものは全て使え! 試せ! 応用しろ!”と。
その心境の変化が台本に変化を生んだ。
新たな選択肢が表示される。
それを見たアランの意識は一瞬固まった。
すぐに実行に移そうとは思えなかった。提示されたそれは可能性のようなもので、確実性に欠けていたからだ。
だが、この危機を乗り越えられる唯一の手段であるように思えた。
台本はリックに対抗するには同じくらい速くなるしかないと、そしてそれは不可能ではないと、そう言っていた。
どうやって? 単純だ。真似すればいいのだ。あの超人的な加速を。
手品のタネはもう知っている。見えている。
あと必要なのは実行する勇気だけだ。
「……」
固唾を飲み込むアランに向かって、リックがゆっくりと間合いを詰めてくる。
マズい。仕掛けてくる。
覚悟を決めるしかない。やるしかない。
しかし、どの型で試す?
やはりこれまでどおり、相手の出方を見てから迎撃の型を決めるべきか。
(いや、それよりも――)
心中にふと沸いた、ここは後手に回るよりも攻めるべき、という意識がある記憶を呼び起こした。
それはクラウスから一度だけ聞かされた剣の師の話。
その話の中に出てきた人外のものとしか思えないある技が、この場の問いの答えとしてぴったりと当てはまった。
(そうだ。試すならこれしかない。これが、これこそが相応(ふさわ)しい)
アランは腹の痛みも忘れて、刀を握る手に力を込めた。
◆◆◆
「!」
直後、クラウスの顔に再び驚きの色が浮かんだ。
先に仕掛けたのはなんとアラン。
しかもその踏み込みの速さたるや尋常では無い。
陽炎のようにその身を霞ませながら一足で間合いを詰める。
流れるアランの影はリックの目の前で一瞬停止し、その手にある刃を見せ付けるように輝かせた。
この時、クラウスの心に沸いたのは既視感。
アランの姿に師の姿が重なる。
まさか――
その「まさか」であった。
アランはクラウスの脳裏に焼け付いているあの師の技を、重なっている師の影の動きをなぞった。
瞬間、三閃。
三度の踏み込みが一つの音に聞こえる。
これはまさしく――再び目にする日が来ようとは。
リックの体から鮮血が尾を引いて流れ舞う。
(お見事! ……?)
直後、既視感を塗りつぶすように生まれたのは違和感。
何かが違う。不完全。これは、もしや、
(失敗した?!)
そう考えるのが自然であった。一突き目はリックの左二の腕に深々と突き刺さったが、二突き目は左肩を掠めただけ。突きを放つ毎にアランの姿勢の乱れは大きくなり、三突き目に至っては明らかに外してしまっている。
そして、そのアランは最後の突きを放った姿勢のまま固まっている。
一体どうしたというのか。クラウスは不安が混じった視線をアランに送った。
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