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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十話 武技交錯(5)
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◆◆◆
クリスが静寂の原因である円陣を見つけたと同時に、その中心で声が上がった。
「おおおぉっ!」
声の主はリック。
リックは己を鼓舞しながら、手を出す速度を、攻撃の回転を速めた。
その気勢に当てられたのか、場がざわめく。
だが場はすぐに元の静けさを取り戻した。
結果が変わらなかったからだ。リックの攻撃は苛烈さを増したがやはり届いていない。二人の関係は何も変わっていない。
「……」
再び口を閉ざした兵士達は何かを期待していた。
その何かの根源にあるのは理解したいという欲求。
どうしてあの二人はあんなことが出来るのか理解したい。それが出来れば、自分もその高みに昇ることが出来るのではないか、そんな願望を含んだ欲求。
しかしわからない。今のままではわからない。だから別のものを期待し始めている。
この問題を解くための助けになる何かが欲しい。暗示でも何でもいいから、違う何かを見せて欲しい。
そんな願いから兵士達は変化を求め始めていた。
そして、アランとリックの心はその期待に応(こた)えるかのように変わりつつあった。
リックがアランに向かって踏み込む。
その爪先はいつもよりも少し前に出ているように見えた。
二人の間に数本の光の線が走る。
そして、リックが再び踏み込む。
その一足は先とは違っていた。誰の目にも明らかなほどに踏み込みが深くなっていた。
その証拠に、アランが一歩後退している。
さらにリックが踏み込む。
その一歩は明らかに大きすぎた。うかつな行動に対する罰として、リックの体に赤い線が一本刻まれる。
後ろに壁があるわけでは無い。少しずつ前に出たところで、相手を必ず追い詰められるとは限らない。
だが、リックはまた同じことをした。
その体に傷がもう一本追加される。
その痛みがリックの顔つきを変えた。
恐ろしいほど真っ直ぐな瞳。何かにとり憑かれているような目つき。
鬼気迫る、そう形容できる表情。
今の自分にはこれしかない、その目はそう語っていた。
そして、目は心を表す鏡という言葉の通り、リックの思考は一つの事に染まっていた。
(今のままでは届かない。だから踏み込むしかない。もっと深く、もっと速く!)
速く、速く、前へ、前へ。
その気迫と思いは怖気という形でアランに伝心した。
アランの足が自然と後ろに下がる。
それが恐怖によるものだと自覚した瞬間、アランは目に力を込めた。
確信があった。気を弱めたら死ぬ、心の隙を見せた瞬間、それが最期になる、と。
足を止め、手を出す。
その剣筋は明らかに速くなっていた。
(速く、もっと速く。筋肉と関節の動きだけでは無い、思考もだ。全てを加速させろ!)
同じ事をリックも考えていた。
二人の動きが加速する。
だが単純な速さ勝負ではやはりリックの方に分があった。
アランの足が再び後ろに下がる。どうしても押される。
「うおおおぉ!」
リックが再び声を上げながら、手を繰り出す。
最高潮に達した気勢と共に放たれたその一撃はかつてない勢いを持ち――
リックの指先は遂に、アランの刀を捕らえた。
直後、これまでに無かった大きな金属音が場を震わせ、火花が派手に散った。
「っ!」
刀を大きく真上に跳ね上げられたアランの顔が焦りに染まる。
とうとう捕まった。動きは読めていたが、逃げ切れなかった。追いつかれた。
アランの体に悪寒が走る。
瞬間、リックはアランに向かって踏み込んだ。
どこが狙われているかなんて台本が無くてもわかる。がら空きになった胴体だ。
防御は間に合わない。アランは真後ろに飛ぶように地を蹴った。
リックの脇の下から閃光が走る。
その狙いは腹。型は貫手。
アランは腹筋に精一杯の力を込めながら、くの字になるように腰を引いた。
直後、ずぶり、という音が聞こえたような気がした。
熱い。そしてとても嫌な感触。
しかし浅い。刺さったのは指の第一関節ほどまで。腰を引いたのが幸いした。
だが、安堵する間も無く、リックはとても残酷なことをした。
刀を弾いた要領で、魔力を指先から発散したのだ。
ばん、という音がアランの腹の中でこだました。
「~っ!」
叫び声を上げることすらできない。
刺し傷が押し広げられ、内臓が波打つ。
腹に手を入れられてかき回されたらこんな感じなのだろう。
痛みだけで気が遠くなりそうだ。
しかし悪寒はまだ続いている。リックは追撃を仕掛けて来ている。
次の狙いは前に突き出た顔面。型は真上に振り抜ける突き上げ掌底。手の平がもう視界に入っている。
直撃すれば首が無くなる。アランは前に傾いた上体を起こすことに全力を注いだ。
リックの手の平が視界一杯に迫る。
避けられない。それを確信したアランは首を捻り、柔らかい頬を前に晒した。衝撃を少しでも緩和してくれることを祈って。
そして直後、アランの頭に衝撃が走った。
顔が跳ね上げられ、脳が揺れる。
体が少し浮いたような感覚。
その浮遊感と共に頭から何かが抜けていくような感覚。
瞬間、アランは歯を食いしばった。
(気を失うな! 次が来る!)
この時、奥歯が舌を少し噛み切ったことが気付けとなった。
上に跳ね上げられた刀と上体を正面に戻す。
だが、この時既にリックの姿は前方から消えていた。
リックは真左にいた。アランの顔面を突き上げてから素早く回りこんだのだ。
視線をそちらに移す間もなく、アランの視界が「がくん」と傾く。
軸足である右膝裏に蹴りを食らったのだ。
一瞬遅れて激痛が走る。
膝が崩れる。踏ん張れない。次の攻撃に対して回避行動が取れない。
アランの首筋から上に悪寒が走る。
そして台本がめくられた。
『低い位置に下りてきた後頭部への延髄蹴り』
悪寒が増す。
動けない。回避不能。
アランの脳裏に「死」という単語が浮かび上がる。
そして次の瞬間、アランの後頭部に向かって閃光のような蹴りが走った。
クリスが静寂の原因である円陣を見つけたと同時に、その中心で声が上がった。
「おおおぉっ!」
声の主はリック。
リックは己を鼓舞しながら、手を出す速度を、攻撃の回転を速めた。
その気勢に当てられたのか、場がざわめく。
だが場はすぐに元の静けさを取り戻した。
結果が変わらなかったからだ。リックの攻撃は苛烈さを増したがやはり届いていない。二人の関係は何も変わっていない。
「……」
再び口を閉ざした兵士達は何かを期待していた。
その何かの根源にあるのは理解したいという欲求。
どうしてあの二人はあんなことが出来るのか理解したい。それが出来れば、自分もその高みに昇ることが出来るのではないか、そんな願望を含んだ欲求。
しかしわからない。今のままではわからない。だから別のものを期待し始めている。
この問題を解くための助けになる何かが欲しい。暗示でも何でもいいから、違う何かを見せて欲しい。
そんな願いから兵士達は変化を求め始めていた。
そして、アランとリックの心はその期待に応(こた)えるかのように変わりつつあった。
リックがアランに向かって踏み込む。
その爪先はいつもよりも少し前に出ているように見えた。
二人の間に数本の光の線が走る。
そして、リックが再び踏み込む。
その一足は先とは違っていた。誰の目にも明らかなほどに踏み込みが深くなっていた。
その証拠に、アランが一歩後退している。
さらにリックが踏み込む。
その一歩は明らかに大きすぎた。うかつな行動に対する罰として、リックの体に赤い線が一本刻まれる。
後ろに壁があるわけでは無い。少しずつ前に出たところで、相手を必ず追い詰められるとは限らない。
だが、リックはまた同じことをした。
その体に傷がもう一本追加される。
その痛みがリックの顔つきを変えた。
恐ろしいほど真っ直ぐな瞳。何かにとり憑かれているような目つき。
鬼気迫る、そう形容できる表情。
今の自分にはこれしかない、その目はそう語っていた。
そして、目は心を表す鏡という言葉の通り、リックの思考は一つの事に染まっていた。
(今のままでは届かない。だから踏み込むしかない。もっと深く、もっと速く!)
速く、速く、前へ、前へ。
その気迫と思いは怖気という形でアランに伝心した。
アランの足が自然と後ろに下がる。
それが恐怖によるものだと自覚した瞬間、アランは目に力を込めた。
確信があった。気を弱めたら死ぬ、心の隙を見せた瞬間、それが最期になる、と。
足を止め、手を出す。
その剣筋は明らかに速くなっていた。
(速く、もっと速く。筋肉と関節の動きだけでは無い、思考もだ。全てを加速させろ!)
同じ事をリックも考えていた。
二人の動きが加速する。
だが単純な速さ勝負ではやはりリックの方に分があった。
アランの足が再び後ろに下がる。どうしても押される。
「うおおおぉ!」
リックが再び声を上げながら、手を繰り出す。
最高潮に達した気勢と共に放たれたその一撃はかつてない勢いを持ち――
リックの指先は遂に、アランの刀を捕らえた。
直後、これまでに無かった大きな金属音が場を震わせ、火花が派手に散った。
「っ!」
刀を大きく真上に跳ね上げられたアランの顔が焦りに染まる。
とうとう捕まった。動きは読めていたが、逃げ切れなかった。追いつかれた。
アランの体に悪寒が走る。
瞬間、リックはアランに向かって踏み込んだ。
どこが狙われているかなんて台本が無くてもわかる。がら空きになった胴体だ。
防御は間に合わない。アランは真後ろに飛ぶように地を蹴った。
リックの脇の下から閃光が走る。
その狙いは腹。型は貫手。
アランは腹筋に精一杯の力を込めながら、くの字になるように腰を引いた。
直後、ずぶり、という音が聞こえたような気がした。
熱い。そしてとても嫌な感触。
しかし浅い。刺さったのは指の第一関節ほどまで。腰を引いたのが幸いした。
だが、安堵する間も無く、リックはとても残酷なことをした。
刀を弾いた要領で、魔力を指先から発散したのだ。
ばん、という音がアランの腹の中でこだました。
「~っ!」
叫び声を上げることすらできない。
刺し傷が押し広げられ、内臓が波打つ。
腹に手を入れられてかき回されたらこんな感じなのだろう。
痛みだけで気が遠くなりそうだ。
しかし悪寒はまだ続いている。リックは追撃を仕掛けて来ている。
次の狙いは前に突き出た顔面。型は真上に振り抜ける突き上げ掌底。手の平がもう視界に入っている。
直撃すれば首が無くなる。アランは前に傾いた上体を起こすことに全力を注いだ。
リックの手の平が視界一杯に迫る。
避けられない。それを確信したアランは首を捻り、柔らかい頬を前に晒した。衝撃を少しでも緩和してくれることを祈って。
そして直後、アランの頭に衝撃が走った。
顔が跳ね上げられ、脳が揺れる。
体が少し浮いたような感覚。
その浮遊感と共に頭から何かが抜けていくような感覚。
瞬間、アランは歯を食いしばった。
(気を失うな! 次が来る!)
この時、奥歯が舌を少し噛み切ったことが気付けとなった。
上に跳ね上げられた刀と上体を正面に戻す。
だが、この時既にリックの姿は前方から消えていた。
リックは真左にいた。アランの顔面を突き上げてから素早く回りこんだのだ。
視線をそちらに移す間もなく、アランの視界が「がくん」と傾く。
軸足である右膝裏に蹴りを食らったのだ。
一瞬遅れて激痛が走る。
膝が崩れる。踏ん張れない。次の攻撃に対して回避行動が取れない。
アランの首筋から上に悪寒が走る。
そして台本がめくられた。
『低い位置に下りてきた後頭部への延髄蹴り』
悪寒が増す。
動けない。回避不能。
アランの脳裏に「死」という単語が浮かび上がる。
そして次の瞬間、アランの後頭部に向かって閃光のような蹴りが走った。
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