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第六話 救出作戦(4)

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   ◆◆◆

 ディーノは敵陣を切り裂きながら押し進んでいった。その勢いはクリス隊と合流しても止まらず、ディーノはそのまま敵の総大将に向かって猛進していった。
 ディーノの攻めの凄まじさに敵は恐怖し、じりじりと後退していった。

「ええい、何をしている! 引いてはならぬ!」

 敵の総大将ルークは怖気づいた兵士達を叱咤したが、部下の戦意が戻ることはなかった。
 そうこうしているうちに、とうとうディーノがルークの元にたどり着いた。

「大将と見た! この俺と尋常に勝負しろ!」

 ルークはこの申し出を断ることができなかった。ここで総大将が引けば、軍の統率は完全に失われてしまうと思ったからだ。

「いかにも、私が大将のルークだ! 名を聞いておこう!」
「俺の名はディーノ!」

 この勝負は一瞬で決まった。ルークは突っ込んでくるディーノを魔法で迎撃したが、ディーノはそれを盾でいなしながら一気に接近し、槍斧を一閃した。
 ディーノの槍斧に深々と体を抉られたルークは血を撒き散らしながら崩れ落ちた。

「敵の勢いを見誤ったか……ただただ自分の不明を呪うばかり……無念……」

 そしてその言葉を最後にルークは事切れた。
 それを見た敵兵達は離散し逃亡していった。終わった、と判断したディーノは大きく息を吐きながらその場に膝をついた。さすがのディーノも体力の限界であったようだ。
 アラン達もまたそれを追うことはしなかった。何故なら、ディーノと同じく追撃する体力が無かったからだ。
 そこへ馬に乗ったクリスがディーノの傍にやってきて感謝の言葉を述べた。

「この戦いに勝てたのはそなたのおかげだ。名は何と言う?」
「……ディーノといいます」

 ディーノは立ち上がり、肩で息をしながら答えた。

「ディーノか。良い名だ」

 馬から降りたクリスはディーノの肩に手を置いてその活躍を賞賛した。

「皆もこの豪の者の活躍を称えよ! この者の名をその胸に刻むのだ!」

 そう言ってクリスはディーノの手をとり、その拳を天に突き上げた。それと同時に兵士達から歓声が沸き起こった。
 予想していなかったこの展開に、ディーノは驚いていた。ディーノはこれまでに何度も大きな戦功を立てていたが、このように賞賛されるのは初めてであったからだ。
 今この瞬間だけはディーノが奴隷であることへの偏見や差別は皆の心から消えていた。今この場にはディーノへの賞賛の声だけがあった。ディーノは自身の涙腺が少しだけ緩むのを感じた。

「しかしお主の戦いぶりのなんと凄まじきことよ。その姿、まるで荒れ狂う暴風の如し!」

 クリスはディーノの戦いぶりを「暴風」と例えた。その姿は敵の目には人ならざるもののように映ったであろう。
 しかし、次の戦いである男がこれを遥かに凌駕する圧倒的暴力を見せ付けるのである。

   ◆◆◆

 一方その頃、平原を睨むカルロ達のほうでも戦いが始まろうとしていた。街を守るように布陣するカルロ達にヨハン率いる敵軍が徐々に近づいてきていた。
 両軍の陣形は奇しくも似ており、横列陣形を基本に、中央に置いた部隊を突出させた形であった。
 こちらは総大将であるカルロ自らが中央におり、対する相手は最近勢いのある勇猛な将、ガストン率いる部隊を中央に置いていた。
 敵軍は弓が届くか届かないかの位置で一度立ち止まった。そして敵の総大将を努めるヨハンがゆっくりと片腕を上げた。



 ヨハンはその手を振り下ろす前に、一言を添えた。

「皆の者、これは我々の未来を決める重要な一戦である! 心を強く持ち、己が使命を果たすのだ! 全軍突撃!」

 ヨハンが腕を振り下ろすと同時に、突撃の合図が戦場に響き渡った。
 ヨハンのこの言葉を聞いたサイラスは心底うんざりしていた。

(我々の未来を決める一戦、か。上手く言ったものだ)

 ヨハンが言った「我々」の中にガストン将軍達は含まれていない。サイラスはカルロに向かって突っ込んでいくガストン将軍達の背中を冷めた目で見守っていた。

(普通の人間が化け物相手にどこまでやれるか、見せてもらおう)

   ◆◆◆

 ガストン将軍は大盾兵を前列に並べた基本的な隊列でカルロに臨んだ。
 前面に強固な壁を並べて前進する、兵力差で相手を上回っている場合は常套手とも言える、悪くない「一般的な」戦法である。事実ガストン将軍の部隊はカルロの部隊よりも数で勝っていた。
 ただしそれはあくまでも「一般的な」場合における話である。相手はあのカルロなのだ。
 ガストン将軍はカルロ相手にこの戦法を取ることが間違いであることにすぐに気づくことになる。
 まずカルロの真正面にいた大盾兵達が悲鳴を上げた。彼らは炎に包まれ、のた打ち回った。
 カルロはそのまま腕を横に振り、大盾兵達を炎でなぎ払っていった。
 カルロの炎はその射線上にいた兵士達を次々飲み込み、吹き飛ばしていった。
 種も仕掛けもない、これは純粋な炎魔法である。光魔法を同時に放っているわけではない。彼は炎の勢いだけで人を吹き飛ばしているのだ。よって彼の前では盾の壁など何の意味もなさない。
 それを見たガストン将軍はすぐさま陣形を変更した。

「大きく広がって散開しろ! 固まるな!」

 カルロの前で密集陣形は逆効果である。被害が増すだけであった。事実、サイラスが精鋭魔道士を率いて戦ったときも、大きく散開した陣形をとっていた。
 しかし広がるということは戦力の分散を意味している。カルロに並みの攻撃を散発的に加えたところで通用するはずがない。各個撃破されるだけである。
 結局のところ正面からでは雑魚がどう束になろうとカルロには通じない、というのが事実であった。サイラスがカルロを倒したときは罠に嵌めて包囲したうえで、精鋭魔道士全員を同時にぶつけたのである。それでも精鋭魔道士の半数を失ったのだ。
 ガストン将軍は決して弱くはない。むしろ今の世では間違いなく強者の部類に入る人間だ。自身の魔法力はもちろん、指揮官としても優秀。修羅場をくぐっており、勇気もある。
 だがガストンが強者として振舞えるのは相手が普通の人間であるという前提での話である。今の世に常識的に広まっている戦術、それにいくら長けていたところでカルロの前では無意味。カルロはそういう常識が通用する相手では無いのだ。
 そして、柔軟に戦法を切り替えながら勇敢に戦うガストン将軍の姿を、サイラスは哀れみを込めた眼差しで見つめていた。
 ガストンの仲間達は次々と倒されていった。そして遂にガストンを守る兵は誰もいなくなり、カルロの前で孤立しその無防備な姿を晒すことになった。その姿にかつての威風は面影も感じられなかった。
 これを見たサイラスは一足早く部隊を後退させ始めた。もう決着は着いた。ここから先は見るまでも無い。ガストン将軍はカルロに完全に捉えられている。今のガストン将軍にはカルロの攻撃を回避することも防ぐこともできない。
 進退窮まったガストンは雄叫びを上げながらカルロに突撃していった。
 しかし現実は非情である。ガストンの雄叫びは炎に飲まれて消えた。

(最後は特攻か。その潔さや良し。だが哀れだ)

 ガストン将軍が戦死したと同時に、撤退の合図が戦場に鳴り響いた。

   ◆◆◆

 サイラスは戦場を後にしながら、物思いにふけっていた。
 再び目の当たりにしたカルロの圧倒的な力。そして戦死したガストン将軍の姿。それはサイラスの心を熱く燃やしていた。

(カルロの炎のなんと凄まじきことよ。残酷だが美しい)

 カルロの炎は彼の心にも火を点けていた。

(やはり「力」そのものは純粋なものだと感じる。魔法という力によって支配されている今の世は嫌いだが、魔法そのものには善悪など無いのだろう)

 サイラスは柄にも無く、哲学的な事を考えていた。

(そも、人が何かを成すのに「力」を行使しないことなどほとんど無いのではないか。「力」と聞くと人は単純な暴力や、金、権力などわかりやすいものだけを想像しがちだが、愛や情などの精神的なものも「力」なのではないかと感じる)

 「愛」「情」「力」、これらの単語からサイラスはある昔話を思い出した。それはある高名な賢者が戦争の勃発を止めるために断食を行った逸話である。

(平和を愛する賢者のその行いは確かに戦争を止めた。これも「力」の行使なのではないか?その賢者は自分の命を武器に、国に要求を突きつけたのだ。そして国は戦争よりも、賢者を失うことのほうが重いと判断したのだ。
 もしこれが賢者では無く名も無い奴隷であったらどうだ。国が従うわけがない。賢者は目に見えないが確かな力を持っていたのだ。彼は一人で国を動かす力を持った強者だったのだ。弱者が彼のように大きなことをやろうと思ったら数に頼るしかない)

 かなり極端な考え方である。しかしこのときサイラスは自分の心の中が透き通るような感覚を感じた。

(そうだ。そういうものに私はなりたいのだ)

 妄想のような取り止めの無い連想は、サイラスの中に確かなものを生み出していた。

 カルロの敗戦から始まった戦いはこれにて一旦の決着を見た。
 この物語はここで一つの区切りを迎える。
 カルロはその圧倒的な力を見せつけ、アラン達もまたそれぞれに勇を振るった。
 そして多くの者達がヨハンとサイラスの手のひらの上で踊らされて散っていった。

 アランはこれまでディーノと同じ道を歩んできたが、戦いの中で二人の距離は離れ、今ではアランはディーノの背を遠くに感じていた。
 今のアランには何も無かった。彼はディーノに憧れるまま自己を鍛え、武家の掟に従うまま戦いの中に身を置いていただけであった。
 一方、サイラスはアランと同じく「力」こそ持っていないものの、彼の中には確かな「野心」があった。

   第二章第七話 閃光の魔法使い に続く
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