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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(7)

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   ◆◆◆

 夢か現か、痛みと浮遊感が混在する中で、ディーノはのんびりしたことを考えていた。

(ずるいよなあ、魔法使いは)

 ディーノの左肩に痛みが走る。
 肩が砕けた? そんなことを考えている間に脇腹に一発入れられた。

(こんな速く動けるやつに勝てるわけないだろ)

 肋骨がへし折れる音が内臓に響き渡る。その痛みに腰を折るよりも早く、今度は右膝に蹴りが打ち込まれる。
 膝がいびつな音を立て、ディーノの視界が傾く。

(これは死ぬな。まったく、魔法使い様にはかなわねえな)

 直後、今度は左頬に光と痛みが走った。
 さらにぼやけていく意識。
 その浮遊感の中で、ディーノは自問自答を始めた。

 ――いつからだろう、こんな風に考えるようになったのは。

 ディーノの脳裏にある記憶が浮かび上がる。



 ――ああ、そうだ。あれからだ。アランの親父さんの、あの凄まじい炎を見てからだ。

 リックを空高く舞い上げた火柱。あれを見てから、自分は強い魔法使いには勝てないと思うようになった。体を鍛えれば強い魔法使いにも勝てるのではないか、なんていう甘い夢はあの時に潰(つい)えたのだ。

 ――そもそもなんで、自分は魔法使いに勝ちたいと思うようになったんだろう。

 断片的な記憶が連続で呼び起こされる。
 威張り散らすいけすかない貴族、昔は良かったとしか言わない両親、初めて会ったアランの気弱で情けない顔……そして、くそったれな貧民街での生活。

 ――なんだ、単純じゃないか。要は、俺は魔法使いのことが嫌いなだけだったんだ。

 だが、アランやクリス様と出会ったことで、魔法使いへの嫌悪感は俺の中から消え去った。
 じゃあ、後は何が残っている?

 ……

 この時、ディーノの中に浮かび上がって来た言葉は一つだけだったが、それは正解であるように思えた。
 その言葉とは――

(そうだ。俺は『意地』で戦ってるんだ。今の俺にはそれしか無い)

 ディーノの中にふつふつと、何かが湧き上がる。
 このままやられっぱなしで終わっていいのか?
 良くない。この魔法と才能に恵まれた男に、目にもの見せてやりたい。無能力者の、奴隷の意地を見せ付けてやりたい。
 ……のだが、体の感覚がほとんど無い。視界も薄暗い。
 どうすればいい。腕に力を込めようにも反応が無い。どうすれば体を動かせるのか分からないほどに。

 その時、ディーノは奇妙な感覚を覚えた。
 体の中に光の線が何本も、幾重にも走っている感覚。



 その光の線は骨と筋肉を支えるかのように張り巡らされていた。
 なんだこれは? こんな感覚、初めてだ。
 ……いや、違う。初めてじゃあ無い。戦いの時はいつもおぼろげに感じていた。槍斧を思いっきり振るときに感じていたものだ。
 しかしこんなにはっきりとした感覚は初めてだ。
 ありがたい。この感覚があれば体を動かせる。槍斧を振れる。

 ディーノの中にさらに何かが湧き上がる。それは熱いものとなり、確かな存在感を有し始めていた。
 その熱いものはディーノの心を突き上げ、急かした。

「見せてやれ」、と。

 ディーノは湧き上がるその何かに答えるように、目を見開いた。
 視界が赤くぼやけている。いつの間にか額を割られていたようだ。
 拳を構えるリックの姿がぼんやりと映りこむ。
 槍斧を握る手に力を込める。
 やってやる。思いっきりだ。これで腕が壊れたってかまわない。

“見 せ て や る”



 その言葉が心に浮かび上がったと同時に、ディーノは槍斧を振るっていた。
 意識がぼやけているせいか、自分が放った攻撃がどんなものだったかすらわからない。
 感じたのは、自分の中に走る光の線が一瞬激しく輝いたことと、槍斧が当たった確かな手ごたえ。そして、リックの体が地に叩きつけられたらしき音。

(当たった……のか?)

 槍斧を振るった右腕に激痛が走る。
 しかしそれは一瞬のことであった。ディーノの意識は急速に闇に沈み、それに応じて痛みも消えていった。
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