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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(6)

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 ディーノとリック、二人の視線が交わる。
 瞬間、ディーノは声を上げた。

「おっさん! 妹さんを!」

 言われるよりも早くクラウスは動いていた。
 クラウスがアンナの元へ走り、入れ替わるようにディーノがリックの前に立つ。
 流れるような動作で槍斧を一閃。
 しかしその一撃は空を切った。
 そして、ディーノの視界からはリックの姿が消えていた。

(左!?)

 これはただの勘であった。
 盾を左に構える。
 直後、ディーノの左腕に衝撃が走った。
 同時につんざくような音がディーノの左耳を打つ。
 それは一つでは無かった。音は三つあった。
 この時、ディーノは勝ち目が無いことを悟った。
 ふざけた速さだ。いまの短い間に三発叩き込んだっていうのか? さっきの回避もそうだ。本当に消えたように見えた。
 勝てるわけが無い。いや、それは最初から分かっていた。俺が今やるべきことは――

(ここは逃げの一手!)

 その言葉が意識の表層に浮かび上がるよりも早く、ディーノは後ろに跳ぶように地を蹴っていた。
 だがリックとの距離がほとんど離れない。食らいつくように追ってくる。
 跳び下がりながら、迫るリックに向かって槍斧を一閃。
 しかし、やはりというべきか、回避される。
 だがそれでも問題無かった。ほんの少しでも時間を稼げればそれでいい。
 直後、リックの姿が再び消える。

(右!)

 今度は見えた。
 盾を右に構えると同時に衝撃が走る。
 音はやはり複数。そして、先とは音の質が変わっていた。
 盾がもう悲鳴を上げ始めている。
 とにかく距離を取らなくては。再び後方へ地を蹴る。
 その直後、地に足が着くよりも早く、正面に構えていた盾に衝撃が走った。

(うおっ!?)

 後ろに転びそうになるのを、よろめきながら堪える。
 ディーノの瞳の中にあるリックの像が「ずい」、と、大きくなる。足を前に出しているのが見える。
 さらに追撃するつもりだ。まずい。今押されたら後ろに倒れる。
 ディーノは不安定な体勢のまま、槍斧を振るった。
 でたらめな一撃。意外性のある攻撃ではあるが、まるで勢いが乗っていない。
 避けるまでも無いと言うかのように、リックが光る手刀で弾き飛ばす。
 その衝撃にディーノの姿勢がさらに崩れる。
 踏ん張れない。倒れるのは確定だ。
 だがそこへ、リックはさらなる一撃を見舞ってきた。
 リックが放ったのは前蹴り。右足指の付け根部分を、押し込むように真っ直ぐに、ディーノが構える盾に突き刺した。

「っ!」

 ディーノの体が後ろに吹き飛ぶ。間も無くディーノの背は地に触れた。
 ディーノの背中が地の上を滑る。背に熱い痛みを感じたと同時に、ディーノの視界が影に覆われた。
 ディーノの瞳がリックの姿を再び中央に捉える。
 リックは追撃を仕掛けてきていた。後ろに吹き飛んだディーノを追いかけるように、飛び掛って来ていた。
 寝たままの姿勢で盾を正面に構え直す。対し、リックは空中で体を縦に回転させ始めた。
 それは地に手をついて前へ転がる、いわゆる受身の初動作に見えた。リックは体を回転させながら右足に魔力を込めた。
 輝く右足は空中に煌く半円を描きながら勢いを増し、地に寝そべるディーノに向かって振り下ろされた。
 リックの右踵が盾に叩き付けられる。ディーノが地に寝ているため、それは蹴ったというよりも、踏みつけたように見えた。
 が、体ごと回転させて放ったその一撃の威力は「踏んだ」程度では済まず、ディーノの体を盾ごと地面に串刺しにした。

「ぐぉぇ!」

 受け止めた盾がひしゃげ、ディーノの腹にめりこむ。
 呼吸が出来ない。意識が薄くなるのを感じる。
 盾も限界だ。次は受け止められない。
 なんとかしなくては。だがなにも思いつかない。
 リックが拳を構えるのが見える。
 ディーノは来るであろう衝撃に備えて歯を食いしばったが、

「?」

 リックはその拳を振り下ろさずに、左手側に防御魔法を展開した。
 直後、数本の弓矢らしき細い影が、リックの防御魔法にぶつかった。
 どこから飛んできたものだ――それを考えるよりも早く、ディーノは動いた。

(今だ!)

 リックを盾で押し返しながら槍斧を一閃。
 だが槍斧はまたしても空を切った。盾で押した感触はあったが。
 立ち上がり、リックから距離を取りつつ矢が飛んできた方向に視線を移す。
 そこには、この窮地に駆けつけた大勢の大盾兵達と弓兵達の姿が、自分の部下達の姿があった。
 いや、駆けつけてくれたと言うよりは追いついたと言うべきか。先行した隊長の背中を追いかけてきただけなのだろう。
 そう分かっていてもディーノは嬉しかった。その喜びは、次に発した声の大きさに表れた。

「アンナの撤退を援護するぞ! こいつの足を止めろ!」

 駆けつけてきた勢いのまま、大盾兵達が列を成して突撃する。入れ替わるようにディーノは後退した。
 対し、リックは下がるディーノを追わず、向かってくる大盾兵達の方に視線を移した。
 動かないリック。大盾兵達はその目標に体当たりをぶちかまし――
 ――たのだが、吹き飛ばされたのはリックの方では無かった。
 宙を舞う大盾兵達の姿。その影に回し蹴りを放ったと見られるリックの姿。
 続けて、二列目の大盾兵達が突撃する。
 結果は同じ。変わったのはリックが繰り出した攻撃が蹴りから拳になったことだけだ。
 その時、吹き飛ばされた大盾兵達の下をくぐりぬける大きな影があった。
 それはやはりディーノ。リックの虚を突き、一気に間合いを詰める。
 そして放たれる豪快な槍斧の一撃。
 しかし、その一撃は重い風切り音を残しただけであった。アンナの時と同じである。振る前から攻撃範囲外に逃げられている。
 ディーノは攻撃後の隙を大きく晒したが、リックは攻めてこなかった。
 矢の雨が降り注いできたからだ。
 リックが防御魔法を展開してこれを受ける。足が止まったその隙に、ディーノは再び距離を取り、入れ替わるように大盾兵達がリックに突撃する。
 良い動きであった。それぞれの息が合っている。
 にもかかわらず、ディーノは苦い顔をしていた。
 確かに連携は取れている。だが長くは続かない。それが分かっていたからだ。
 ディーノはちらりと後ろを見た。
 アンナを運ぶクラウス達の姿が目に入る。
 それを見たディーノは思わず心の中で舌打ちした。
 まだそんなところにいるのかよ。早く逃げてくれ。早く、速く。
 焦るディーノ。そして、事態はディーノが危惧した通りになった。
 何度目かになる大盾兵達の突撃が吹き飛ばされたと同時に、部隊の足が止まったのだ。
 部隊の戦意が目に見えて無くなってきている。
 だが、ディーノは躊躇する部下を叱咤することが出来なかった。
 しょうがない。誰だって死にたくは無い。あんな化け物に近付けば殺されるなんてことは誰だって分かる。勇気と勢いで誤魔化すのはもう限界だ。
 だからディーノは作戦を変えた。

「防御の陣形を組め! 奴の攻撃を凌ぎつつ後退するぞ!」

 消極的なこの戦法に部下達は即座に従った。
 前面に大盾兵の壁が形成され、背後に弓兵がつく。
 ディーノも倒された味方の大盾を拾いながら、その壁の一員に加わった。
 そして、双方は間も無くぶつかりあった。
 先に仕掛けたのはリック。一瞬で間合いを詰めたと同時に、なぎ払うように光る蹴りを一閃。
 吹き飛ぶ大盾兵達。
 ディーノが迎撃に向かい。弓兵がそれを援護する。
 対し、リックは後退せず、部隊の中へ切り込んだ。
 大盾兵達が再び吹き飛ぶ。
 これだけで状況は一変した。
 弓兵は機能しなくなった。部隊の中に入られては狙いをつけられない。
 動きが止まる弓兵達。そうしている間にも、目の前で大盾兵達が次々と倒されていく。
 ディーノは合間合間に槍斧を振るっていたが、すべて空振り。
 大盾兵達の数が目に見えて少なくなった頃、リックは攻撃目標を弓兵に定めた。
 そこから先は哀れな光景が続いた。大盾兵達と違い弓兵には防御する手段が無い。成す術も無く殺されていった。
 この戦いは素人でもこれだけは分かったであろう。ディーノの部隊が壊滅するのは時間の問題であると。
 そして、ディーノとリックが再び一騎打ちの形になるまでにさほど時間はかからなかった。
 リックが猛攻を掛ける。ディーノは盾で防ぎながら応戦したが、やはり槍斧は当たらない。
 しばらくして盾は破壊された。
 守りを失ったディーノに、リックの光る拳が突き刺さる。

「ディーノ殿!」

 その時、後方にいたクラウスは思わず声を上げた。
 しかし、その足は動かなかった。
 今から行っても手遅れだ。クラウスの理性はそんな冷たい結論を出していたからだ。
 盾を失ったディーノは槍斧を盾代わりにしていた。
 だが、その細い棒による防御はほとんど意味を成していなかった。盾無しで受けきれる攻撃では無い。致命の一撃を食らうのだけはなんとか避けているという状態だ。
 そして、ディーノは殴られながら意識を半分失っていた。
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