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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(4)

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 リックが思い出に浸ったのは僅かな時間であった。リックはすぐに意識を戦いの方に戻し、アンナに向かって踏み込んだ。
 対し、アンナはこれを横薙ぎの炎の鞭で迎え撃った。
 だが、その炎の速度は明らかに遅くなっていた。
 手首の負傷による戦闘能力の低下はアンナが思っていた以上に深刻なものであった。手首を鞭のようにしならせ、剣先を加速させることが出来なくなるからだ。
 速度が落ちれば当然威力も落ちる。アンナが放った炎の鞭はリックの光る拳にあっさりと叩き払われた。
 しかし、アンナはすぐに刃を返してもう一度炎の鞭を放った。
 この時、アンナは速度を補うための工夫を加えた。剣速を少しでも上げるために、上半身を大きく振ったのだ。
 速度が増した炎の鞭が放たれる。
 リックはこれを鋭く真横に移動することで回避した。
 その回避動作は炎の鞭が放たれるよりも早く行われていた。
 アンナが続けて炎の鞭を放つ。
 まるで刀に振り回されているような大きな動き。
ゆえに剣筋が読まれやすい。動きの起こり、初動も遅い。
 だから当たらない。リックには通じない。炎の鞭が放たれるよりも早く、攻撃範囲外に逃げられてしまっている。
 しかし、アンナは今の自分にはこれしか無いと言わんばかりに、何度も同じ攻撃を放った。
 結果は同じ。やはり当たらない。
 この時、リックの顔からは緊張が消えつつあった。
 アンナの太刀筋に慣れてきたのだ。
 リックはいつでも仕掛けられるように、距離を維持したまま回避に徹していた。
 リックは機をうかがっていた。アンナの消耗を待ちつつ、その癖を見ていた。
 そして、対するアンナは自身の攻撃が楽に避けられていることに気付いていた。
 アンナの中で緊張が高まる。
 どこかで仕掛けてくるはずだ。
 問題はそれがいつなのか。警戒しつつ炎の鞭を放つ。
 直後、リックは動いた。
 リックの像がぶれ、その影がアンナに向かって伸びる。

(下!?)

 警戒していたから反応できた。
 リックは姿勢を低くして炎の鞭の下をくぐり、そのままアンナの足元へ潜り込むように突進してきていた。
 迎撃を――だが、炎の鞭は、刃を返すのは間に合わない。
 敵はもう目の前だ。この状況で、この男を止められる手段――
 アンナにはそれは一つしか思いつかなかった。
 直感を即座に行動に移す。

「!」

 次の瞬間、リックはアンナのその行動に驚きを浮かべた。
 アンナは自身の右手を振り下ろし、地面に叩きつけたのだ。
 アンナの右手を中心に、火柱が舞い上がる。
 それは一瞬では終わらなかった。アンナを包む火柱は高く燃え昇り、リックの眼前には炎の壁が出来上がった。

「……」

 リックはゆっくりと後退しながら、様子をうかがった。
 その胸に再び懐かしさが訪れる。
 以前クリスと戦った時、彼も同じことをした。
 だが、アンナの炎はクリスのものとは威力が違う。このままでは自身の体が燃え尽きてしまうだろう。
 何かを仕掛けてくるはずだ。炎の中から突然飛び出してくるか、またはこの炎の壁を盾にしながら飛び道具を撃ってくるか。
 リックはその何かに備え、間合いを計りつつ構えを整えた。

   ◆◆◆

 対し、アンナは炎の中でその身を焼かれながら次の一手を考えていた。
 無理に動かした右肩がひどく痛む。だが、そんなものは身を焼かれる痛みとは比べられるものではない。
 息が苦しい。炎の熱のせいで呼吸が出来ない。今息を吸い込めば、肺が焼けてしまう。
 この炎のおかげで相手の追撃を止めることが出来たのは事実。だが、このままでは自滅してしまう。
 多分、相手はこの炎が消えるのを待っている。この守りが消えた瞬間に、攻撃を仕掛けてくるだろう。
 それを迎撃する手を考えておかなくてはならない。やはり、右手の炎を止めた直後に、左手で炎の鞭を放つのが無難だろうか。
 その時、アンナは閃いた。
 防御と攻撃、同時に出来るのではないか、と。
 アンナはそれを即座に実行した。
 自分に纏わりつく炎を振り払うように、体を回転させながら刀を振り上げる。



 刀から炎の鞭が放たれる。それは螺旋の軌跡を描き、アンナの体を焼いていた炎を巻き込みながら空を目指すように上へ昇っていった。
 その途中、炎は鞭の形状を失い、回転する熱波となった。それは言うなれば小さな赤い竜巻であった。
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