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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十七話 移る舞台(2)

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   ◆◆◆

 一方、ラルフがリリィと再び接触したという情報は、フレディによってサイラスの耳にも入れられていた。

「……以上です。ラルフとリリィが何を話していたのかまでは分かりませんでしたが」

 サイラスは頬杖をついただらしない姿勢のまま、口を開いた。

「それはなんでもかまわない。……しかし、ラルフはリリィに相当御執心のようだな」

 この件について、サイラスはそれ以上何も言わなかったが――
 その顔はまるで「使えるな」とでも言いたげな表情であった。

   ◆◆◆

 一週間後――

 ラルフは街の中を歩いていた。
 その後ろには、ぞろぞろと兵士達が行列を成していた。
 精鋭になったばかりのラルフであったが、祝い事もせず戦地へと向かっていた。
 戦場に向かうのに街の中をわざわざ通る必要は無い。これは凱旋であった。
その勇壮な出で立ちに、ラルフは多くの視線を集めていた。
 遠巻きから眺める見物人の中には、近隣に住む貴族達もおり、ジョナスとケビンの姿もあった。
 二人の視線はラルフの出立を祝うものでは無かった。何かをうかがうような、そんな視線であった。
 そして、同様の視線を遠くから送っている者がいた。
 その者、サイラスはフレディと共に丘の上からその様子を見ていた。

「やっと動き出したか。準備はほぼ出来ている。後は待つだけだ」

 サイラスのその言葉に引っかかるものがあったフレディは、声に出した。

「ほぼ、ですかい? まだ何か足りないものがあるんで?」
「用意できるものでは無い。それは運だ」
「運、ですかい?」
「そうだ。いくつか保険はあるが、どれも運次第だ」
「……もし運命の女神様がそっぽ向いたら、その時はどうするんで?」

 サイラスは即答した。

「その時はまた一からやり直すだけだ」

 その答えにフレディはあきれたような顔で口を開いた。

「よくそこまで気が持ちますね。あっしだったら諦めちまいますよ」

 これにサイラスはその視線をさらに鋭くしながら、口を開いた。

「……勝たなければ我が人生に意味は無い。どんな手段を使ってでも、最後に勝つのが私の信条なのだ」

 サイラスがどんな筋書きを描いているのか、フレディは知らされていない。
 そのことに不満は無い。だが、「どんな手段を使ってでも」という先の言葉に、フレディは僅かな不安を抱いたのであった。

   ◆◆◆

 ラルフが街を出た頃――

 ヨハンは私室にて忙しく筆を動かしていた。
 最後の一行を書き終えた後、文面に間違いが無いことを確認し、筆を置く。
 そして、ヨハンは目頭を押さえながら口を開いた。

「カイル」

 言葉の後、一息分の間も置かずに部屋のドアが開き、廊下から赤毛の従者が姿を現した。

「お呼びでしょうか、ヨハン様」

 部屋に入ってきた従者カイルが礼をしながら要件を尋ねると、ヨハンは先ほど書き上げた書類を差し出しながら口を開いた。

「カイル、次はこの手紙を使いに持って行かせてくれ。これも急ぎだから早馬でな」
「かしこまりました」

 書類を受け取ったカイルは一礼して部屋を去ろうとしたが、その背中をヨハンは呼び止めた。

「待て、もう一つ頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「軍を動かす準備をして欲しい」
「軍を? 出陣なさるのですか?」
「そうだ」

 ラルフを追うつもりだろうか、カイルはそう予想したが、ヨハンの次の言葉がその考えを否定した。

「目的地は中央だ。数は……まあ、四千もあれば十分だろう」

 中央? その言葉にカイルは思わず口を開いた。

「偉大なる者の聖地へ? しかも軍を連れて、ですか?」

 これにヨハンは再び「そうだ」と答え、言葉を続けた。

「制圧などという物騒なことをするつもりは無い。ちょっと交渉に、少し長い話し合いをしに行くだけだ。……そうだ、今言ったように、どれくらい時間がかかるか分からんから兵糧は多めに用意しておけ。往復にかかる三ヶ月分は必須だとして、滞在に二ヶ月、それといつでも補充できるように補給線を確保しておくのだぞ」

 カイルは頷きのような礼を返したが、それはどこかぎこちないものであった。
 何故ですか、とカイルは問いたかった。だが、そうしてはいけないような雰囲気をカイルは感じ取っていた。
 そして、黙るカイルの意を察したヨハンはその答えを述べた。

「……カイル、私にはどうしても欲しいものがあるのだ。それは我が一族の宿願でもある」

 カイルは「それは何でしょうか」と尋ねなかった。カイルは黙ってヨハンの次の言葉を待った。
 ヨハンは椅子の背もたれにゆっくりと背中を預けながら、天井を眺めるように目線を上げた後、口を開いた。

「……それはな、玉座だ」
(……?)

 カイルにはまだヨハンが何を言いたいのか掴めなかった。王の座を欲することが、どうして中央へ軍を差し向けることに繋がるのか、それが分からなかった。
 暫しの沈黙の後、ヨハンはカイルの方に視線を戻し、口を開いた。

「……カイル、我が一族はな、いまだに誰も王になったことが無いのだ。なぜだと思う?」
「……」

 分からない。カイルが沈黙でそれを示すと、ヨハンは答えた。

「それはな、偉大なる者の一族がいるからだ」

 だから、なぜ偉大なる者の一族がそんなに邪魔なのか、それが聞きたいのだ。カイルは黙ってヨハンの次の言葉を待った。

「カイル、わが国の今の王は何者だ?」

 何者だ、その言い回しから、ヨハンが王の名前を問うているわけでは無いことを察したカイルは、少し考えた後に口を開いた。

「……偉大なる者の一族の親戚、でございます」
「そうだ。では、前の王は?」
「同じく、偉大なる者の一族の縁者にございます」

 この問答によって、カイルはヨハンが何を言わんとしているのかを理解した。
 そして、ヨハンはカイルが想像した通りの答えを語り始めた。

「どれだけ力をつけても、我が一族は王になれなかった。あと一歩、というところまで辿り着いても、その度に偉大なる者の一族が、または炎の一族の誰かが玉座を攫っていった。
 だから、我が一族はやつらの力を弱めようと様々な手を打ってきた。弱い魔法使いをやつらの縁者にしたり、他の家との間に誤解を生ませ、仲違いするように仕向けたりな」

 ヨハンはそう言って含み笑いをした後、すぐに表情を戻して言葉を続けた。

「その過程で炎の一族が我々の敵になったのは誤算だったが……当初の目論見通り、やつらは弱くなった。……が、それでもやつらを、偉大なる者の一族を表舞台から引き摺り降ろすことは出来なかった。まったく、過去の偉大な功績というものは厄介なものよ」

 ヨハンは再び天井を仰ぎ、口を開いた。

「偉大なる者の一族を魔法信仰の象徴に置いたことは失敗だったのかもしれん。だが、そうしなければ我が一族はここまで大きくなれなかったかもしれぬ。まったく、もどかしいことよ」

 ヨハンはカイルの方に視線を戻した。それは、力強いがどこか気味の悪い眼差しであった。

「だが、それも私の代で終わる。私が、我が一族が全てを手にする時が来たのだ」

 ヨハンがそう言い終えると、カイルはただ深い礼だけを返した。

   ◆◆◆

 二週間後――

 ヨハンはカイルと兵達を連れて街を出発した。
 その情報はフレディによってすぐにサイラスの耳に入れられた。

「中央に? 軍を引き連れてだと?」

 私室でその報告を聞かされたサイラスが確認するように尋ね返すと、フレディは頷きを返しながら答えた。

「へい。ですが、それだけじゃないんです。出発する前にちょっと妙なことをやっていたみたいで」
「妙なこと? なんだそれは」
「偉大なる者の一族の縁者にあたる家と、彼らに援助をしている連中に使いを出したようです」

 サイラスは顎に手を当てて暫し考える様子を見せた後、口を開いた。

「……それは恐らく、これからやることに文句を言わせないようにするための牽制、または根回しだろうな。偉大なる者の一族は魔法信仰の象徴だが、教会とは付かず離れずの関係を保ってきた。ヨハンはそんな関係に終止符を打ち、自身の傘下に加えようとしているのだろう」
「どうします?」
「……」

 フレディの質問にサイラスはすぐには答えなかった。
 ヨハンのこの動きはサイラスの予定には無かったものだ。
 だが、サイラスは問題だとは感じていなかった。

(この後ヨハンをどうするかは決まっている。予定に変更は無い。それが少し面倒になっただけ――)

 この時、サイラスの中にある考えが浮かんだ。

(……いや、これは好機かもしれん。奴の行動を利用すれば、より簡単に事を運ぶことが出来るのではないか?)

 サイラスは目尻を僅かに下げながら口を開いた。

「フレディ」
「へい」
「我々も動くぞ。そのためにちょっと用意して欲しいものがある」

   ◆◆◆

 サイラスが動き始めた頃、ヨハンが目指す偉大なる者の地にて、同じ様に行動を開始した者がいた。

「それでは母上、行って参ります」

 偉大なる大魔道士の血を引く者リックは、門前まで見送りに来てくれた母クレアに対し、深い礼を返した。

「気をつけるのですよ、リック」

 対し、クレアは短い言葉を息子に贈った。
 この「気をつけろ」は奥義の扱いに対しての言葉であった。だが、傍にバージルがいるため、クレアは奥義という言葉を口にするのをためらっていた。
 そんなクレアの心中を知ってか知らずか、リックはバージルに声を掛けた。

「バージル、本当に一緒に来ないのか?」

 これにバージルは首を振りながら口を開いた。

「俺はもう少し鍛えてからにする」

 戦場に戻るにはまだ早いと答えるバージルに対し、リックが言えることは何も無かった。
 そして、リックは同じく見送りに来てくれている妻ブレンダと息子エリスの方に向き直り、声を掛けようとしたが、

「気をつけてね、あなた」
「頑張って、父上!」

 先に二人の方から励ましの言葉を掛けられた。
 これにリックは口元を緩ませながら「ああ、わかってる」と答えた後、

「……それじゃあ、行ってくるよ」

 皆の顔を見回しながら出発の言葉を述べた。
 静かだが力強い頷きを返す者、視線だけを返す者、どこか心配そうな顔をする者、そんな様々な反応を受け取った後、リックは皆に背を向け、門をくぐった。
 門の外には既に多くの兵達が控えていた。
 リックは彼らに何も指示しなかったが、兵士達は自然と整列し、リックに追従した。
 険しい山々が連なる偉大なる者の地に、軍靴の音が規則正しく繰り返しこだまする。
 そして、その行列に先頭を行くリックが目指す場所、それはやはりクリスが守るあの城であった。
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