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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十六話 ディアナからサラへ(6)

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   ◆◆◆

 夕食後――
 リックはクレアの私室に呼ばれた。それは先の勝負の内容とバージルについて話をするためであった。

「驚きましたね」

 クレアが手にある紅茶をスプーンでかき混ぜながら同意を求めると、リックはそれに答えた。

「はい。あのバージルという男、かなりの素質を持っているように思えます」

 クレアは紅茶を一口含んだ後、口を開いた。

「同意です。強い魔力を持つものは制御が不得意な傾向にありますが、バージルにはそれが無い。盗めとは言いましたが、こうもあっさりやられると、焦りを通り越して興味が沸きますね」
「……それは、あの男に技を教えてみたくなった、という意味でしょうか?」

 紅茶をテーブルの上に置きながらクレアは答えた。

「正直、そうしてみたい気持ちは少しだけあります」

 冗談のつもりであったリックはその意外な答えに少し驚いたが、クレアはすぐに「ですが」と言って言葉を続けた。

「あの男が盾の一族の人間であるという事実がその気持ちを抑え込むのです」

 それはどういう意味なのか、リックが問うような眼差しを向けると、クレアは一息分間を置いた後、答えた。

「……我ら偉大なる者の一族と盾の一族の間には、ある確執による因縁があるのです」
「確執? それはどのような?」

 あまり好まぬ話なのか、クレアは少しうんざりしたような顔で口を開いた。

「古い話です。まだ魔法信仰というものが形を成していない頃の」

 興味が沸く切り出しに、リックが身を乗り出すような仕草を見せると、クレアはゆっくりと語り始めた。

「……かつて大陸を統一した我が一族は繁栄し、栄華を極めました。多くの民達に称えられながら、淡々と技を磨くだけの時代が暫くすぎた後、ある不幸が我が一族を襲いました」

 リックが「それは?」と尋ねるよりも早くクレアは言葉を続けた。

「血が急に弱くなったのです。これは当時の我が祖先達の血縁関係がとても閉鎖的だったのが原因だと考えられています。そしてそんなある日、ある者達が我々に物申しました」
「その者達が……」
「そうです、盾の一族です。当時はまだそう呼ばれておらず、盾の一族たる特徴も備えていませんでしたが」
「その者達は何と言ってきたのですか?」
「その者達は技を磨くよりも他の強い血を積極的に取り込み、優秀な魔法使いを生み出すべきだと主張してきたのです」
「その主張に我が祖先達はどうしたのです?」

 クレアは再び紅茶を手に取り、一口含んでから答えた。

「どうもしませんでした。相手にしなかったのです。ですが、その者達は自分達の考えこそ正しいと信じ、行動に移しました。彼らは強い魔法使い達と交配を繰り返し始めたのです」

 リックが「それはまるで……」と続きを促すように言うと、クレアは頷きながら答えた。

「そうです。彼らが始めたことは今の我々が、魔法信仰がやっていることと同じです。そして彼らの行為は一つの成果を、強力な魔法使いを生み出しました」

 クレアは再び紅茶を口に含んだ。

「そして、その魔法使いは我々に勝負を挑んできたのです」

 これにリックは再び身を乗り出すような仕草を見せた。

「結果は?」

 興味津々(しんしん)と言ったリックに対し、クレアは少し暗い面持ちで答えた。

「我々の敗北で終わりました。その魔法使いは純粋な魔力の強さだけで、我が祖先達をねじ伏せたのです」

 この答えに、リックの顔も少し暗いものとなった。

「これは非公式な試合だったので外部にあまり知られなかったことが救いでした。ですが、ある者の耳に入ってしまいました」

 やや遠まわしな言い方であったが、リックは黙って次の言葉を待った。

「……それが今の魔法信仰の頂点に座る者、ヨハンの祖先にあたる者です。ヨハンの祖先は盾の一族の祖先と手を組みました。彼らは強い魔力こそ絶対かつ唯一の価値を持つと、魔力至上主義の時代が訪れると声を上げ始めたのです」

 ヨハンの一族の原点がそんな古いところにあるという事実に、リックは驚きでは無く感心を抱いていた。

「そして彼らのその行いに我らも巻き込まれることになりました。負けたという事実があるゆえに、我が祖先達はこれに強く反抗することができませんでした」

 その後どうなったのかは簡単に想像できる。そしてクレアはリックが思った通りの展開を話し始めた。

「そうしてヨハンの祖先達は誰とも敵対せずに一族を大きくし、勢力を伸ばしたのです。魔法信仰はそうして誕生しました。今の魔法信仰があるのは盾の一族のおかげだと言えるでしょう。
 その盾の一族の祖先達も順調に勢力を伸ばしました。が、いつからか彼らは魔力を遠くに飛ばすことができなくなりました。そして魔法の射程が完全に無くなった頃、周囲の者達が皮肉を込めて盾の一族と呼ぶようになったのです」

 クレアは紅茶に口をつけ、最後の一口をゆっくりと飲み込んだ後、締めの言葉を述べた。

「……以上が盾の一族と我々の歴史、魔法信仰誕生の歴史です」

 だが、クレアの話は終わらなかった。クレアは空になったカップの底を見つめながら再び口を開いた。

「ヨハンの祖先達は我等を担ぎ上げ、魔法信仰の象徴の座に座らせました。悲しいことですが、私達は彼らの傀儡なのかもしれません」

 考えたくないことであったが、それは真実のように思えた。

「そして我等は魔法信仰の象徴としては既にその価値を失っています。一方、教会の力は増すばかり。
……このままでは、いつかなにか良くないことが起きるのではないか。最近、そんなことばかり考えるようになってしまいました」
「……」

 不穏な言葉にリックは何も言えなかった。
 良くないこと、その想像はなんとなくつく。しかし口に出すことは出来なかった。

 強大な魔力を秘めた盾の一族と、技を受け継ぐ偉大なる者の末裔、その二つの怪物を取り込んでいる巨大な組織、教会。
 その巨木に新たな怪物が加わろうとしていることを、クレアとリックは知る由も無いのであった。

   第二十七話 移る舞台 に続く
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