Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十五話 舞台に上がる怪物(2)

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   ◆◆◆

 三日後――

「おはようございます、母上」

 朝、食堂に姿を現したクレアに、少し遅めの朝食を摂っていたリックは挨拶を行った。

「おはよう」

 挨拶を返したクレアは息子の対面の席に座り、ナプキンを腿の上に広げた後、話しかけた。

「……あの者はまだいるのですか?」

 尋ねられたリックは頬張っていたパンを飲み込んだ後、

「はい。まだ玄関前に居座っているようです」

 と答えた。
 これにクレアは溜息を吐いた後、口を開いた。

「……まったく、困ったものですね」

 クレアは用意された朝食に手をつけず、再び口を開いた。

「今日で三日ですか」

 この三日、バージルはまともな食事を摂っていないはずだ。

「……」

 クレアは暫し悩むような顔を見せた後、傍に控える召使いに対し口を開いた。

「……湯と食事の用意をしてください」

 唐突な命令であったが、意を察した召使いは一礼だけ返し、準備のために場を離れた。

   ◆◆◆

 湯浴みと簡単な食事を済ませたバージルは、応接間に案内された。
 応接間のソファーにはクレアが既に腰掛けていた。
 バージルはクレアに手で促されるまま、対面のソファーに腰を下ろした。
 この時、バージルの心は期待で満ち溢れていた。
 ここまで来れば話は既に決まったようなものだ。自分は根競べに勝ったのだ、そう思っていた。
 だが、クレアの口から発せられた言葉は、その期待とは真逆のものであった。

「まず初めに言っておきますが、私はあなたに技を教えるつもりはありません」

 では何故自分を屋敷の中に招いたのか、その答えをクレアは語った。

「あなたには遠くから見ることだけ許します」

 それはつまり――
 クレアはバージルの目を真っ直ぐに見つめながら、その意を説いた。

「教えはしません。だから盗みなさい。我が一族の技を見て、その身に刻むのです」

   ◆◆◆

 そうして、バージルの修行の日々が始まった。
 それは孤独なものであった。言ったとおり、クレアはバージルに対し何一つ声をかけなかった。
 クレアとリックがやっていることを遠くから見て、それを真似する。バージルの修行はそういうものであった。
 そして今、バージルはあることを真似しようとしていた。
 それは手の平に乗せた石を浮かせるという、魔法制御の訓練であった。
 バージルは石を乗せた手に魔力を込めた。
 だがその直後、石は大きく弾かれ、どこかに跳んで行ってしまった。
 またか。バージルはそう思った。既に数えるのが馬鹿らしくなるほどの回数を失敗していた。
 このままやっても同じことを繰り返すだけだろう。考えなくては。
 そう思ったバージルは、今度は石を乗せず、上に向けた手の平に魔力を込めてみた。
 直後、バージルの手から防御魔法のような小さな光の膜が広がった。
 ……これでは石が弾き飛ばされるのは当たり前だ。もっと出力を抑えなくては。
 手に意識を集中させる。
 少しずつ、手から広がる光の膜が小さくなっていく。
 だがそれは長くは続かなかった。呼吸のリズムを外した拍子に、光の膜は弾けるような勢いで元の大きさに戻ってしまった。
 糞、と悪態をつきたくなる衝動をぐっと堪える。
 そしてふと、遠くにいるリックとクレアの方に視線を移す。
 見ると、二人はバージルに背を向けてどこかへ移動しようとしていた。
 時々こういうことがある。クレアは技を見て盗んでもいいと言ったが、それでもやはり見られたくないものがあるのだろう。
 そして、この後どうなるのかも大体決まっているのだ。

   ◆◆◆

 その日の夜――

 食堂でバージルが遅めの夕食を摂っていると、

「お前も今頃夕食か」

 リックが場に姿を現した。
 その右手には痛々しいほどの包帯が巻かれていた。
 それを見てバージルは「またか」と思った。
 これで何度目だろうか。二人の姿が消えた後は決まってこれである。
 当の本人はさも気にしていないような様子で席につき、

「今日は豆のスープか。悪くない」

 左手で器用に食事を始めた。

「……」

 バージルは何も言わず、リックのその右手を見つめながら食事を続けた。
 リックは見えないところで一体何をしているのか。それが気になって仕方が無かった。

   ◆◆◆

 一方、アランの国でも、ある者が動き始めようとしていた――

 大陸の南西端、アランの国の首都から見てちょうど南に位置する港町。
 その港にある薄暗く汚い倉庫の中に、数人の男達の姿があった。
 それはただならぬ様子であった。縛られ、ひざまずいている一人の老人を数人の男達が取り囲んでいた。
 縛られている老人の身なりは明らかに貴族のものであったが、その服は土と埃で茶色く汚れており、胸元は血で赤く染まっていた。

「許してくれ……リチャード」

 老人は震えながら目の前にいる男に許しを請うた。

「ん? 何を許して欲しいんだ? 懺悔なら聞いてやるぞ」

 貴族の身なりをしたその男、リチャードと呼ばれた者は、老人を見下しながら口を開いた。



 リチャードの顔に笑みは無かった。圧倒的優位に立っているにも関わらず、その顔に浮かんでいた感情は怒りであった。

「ほらどうした? お前が何をしたのか言ってみろ」
「……そなたが『王室会議』に参加することを反対し、妨害工作をしたことは謝る、だから」

 老人は最後まで話すことができなかった。リチャードがその顔に拳を叩きこんだからだ。
 口と鼻から血をぼたぼたと垂れ流しながら、老人は言葉を続けた。

「……だから、どうか、許してくれ。この通りだ」

 この言葉にリチャードは怒りを爆発させた。

「許せだと!? 私が次の『王室会議』に出るためにどれだけの金を使ったと思う!? そのためにどれだけの辛酸を舐めたと思う!? それを貴様は……」

 リチャードはその口を止め、代わりに手を動かした。
 殴打の音が何度も場に響いた後、ようやく落ち着いたのかリチャードはその手を止めた。
 リチャードはうずくまってうめき声を上げる老人の姿を暫く眺めたあと、その拳についた血を拭いながら口を開いた。

「……もういい。お前たち、始末しろ。死体は『いつものように』箱に入れておけ」

 死刑宣告であったが、老人には既に声を上げる気力すら残ってはいなかった。

   ◆◆◆

 その後、リチャードは妻と娘ディアナを連れて船で海に出た。
 三人は甲板で心地よい潮風を浴びながら大海原を眺めていた。
 だが一人この状況を楽しんでいない者がいた。

「どうしたのディアナ? 久しぶりの海なんだから楽しまなくちゃ」

 リチャードの妻は暗い顔をしている実の娘ディアナに声を掛けた。



「どうした船酔いか?」

 リチャードは娘の暗い顔を見ても特に何も感じなかったらしく、そんな軽口を言った。
 そしてそんな両親に対し、ディアナは何も言わなかった。

「かなり沖に出たな。この辺でいいだろう」

 リチャードはそう言いながら甲板の端に控えていた船員達に目配せした。
 主人の声無き命令に、数名の船員達は甲板の後部に向かって歩き始めた。
 そこには長方形の木箱があった。それは大人一人がちょうど入れるくらいの大きさであった。
 船員達は協力し、その木箱を運び始めた。
 海に捨てるつもりなのであろう、船員達はゆっくりと甲板の手すりの方へ向かっていった。
 ディアナはその箱をじっと見つめていた。箱には蓋がされていなかったが、ディアナの位置からではその中身を見ることはできなかった。
 しかしその時、箱を抱えていた船員の一人が足を滑らせた。
 箱は甲板の上に倒れ、外に躍り出たその中身は皆の目に晒された。
 それを見たディアナは恐怖と驚きに肩を震わせ、すぐに目を背けた。ディアナがそれを見た時間はほんのわずかであったが、脳裏に焼きつくには十分であった。
 それは血にまみれた老人の死体であった。しかし何よりもディアナを戦慄させたのは、その濁った生気の無い瞳であった。ディアナはそんなものと目を合わせてしまったのだ。

「馬鹿野郎! なにやってんだ!」

 船員の一人が怒鳴り声を上げたが、リチャードは怒らなかった。それどころか余興の一つとして楽しんだようであった。
 船員達は老人の遺体を箱に入れ直そうとしたが、リチャードが手をかざして静止の意を示したため、その手を止めた。

「もういい。そのまま海に放り込め」

 船員達はリチャードの指示に従い、老人の遺体を乱暴に海へと放り投げた。
 遺体が海中に没した音が聞こえた後、リチャードの妻が口を開いた。

「こんな派手なことをして大丈夫なの?」

 これにリチャードは平然とした顔で答えた。

「なあに問題無い。今の私に口を出せる者などいないからな」

 リチャード、彼は暴虐的な男であった。
 しかし彼がそのような振る舞いを出来るのは単純に強いからである。
 魔法力が強いわけでは無い。彼はその商才と政治的能力で上り詰めた男であった。
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