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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第二十四話 時間切れ(4)
しおりを挟む◆◆◆
一ヵ月後――
アランは故郷の地に足を踏み入れた。
懐かしい町並み、その後ろにそびえるカルロの城。
全てが感慨深い。見慣れた光景なのに、なぜか目新しく感じる。
「マリア」
「はい」
「城に戻る前に寄りたいところがある。構わないかい?」
「お供いたします」
◆◆◆
寄りたい所、それは貧民街であった。
アランはまずルイスへの挨拶を済ませ、次にリリィの母ソフィアの墓参りをした。
そして、墓地を去る頃には日が沈みかけていた。
「そろそろ城へ参りましょう、アラン様」
マリアの言葉に、アランは首を振った。
「もう一つ行きたいところがあるんだ」
◆◆◆
アランが最後に立ち寄った場所、それは鍛冶場であった。
もう遅い時間であるにもかかわらず、炉の火は消えていなかった。
「……ん? アラン? アランじゃないか!」
鍛冶師の一人が声を上げる。その声に釣られて多くの者達がアランの周りに集まった。
「ひさしぶりじゃないか、アラン」
「元気にしてたのか?」
「北に行ってたんだろ? 話を聞かせてくれよ」
直後始まった質問攻め。答えたいが、今はそれよりも会いたい人がいる。
「久しぶりだな、皆。……親方に挨拶したいんだが、どこにいる?」
これに皆は押し黙った。
「……どうしたんだ?」
鍛冶師の一人が答えた。
「アラン、親方は死んじまったよ。ほんの数日前のことだ」
これに、今度はアランが押し黙ることになった。
「お前が北に行った後、親方は船で外界に渡ったんだ。『刀の打ち方を習いに行く』って言ってよ。そんで、最近になって親方は帰ってきたんだ。こいつと一緒にな」
そう言って、鍛冶師は一本の剣をアランに手渡した。
それはまぎれもなく刀であった。
思わず抜き、その刃を見る。
……クラウスに渡した刀と比べると、反りが若干浅く、刀身に曇りが見える。だが、何よりも目を引いたのはその身に刻まれた文字であった。
機能美を重視する親方がこんなことをするのは珍しい。何と書かれているのか――アランは目を凝らした。
『我が技、いまだ未熟なり』
これを読んで、アランは親方が何故文字を彫ったのかを理解した。親方はこれが失敗作であると言っているのだ。
そして、刀身をじっと見つめるアランに、鍛冶師が口を開いた。
「そいつはアラン、お前のもんだ」
「親方の形見を俺に? どうして?」
「親方はそれをお前に見せたい、渡したいと、口癖のように毎日言っていたからさ」
こう言われては何も返せない。黙って受け取るしか無かった。
親方の形見を手に、アランは何か大きなものを感じていた。
自分の武の道は終わったものだと思っていた。ゆえに刀を手放した。
だが、その刀は今再び、自身の手の中にある。
これは運命か、それとも呪いか。
自分がこの刀を戦場で振るうときが来るのだろうか。
その答えはじきに明らかになる。
◆◆◆
その夜、城に戻ったアランは訓練場にて親方の形見を手に構えていた。
柄の底に右手を当て、神経を集中させる。
発光する刀身。しかし、その様子は以前使っていた刀とは少し違っていた。
(……片寄っている)
手に伝わる感覚から、アランはそう思った。
そして、それは見た目にもはっきりと表れていた。
刀身の発光は先端部に片寄っていた。恐らく、鋼の質にばらつきがあるためだろう。
刀身の先端部に魔力が集中しているということ、それは突きを主体とするアランにとってはむしろ好都合なことであった。
輝く先端を食い入るように見つめる。
その時、「ざあ」っと、少し強い風が場に吹いた。
まだ花を咲かせたばかりの春の木々が揺れなびく。小さな花びらが散り、雪のように場に降り下りた。
目を閉じ、暗闇の中で花びらの行方を追う。
八――いや、九枚の花びらがこっちに向かっている。
静かに身構え、それを待つ。
そして、ひらりと、一枚の花びらがアランの間合いの中に入った。
瞬間、一閃。
はらりと、二つに別れた花びらがアランの眼前を流れる。
後は繰り返し。次々と降り参る花びらを、剣閃で迎え入れる。
速い。素人目にはアランの手元は霞んで見えるほどに。
しばらくして、アランは手を止めた。
刀を鞘に納める。
アランは足元を、切った花びらを確認しようとはしなかった。アランには全ての花びらを両断した自信があった。
「お見事です、アラン様」
透き通るようなマリアの賞賛の声と、拍手の音が場に響き渡る。
恐らくは、マリアの賞賛は剣速に対してのみ贈られており、自分が花びらを斬っていたこと、目をつむってそれを成したことには気づいていないであろう。
それが分かっていたゆえにアランは、
「ありがとう」
と、淡白な返事を返した。
「春になったとはいえ、夜は冷えます。そろそろお休みになられたほうが良いかと」
マリアの言葉に、アランは素直に頷きを返した。
「そうだな、もういい時間だし、今日はもう寝ることにするよ」
訓練場を去る時、アランは後ろ髪を引かれるような思いであった。
自分の戦いは終わった、そう思っている。しかし、アランの中にはやはり未練があった。
そして、その原因である刀は、主に振るわれるその日を待っているのであった。
第二十五話 舞台に上がる怪物 に続く
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