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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十話 武技交錯(2)
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刀の切っ先を突きつけながら、リックの像を視界の中央に捉える。
が、アランの視界はまだ揺れていた。
そこへ、今度は赤いカーテンが視界の上から降りてくる。
(目が……!)
思わず目を細める。が、大きく割れた額は容赦無くアランの瞳に血を流し込んできた。
視界が赤く濁り、ぼやける。深い霧に覆われたように見えない。
そして、アランの体に悪寒が走った。
(攻撃が来る!)
高まる緊張。刀を握る手に汗が滲んだと同時に台本が開いた。
『踏み込み右上段突き。ただしこれは当てる気の無い視線の陽動で、本命は左足による下段蹴り』
(! これだ!)
瞬間、アランは光明を見出した。初手に当てる気が無いということは、次手の迎撃だけを考えればいい。
訪れた好機に焦燥感が高まる。逸(はや)る気持ちに刀の切っ先は自然と下がっていった。
(まだだ、堪えろ! よく引き付けるんだ!)
今警戒されては意味が無い。焦る気持ちを抑え、切っ先の高さを元に戻す。
直後、リックの足が前に出た。
来る。アランは本命に備えて姿勢を下げた。
リックが右拳を突き出す。
当てる気が無いとは思えない速さ。距離感もいい。あと半歩踏み込めば届くかもしれない、そんな距離。台本が無ければ目線を奪われていただろう。
リックが拳を引く。それと同時に、後ろに引いていた左足の踵がつま先立ちをするように浮き上がった。
(今だ!)
刀の切っ先を下に向ける。
だが、次の瞬間――
(!?)
ぞわり、と、アランの背筋に悪寒が走った。
『飛び膝蹴りに変更』
気付いた時には左足だけでなく右足の踵も浮き上がっていた。
伸びていた左足は鋭角に折りたたまれ、その先端にある膝はアランの顔面に向けられている。
慌てて、下段に向けていた刀を膝の迎撃に向かわせる。
駄目だ、間に合わない。
「回避」という単語がアランの意識に浮かび上がる。しかし、その時既にリックの膝は目の前であった。
少しでも距離を――そう考えたアランは顔を真横に向けるように首を捻った。
苦し紛れの行為。来る痛みから逃げようとしているようにも見える。
そして、リックの硬い膝がアランのやわらかい頬にめり込んだ。
衝撃に頬が波打つ。顎が軋みを上げ、頬骨が砕ける。
強烈。そうとしか言えない痛み。
アランの意識は再び白く染まり、闇に沈んだ。
◆◆◆
闇に落ちたアランの意識であったが、その思考能力は失われていなかった。
何も見えない。しかし恐怖は無い。
感覚がとても鋭くなっている。どこに何があるか、誰が何をしようとしているのか手に取るようにわかる。時間が遅くなったかのように全てがゆっくりと動いている。
あの炎の使い手にやられた時以来の懐かしい感覚。あの時と違うのは浮遊感に包まれていることだ。
膝蹴りを受けた自分は後ろに倒れようとしている。そして、リックはそんな自分に追撃を仕掛けてきている。蹴りを叩き込むつもりだ。
自身の状態を確認する。肋骨二本にヒビが入っている。膝を受けた頬骨は砕けている。額からの出血は止まっていない。
何も問題は無い。剣を使うのに差し支えは無い。
体に力を込める。ここで倒れるわけにはいかない。体勢を立て直し、反撃だ。
◆◆◆
飛び膝蹴りを決めたリックは、そのまま空中で曲げていた左膝を伸ばしつつ、右足に魔力を込めた。
その瞳の中央にあるのは吹き飛び、倒れつつあるアランの姿。
狙いは胴。アランの背が地に達する前に、その無防備な腹に蹴りを入れる。
右足に魔力が満ち始める。それを感じ取ったリックは足に力を込めた。
だが次の瞬間、リックが足を動かすよりも先に、アランが動いた。
アランは体を小さく丸めるように膝を折り畳みながら、後ろに転がるように回り始めた。
それは後方への回転受身であると見えた。
そうはさせない。地に降りられる前に攻撃を入れる。
狙いを変更する。新たな目標は背中。回転する体が背後を晒した瞬間、その真ん中を通る背骨に蹴りを刺し込む。
いつでも蹴りを出せるように、右足を構えたまま時を待つ。
そして数瞬の後、アランはリックが期待した通りの動きを見せた。
逆立ちをするように頭が下へ向き、広々とした背中をリックの眼前に晒す。
(ここだ!)
直後、リックは横から回すように右足を走らせた。
光る爪先が地に水平な楕円の軌跡を描く。
しかし直後、
「!」
その爪先に迫るもう一つの閃光をリックは見つけた。
それはアランの後頭部の下から伸びていた。
その光はぎらぎらと輝いていた。光魔法だけでは無い、太陽の反射も含んだ光だった。
それがアランの頭の下から伸びて来ている。それが意味するものは――
(斬撃!?)
そうとしか考えられなかった。アランは受身を取りながら曲芸のような回転斬りを放っているのだ。
その軌道は右下から左上に走る切り上げ。背骨を狙うこちらの蹴り足を完全に捉えた軌道だ。
即座に奥義を発動する。
その用途は防御。奥義の加速をもってすれば先に攻撃を叩き込むのは容易。だが、たとえそれでアランの背骨を砕き、その身を吹き飛ばしたとしても、この斬撃は止まらず自分の足を切り飛ばすだろう。相討ちは望むところでは無い。
蹴りの軌道を背骨狙いから刀を叩き払う方向に変える。
急な変更に股関節と膝が悲鳴を上げる。水平に走っていた爪先は、左下へ流れ落ちるように軌道を変えた。
直後、斜めに昇る刀と斜めに降りる爪先、その二つが描く閃光は交差した。
甲高い音が場に響き、衝突点から光の粒子が散る。
このぶつかり合いを制したのはリック。その光る爪先はアランの剣の側面を捉え、叩き払った。
その衝撃にアランの姿勢が崩れる。真っ直ぐな後方回転受身に横方向の力が加わったせいか、アランの体は斜めに回転しながら宙を舞った。
が、それでもアランは両足での着地を決めた。
それは綺麗なものでは無く、膠着も大きい不恰好なものであったが、その隙を追撃されることは無かった。
リックは様子をうかがっていた。かなり慎重になっていた。
その背には冷や汗が流れていた。先の一合、それはとても危ういものであった。咄嗟に蹴りの軌道を変えられたから良かったものの、もしあのまま蹴りを放っていたら、自分の足は切り飛ばされていたであろう。
恐ろしい。そして奇怪であった。
(どういうことだ? こちらが攻撃を出す先に奴の剣が待ち構えている。まるで先回りされているようだ)
思えば膝蹴りに切り換えた時もそうだった。
(手の内を読まれているとしか思えない。癖を完全に見抜かれている?)
これまでのやり取りを振り返る。リックの脳内に駆け抜けるように流れた回想群は、手を出す先、足を出す先に、常にアランの剣先が待ち構えていた奇妙な場景(じょうけい)の連続であった。
(……そうとしか思えない。こちらの考えは筒抜けになっていると考えるべきか)
ならば――と、リックは構えを変えた。
閉めていた脇を少し開きながら、両手を添えるように前に出す。
その手は手刀のような形。その指は丸みを帯びるように曲がっているが、綺麗に並び揃っていた。
魔力を帯び、指が発光を始める。だがその輝きは均一では無く、先端部に集中していた。
リックは武器弾きのみを重視した戦い方に切り換えていた。以前アランと戦った時にも用いた戦法で、かつてリックの母クレアが見せた指先で石を砕いた技と同じものである。
だが、リックの魔力の集中精度はクレアには遠く及ばない。奥義を持ってしても、アランの剣を、鋼を砕くには至らないだろう。
しかし剣を弾き飛ばし、使い手の体勢を崩すには十分。
そして、リックは両手を前に出したまま、じり、と、立ったまま動かないアランに向かって間合いを詰め始めた。
が、アランの視界はまだ揺れていた。
そこへ、今度は赤いカーテンが視界の上から降りてくる。
(目が……!)
思わず目を細める。が、大きく割れた額は容赦無くアランの瞳に血を流し込んできた。
視界が赤く濁り、ぼやける。深い霧に覆われたように見えない。
そして、アランの体に悪寒が走った。
(攻撃が来る!)
高まる緊張。刀を握る手に汗が滲んだと同時に台本が開いた。
『踏み込み右上段突き。ただしこれは当てる気の無い視線の陽動で、本命は左足による下段蹴り』
(! これだ!)
瞬間、アランは光明を見出した。初手に当てる気が無いということは、次手の迎撃だけを考えればいい。
訪れた好機に焦燥感が高まる。逸(はや)る気持ちに刀の切っ先は自然と下がっていった。
(まだだ、堪えろ! よく引き付けるんだ!)
今警戒されては意味が無い。焦る気持ちを抑え、切っ先の高さを元に戻す。
直後、リックの足が前に出た。
来る。アランは本命に備えて姿勢を下げた。
リックが右拳を突き出す。
当てる気が無いとは思えない速さ。距離感もいい。あと半歩踏み込めば届くかもしれない、そんな距離。台本が無ければ目線を奪われていただろう。
リックが拳を引く。それと同時に、後ろに引いていた左足の踵がつま先立ちをするように浮き上がった。
(今だ!)
刀の切っ先を下に向ける。
だが、次の瞬間――
(!?)
ぞわり、と、アランの背筋に悪寒が走った。
『飛び膝蹴りに変更』
気付いた時には左足だけでなく右足の踵も浮き上がっていた。
伸びていた左足は鋭角に折りたたまれ、その先端にある膝はアランの顔面に向けられている。
慌てて、下段に向けていた刀を膝の迎撃に向かわせる。
駄目だ、間に合わない。
「回避」という単語がアランの意識に浮かび上がる。しかし、その時既にリックの膝は目の前であった。
少しでも距離を――そう考えたアランは顔を真横に向けるように首を捻った。
苦し紛れの行為。来る痛みから逃げようとしているようにも見える。
そして、リックの硬い膝がアランのやわらかい頬にめり込んだ。
衝撃に頬が波打つ。顎が軋みを上げ、頬骨が砕ける。
強烈。そうとしか言えない痛み。
アランの意識は再び白く染まり、闇に沈んだ。
◆◆◆
闇に落ちたアランの意識であったが、その思考能力は失われていなかった。
何も見えない。しかし恐怖は無い。
感覚がとても鋭くなっている。どこに何があるか、誰が何をしようとしているのか手に取るようにわかる。時間が遅くなったかのように全てがゆっくりと動いている。
あの炎の使い手にやられた時以来の懐かしい感覚。あの時と違うのは浮遊感に包まれていることだ。
膝蹴りを受けた自分は後ろに倒れようとしている。そして、リックはそんな自分に追撃を仕掛けてきている。蹴りを叩き込むつもりだ。
自身の状態を確認する。肋骨二本にヒビが入っている。膝を受けた頬骨は砕けている。額からの出血は止まっていない。
何も問題は無い。剣を使うのに差し支えは無い。
体に力を込める。ここで倒れるわけにはいかない。体勢を立て直し、反撃だ。
◆◆◆
飛び膝蹴りを決めたリックは、そのまま空中で曲げていた左膝を伸ばしつつ、右足に魔力を込めた。
その瞳の中央にあるのは吹き飛び、倒れつつあるアランの姿。
狙いは胴。アランの背が地に達する前に、その無防備な腹に蹴りを入れる。
右足に魔力が満ち始める。それを感じ取ったリックは足に力を込めた。
だが次の瞬間、リックが足を動かすよりも先に、アランが動いた。
アランは体を小さく丸めるように膝を折り畳みながら、後ろに転がるように回り始めた。
それは後方への回転受身であると見えた。
そうはさせない。地に降りられる前に攻撃を入れる。
狙いを変更する。新たな目標は背中。回転する体が背後を晒した瞬間、その真ん中を通る背骨に蹴りを刺し込む。
いつでも蹴りを出せるように、右足を構えたまま時を待つ。
そして数瞬の後、アランはリックが期待した通りの動きを見せた。
逆立ちをするように頭が下へ向き、広々とした背中をリックの眼前に晒す。
(ここだ!)
直後、リックは横から回すように右足を走らせた。
光る爪先が地に水平な楕円の軌跡を描く。
しかし直後、
「!」
その爪先に迫るもう一つの閃光をリックは見つけた。
それはアランの後頭部の下から伸びていた。
その光はぎらぎらと輝いていた。光魔法だけでは無い、太陽の反射も含んだ光だった。
それがアランの頭の下から伸びて来ている。それが意味するものは――
(斬撃!?)
そうとしか考えられなかった。アランは受身を取りながら曲芸のような回転斬りを放っているのだ。
その軌道は右下から左上に走る切り上げ。背骨を狙うこちらの蹴り足を完全に捉えた軌道だ。
即座に奥義を発動する。
その用途は防御。奥義の加速をもってすれば先に攻撃を叩き込むのは容易。だが、たとえそれでアランの背骨を砕き、その身を吹き飛ばしたとしても、この斬撃は止まらず自分の足を切り飛ばすだろう。相討ちは望むところでは無い。
蹴りの軌道を背骨狙いから刀を叩き払う方向に変える。
急な変更に股関節と膝が悲鳴を上げる。水平に走っていた爪先は、左下へ流れ落ちるように軌道を変えた。
直後、斜めに昇る刀と斜めに降りる爪先、その二つが描く閃光は交差した。
甲高い音が場に響き、衝突点から光の粒子が散る。
このぶつかり合いを制したのはリック。その光る爪先はアランの剣の側面を捉え、叩き払った。
その衝撃にアランの姿勢が崩れる。真っ直ぐな後方回転受身に横方向の力が加わったせいか、アランの体は斜めに回転しながら宙を舞った。
が、それでもアランは両足での着地を決めた。
それは綺麗なものでは無く、膠着も大きい不恰好なものであったが、その隙を追撃されることは無かった。
リックは様子をうかがっていた。かなり慎重になっていた。
その背には冷や汗が流れていた。先の一合、それはとても危ういものであった。咄嗟に蹴りの軌道を変えられたから良かったものの、もしあのまま蹴りを放っていたら、自分の足は切り飛ばされていたであろう。
恐ろしい。そして奇怪であった。
(どういうことだ? こちらが攻撃を出す先に奴の剣が待ち構えている。まるで先回りされているようだ)
思えば膝蹴りに切り換えた時もそうだった。
(手の内を読まれているとしか思えない。癖を完全に見抜かれている?)
これまでのやり取りを振り返る。リックの脳内に駆け抜けるように流れた回想群は、手を出す先、足を出す先に、常にアランの剣先が待ち構えていた奇妙な場景(じょうけい)の連続であった。
(……そうとしか思えない。こちらの考えは筒抜けになっていると考えるべきか)
ならば――と、リックは構えを変えた。
閉めていた脇を少し開きながら、両手を添えるように前に出す。
その手は手刀のような形。その指は丸みを帯びるように曲がっているが、綺麗に並び揃っていた。
魔力を帯び、指が発光を始める。だがその輝きは均一では無く、先端部に集中していた。
リックは武器弾きのみを重視した戦い方に切り換えていた。以前アランと戦った時にも用いた戦法で、かつてリックの母クレアが見せた指先で石を砕いた技と同じものである。
だが、リックの魔力の集中精度はクレアには遠く及ばない。奥義を持ってしても、アランの剣を、鋼を砕くには至らないだろう。
しかし剣を弾き飛ばし、使い手の体勢を崩すには十分。
そして、リックは両手を前に出したまま、じり、と、立ったまま動かないアランに向かって間合いを詰め始めた。
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