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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する

第二十三話 神秘の体得(2)

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   ◆◆◆

 ジェイク達が攻撃の準備を始めた頃、アンナは出発の準備をしていた。

「アンナ様、まだお休みになられていたほうが……」

 アンナの傍に控える女兵士は心配そうな顔でそう言った。
 これにアンナは首を振りながら答えた。

「救援の要請があったクリス様の所にあの炎の使い手が向かったという情報が確かである以上、もう休んでいる余裕はありません。すぐにここを発ちます」

 アンナは喋りながらてきぱきと服を着替えていった。その体にはあちこちに包帯が巻かれており、中には血が滲んでいる箇所もあった。
 そして着替え終わる頃、ノックの音が部屋に響いた。

「アンナ様、マリアです。今よろしいですか?」

 ドアの向こうから聞こえてきた親衛隊の声に、アンナはすぐ答えた。

「どうぞ」

 マリアと名乗った兵士はすぐに部屋に入ってきた。
 そして、彼女は主人であるアンナと目を合わせるよりも早く口を開いた。急いでいるわけでは無い。これはマリアの性分であった。

「依頼されていた探し物が届きました」

 そう言ってマリアは一本の剣をアンナに差し出した。
 それはアランのものとは鍔と鞘のこしらえが少し違っていたが、紛れも無く「刀」であった。
 手に取ったアンナはすぐに鞘から抜き、刀身に光を這わせた。

「……間違いありません。これが探していたものです」

 アンナはその手に伝わる感覚から、これが兄のものと同じものであることを確信した。

「しかしこれだけ探してたったの一本とは、相当な貴重品のようですね」

 これにマリアは頷きを返した。

「確かに貴重な品のようです。交易で生計を立てている者に尋ねましたが、次に手に入るのはいつになるかわからないと答えました」

 マリアは一息ついた後、言葉を続けた。

「ですが、数自体は国内にまだあるのを確認しました。しかしそれらは全て既に誰かの所有物になっており、持ち主達が手放そうとしないのです」
「その持ち主達はこちらの足元を見ているのですか?」
「いいえ、そうでは無く、いくら金を積まれても譲る気は無いと答えたようです」
「……そうですか。まあ、それなら仕方ないですね」

 そう言ってアンナは刀を鞘に納めた。
 用件が済んだと判断したマリアはさっさと部屋を出て行こうとしたが、その背をアンナは呼び止めた。

「それとマリア、これより救援要請のあったクリス様のところに向かいます。皆に出発の準備をするよう言ってきてください」

 これにマリアは先と同じ鋭い返事を返した後、部屋から出て行った。

   ◆◆◆

 一週間後――

 アンナは間に合わなかった。
 城を背に布陣したクリスは、眼前に広がる敵の陣容に唇を噛んだ。

(敵の数は前回と同等。大将格の面子も変わらずか。対するこちらはディーノがおらず、数でも劣る。これは……厳しいな)

 いないのはアンナだけでは無かった。まだ傷が言えていないディーノもこの戦闘に参加することはできなかった。
 そしてそんな主君の心を察したのか、傍に控える臣下ハンスは口を開いた。

「アンナ様が間に合っていれば、逆に敵を一網打尽にする良い機会だったのですが」

 これにクリスは少し間を置いた後、口を開いた。

「本来なら我々が引き付けた敵をアンナと挟撃する手筈だったからな……」

 この時クリスはハンスの方に視線すら向けなかったが、無念であるという同じ気持ちはしっかりと伝わっていた。
 だがアンナがいない以上、その作戦はあきらめるしかない。敵は待ってはくれないのだ。ハンスは気持ちを切り替え、目の前の戦いに集中することにした。

「こうなっては仕方ありませぬな。さてクリス様、あれとどう戦います?」

 クリスは既に決めていたらしく、これに即答した。

「ここで奴らを迎撃する。ただしそれは城を温存するためで、奴らの殲滅が目的ではない。前回と同じだ。我々は防御に徹する」

 それはこれまでに何度も使ってきた常套手段であった。

「つまり、時間稼ぎということですな」

 ここでクリスはようやくハンスの方に顔を向け、表情を和らげながら答えた。

「まあそういうことだ。策も何も無い今の我々にできるのはそれぐらいだからな」

 クリスは視線と表情を元に戻し、言葉を続けた。

「問題となるのは中央にいる敵総大将であるジェイクと、その傍でディーノと同じ武器を持って馬に跨っているあの男の二人だ」

 ハンスはクリスが言ったその二人に視線を移した後、口を開いた。

「強力な防御魔法を利用した騎馬突撃でこちらの隊列に穴を開け、そこにジェイクが乱戦を仕掛けてくる……厄介ですな」

 これにクリスは少し間を置いた後、口を開いた。

「……突撃のほうはまだ対処できる。本当に厄介なのは勢いがある上に隙の少ない戦い方をするジェイクのほうだ」

 そしてクリスは後ろを向き、整列している兵士達に向かって声を上げた。

「隊列を変更するぞ! 私が指示するとおりに移動しろ!」

   ◆◆◆

 対する総大将ジェイクは、クリスが隊列を変更するのを眺めた後、口を開いた。

「敵は隊列を変更したか。兵士達の間隔を広く取り、我が隊と対峙しているクリスの部隊に大盾兵を集めたようだな」

 これに傍に控えるバージルが付け加えた。

「兵士の間隔を広くしたのは動きやすくするためだろう……私の突撃を回避するためだろうな」
「どうする?」

 ジェイクが尋ねると、バージルはすぐに答えた。

「私は奴らの側面を突くことにする。クリスの部隊に大盾兵を集中させたせいで他の部隊はかなり壁が薄くなっているからな」

 そう言ってバージルは部隊の右翼側に馬の頭を向け、手綱を振り上げた。
 ジェイクは今まさに馬に活を入れようとしているバージルに、後ろから声を掛けた。

「バージル、それは悪くない手だと思うが、私の部隊からあまり離れられるといざという時に援護できんぞ」

 この言葉にバージルは手綱を握る手を止めた。それは傍目には固まったように見えた。
 ジェイクが言った「いざという時」という言葉は、バージルにある苦い記憶を思い起こさせていた。それは前回の戦いでディーノに追い詰められた記憶であった。
 バージルは暫し沈黙を返した後、首を捻り片目だけをジェイクと合わせ、口を開いた。

「……この戦いにディーノはいない。前のようなことにはならんから安心しろ」

 バージルはそう言って一方的に話を切り、馬を走らせた。

   ◆◆◆

 その後、両軍は暫くの間にらみ合った。

「仕掛けてきませんな」

 ハンスがそう呟くと、

「時間を稼げるのは嬉しいが、妙だな……嫌な予感がする」

 傍にいたクリスは不安をあらわにした。

   ◆◆◆

 クリスが抱いた嫌な予感、それは当たっていた。
 クリス達がいる戦場から見て、城を挟んだ反対側に広がる森、その中に暗躍する影の群れがあった。
 かつてアランも通った事があるその森の中を進む影達は、城を見渡せる位置で止まった。

「情報通り、こっちの方は手薄ね」

 それはやはりリーザの部隊であった。部隊の長を務めるリーザは欠けた城壁から覗く町並みを見ながらそう呟いた。

「わかっているわね、みんな? 私が『爆発魔法』で城壁に穴を開けるから、一気に突入して派手に暴れるのよ?」

 兵士達が頷きを返した後、リーザは少し間を置いてから声を上げた。

「それじゃあ仕掛けるわよ。みんな、ついてきなさい!」
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