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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する

第二十一話 復讐者(4)

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   ◆◆◆

「まずい、完全に囲まれたぞ!」

 フリッツと共に戦っている兵士の一人が声を上げた。

「なんとか強行突破して味方と合流しなくては!」

 取り残された兵士達は焦ってはいたが、意思の統率は取れていた。
 それはフリッツのおかげであった。この一団の精神的支えとなっているのはフリッツであった。
 そして当のフリッツはこの事態に対して何一つ声を上げていなかった。それは必要が無いからではなく、余裕が無いからであった。
 フリッツは最前でジェイクと対峙していた。ジェイクに立ち向かっているのはフリッツだけであった。
 ジェイクが光弾を放つ。フリッツはこれを防御魔法で受けず、体裁きで回避した。
 直後、炸裂音と味方の苦悶の悲鳴がフリッツの耳に入った。フリッツが避けた光弾は後ろにいた味方に直撃していた。
 だがこれはどうしようもない。フリッツの防御魔法ではバージルの光弾を止めることはできないのだから。
 フリッツはその声に振り返る事無く、ジェイクに向かって反撃の光弾を放った。
 それは凄まじい連射であった。それは傍目には魔力の残量と消耗を考慮していない全力の攻撃に見えた。
 だがそうでは無かった。フリッツの魔力は精鋭には遠く及ばないものの、ある特徴を有していた。
 フリッツの魔力の回復は恐ろしく早かった。威力、射程は至って平凡であるが、高速の連射が可能なのだ。
 目と反応も良い。ゆえにジェイクを相手に粘ることが出来る。
 そしてフリッツはジェイクに対し常に一定の距離を保っていた。それはジェイクの切り札である閃光魔法が届くかどうかという絶妙な距離であった。
 フリッツとジェイクは光弾の撃ち合いを繰り返していた。
 だがフリッツの光弾に決定力は無く、相手の足を止めているだけであった。フリッツが放った光弾は全てジェイクの防御魔法か大盾兵に止められていた。
 そして、フリッツがこうしてジェイクだけに集中できるのは周りにいる仲間達の奮闘のおかげである。だがその仲間達は少しずつ倒されていた。

(包囲の輪が縮まってきている……!)

 フリッツの顔に焦りの色が表れる。このままでは先に倒れるのはフリッツ達のほうであることは誰の目にも明らかであった。

   ◆◆◆

 その頃、戦況を眺めながら兵士達に指示を出していたクリスは、次の一手を思案していた。

(敵の投石器の破壊は完了した。後は敵の戦力を削りつつ後退するだけだが……)

 アラン隊が発した合図が耳に入る。
 クリスは声を上げた。

「一体何があった!」

 これに傍にいた兵士の一人が答えた。

「ディーノ殿が負傷した模様! アラン隊はディーノ殿の撤退を援護しているようです!」

 傍にいた兵士の報告にクリスは苦い顔をしながら口を開いた。

「それはまずいな……」

 クリスは攻撃の手を止め、戦況を把握するために周囲を見渡した。
 敵の戦力はこちらの右翼側に偏っていた。中央にいた敵総大将であるジェイクまでアラン隊の追撃に向かっていた。

「敵総大将であるジェイクが右翼側に突出しているな。アラン隊を追っているようだが……これは好機かもしれん」

 閃いたクリスは、傍に控える臣下ハンスに対し口を開いた。

「ハンス! お前はアラン隊の援護にまわれ!」
「クリス様は如何なさるので!?」
「私はジェイクに対し突撃を仕掛ける!」

 予想通りの答えであったが、ハンスはこれに異を唱えた。

「それはあまりにも危険すぎますぞ!」
「敵の注意を引くだけだ! 深入りはしない!」

 不安げな顔をし、その場から動こうとしないハンスに対し、クリスは再び口を開いた。

「どうした、早く行けハンス! 私のことは心配するな!」
「わかりました……ですが、くれぐれも無理はなさらぬよう!」

 ハンスが兵を連れて移動を開始したのを見たクリスは周囲の兵士達を見回しながら声を上げた。

「これより我が隊は敵総大将に突撃を仕掛ける! 合図を鳴らせ! 気勢を上げよ! できるだけ高らかにな!」

 クリスがそう言って剣を掲げると、号令の合図となる楽器の音と、兵士達の気勢が戦場にこだました。

   ◆◆◆

 その頃、アラン達は非常に苦しい状況に立たされていた。

「取り残された者達の撤退を援護しろ!」

 アランはそう声を上げながら光の剣を振るっていた。
 アランが言った「取り残された者達」とはフリッツ達のことであった。敵の中で生き残っている集団はもう彼らしかいなかった。

「また来るぞ!」

 そんな中、兵士の誰かが警告を発した。その直後、アランの傍にいた兵士の集団が吹き飛んだ。
 それはやはりバージルが展開した光の壁の仕業であった。アランは炎の鞭を放つ体勢を取り、バージルが光の壁を解除する瞬間を待ったが、バージルはそれ以上前に出ようとはせず光の壁を展開したまま後退していった。
 そして下がったバージルをかばうように、敵の大盾兵達がアランの前に並んだ。その壁は一枚では無く、後ろにいるバージルの姿が見えなくなるほどであった。

「糞、またか!」

 これにアランは苛立ちを表した。
 またか、その言葉が示す通り、バージルは先ほどからこの一撃離脱の戦法を繰り返していた。
 自身の弱点を補った良い戦法であった。槍斧を振るう機会を犠牲にしていたが、大盾兵達に守られることで魔力を充填する間の隙を無くしていた。
 バージルはフリッツ達が全滅するまでこの戦法を続けるつもりであった。ディーノを逃がしてしまうのは無念であったが、今は私怨よりも相手の戦力を削ることを優先すべきだとバージルは考えていた。
 そしてアランの表情に焦りが色濃く表れ始めた頃、転機は訪れた。
 それは久々に耳にする突撃の号令であった。

「! クリス将軍か!」

 アランがそちらに目をやると、そこにはジェイクに向かって突撃するクリス達の姿があった。

(フリッツ達の救出に向かうなら今しかない!)

 そう思ったアランはフリッツの方へ向き直ったが、そこにはバージルが立ち塞がっていた。
 フリッツを救うにはバージルを退けるしかない。しかしどうやって?
 その時、十人ほどの兵士を連れたクラウスがアランの隣に並び、口を開いた。

「アラン様! 我々が奴の注意を引きます!」

 クラウスと兵士達は皆その手に大盾を握っていた。そしてアランが「どうやって奴の注意を引くのか」と尋ねる間も無く、クラウス達は動き出した。
 クラウスと兵士達は押し合うように密集し、一つの重い塊となって突撃を開始した。
 アランはただクラウス達を信じ、その背を追った。
 バージルの姿が大きくなってくる。迫るクラウス達を前に、バージルは既に身構えていた。
 その構えは左手を脇の下に引いた半身の構えであった。
 右手にある槍斧はいつでも振り下ろせるように肩に担がれていたが、引き絞るように構えられた左手が既に発光していることから、光の壁でクラウス達を迎え討とうとしていることは明らかであった。
 そして、クラウス達が一足分、およそ一間というところまで迫った瞬間、バージルは鋭く踏み込みつつ左手を突き出した。
 光の壁が生まれる。クラウス達とその眩い壁は激しくぶつかり合った。
 厚みのある低く重い音が場に響き渡る。

「?!」

 瞬間、クラウスの顔に驚きの色が浮かんだ。

(この人数でも押し負けるのか!?)

 クラウスの足が後ろに押し返される。クラウスの体は後続の大盾兵達と板ばさみになり、強く圧迫された。
 胸骨が軋み、胃の中身が押し上げられる。
 苦悶に目が霞む。ぼやける視界の中、クラウスは地に踏ん張る足に力を込めた。
 このぶつかり合いはバージルの勝ちであった。だがクラウス達は後ろにのけ反りながらも懸命に踏ん張り、倒れはしなかった。
 そしてクラウス達はすぐさまバージルに向かって再び突っ込んだ。
 今度は先の様に押し返されることは無く、クラウス達とバージルはそのまま押し相撲をする形になった。

(俺を光の壁ごと押しこもうというのか?! なめるな!)

 大盾と光の壁がせめぎ合う。大盾は光の壁に削られ、すぐに悲鳴を上げ始めた。
 そしてクラウスの盾が限界を迎える寸前、クラウス達の左手側を一人の男が駆け抜けた。
 それはアランであった。アランはバージルの側面に回りこもうとしていた。
 しかしそんなことを敵がみすみす許すはずがない。アランの前には敵の大盾兵が並んでいた。
 その時、アランは直感に身を任せた行動を取った。
 なんとアランは目の前にいる大盾兵に向かって左足を前に出しながら飛び掛ったのだ。
 跳躍の勢いを乗せた前蹴り? それを見た者は皆そう思った。
 しかしそうではなかった。アランは敵の大盾を踏み台にし、思い切り右側に飛んだ。
 アランの瞳が目標を捕らえる。跳躍の勢いは十分、届くどころか飛び越してしまいそうなほどだ。
 目標はこちらにまだ気がついていない。アランは上段に構えた刀に魔力を流し込んだ。
 アランの刀が発光する。その眩しさによって、バージルは迫るアランに気がついた。
 アランが刀を振り下ろす。

「!」

 対し、バージルは反射的に水平に構えた槍斧を掲げた。
 光る刀が槍斧の柄に叩きつけられ、接触点から激しく火花が散る。
 一瞬、アランの一撃は止められたかのように見えた。だが直後、その重さにバージルの膝は屈した。
 光る刀は槍斧を押し返し、刃がバージルの右肩に触れた。

「ぐっ!」

 鋭い痛みにバージルの顔が歪む。刃から少しでも離れようと、バージルは身を大きく後ろに反らした。
 直後、光る刃はバージルの槍斧を斬り折った。
 その軌道を阻むものは無くなり、刃はバージルの体をなぞりながら真下に駆け抜けた。
 刃が地に達する。同時に、アランの足も地に降り立った。
 バージルの背が地に落ちる。倒れたバージルの服はみるみるうちに赤く染まった。
 アランの頭に勝利の二文字が浮かぶ。
 手ごたえあった。刃が胸骨に達した感触が手に残っている。即死には至らなかったが、間違いなく戦闘不能にはなったはずだ。
 右肩から入ったアランの刃は、バージルの胸板の上を滑り降り、右わき腹付近にまで達していた。
 そんなバージルを守ろうと敵兵達が集まる。あっという間に盾の壁が出来上がり、バージルの姿は見えなくなった。
 対し、アランの周りにはクラウス達が集まり、双方は暫しの間見合った。
 先に動いたのはバージル達のほうであった。しかしそれは戦闘行動では無く、撤退であった。
 アラン達はそれを追おうとはしなかった。今はバージルの追撃よりも優先すべきことがあった。

「よし、すぐにフリッツ達の救出に向かうぞ!」

 アランはフリッツの方に向き直りながらそう声を上げた。

 その後、アラン達の活躍によってフリッツは救出された。
 これを見たクリスはすぐさまジェイクの部隊との交戦を中止し、全軍撤退の合図を出した。

 ジェイクはクリス達を追わなかった。バージルの部隊が撤退した以上、深入りは危険だと判断したからだ。

 城へ向かう途中、クリスは合流した臣下ハンスに声を掛けられた。

「なんとかなりましたな。お見事ですクリス様」
「今回はな。それに私は大したことはしていない。何とかなったのは皆が奮戦してくれたおかげだ」

 謙虚なお方だ、ハンスはそんな主君の事を誇らしく思った。

 一方、クリスの胸には不安が広がっていた。
『今回は』なんとかなった。だが次は? 

(早めに援軍を要請しておくか……)

 クリスはそう考えながら戦場を後にした。
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