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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第二十一話 復讐者(5)
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今回の戦いの被害は全体としてみれば軽いほうであったが、城内は喧騒に包まれた。
その発生源はバージルにやられた兵士達であった。
斬撃によって生じる傷と痛みは残酷だ。城内はそんな傷を負った兵士達の呻き声で埋め尽くされ、重傷者を施術している部屋からはすさまじい悲鳴が響いていた。
そんな中、アランは城の中庭にクラウスを呼び出した。
「お待たせして申し訳ありません、アラン様。それで、どういったご用件で?」
アランはしばし考え、言葉を選びながら口を開いた。
「……頼みがあるんだが、その……馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、聞いてほしい」
そう言った後、アランは庭に落ちている細い木の枝を二本拾い、片方をクラウスに手渡した。
剣の稽古でも始めるつもりなのだろうか、クラウスはそう思ったが、次のアランの行動に言葉を失った。
アランはその両目に布を巻き、視界を閉ざしたのだ。
これには流石のクラウスも、その意を尋ねずにはいられなかった。
「アラン様、目を塞いで一体どうなさるおつもりですか?」
「……目の見えない俺をその棒で攻撃してみてくれ」
そう言ってアランは身構えた。
その構え自体に隙は無く、アランが真剣であるということが伝わってきた。だが、見えないのではどうにもならない。クラウスはもう一度尋ねた。
「どういうおつもりなのでしょうか。このクラウス、アラン様が何をお考えなのか理解できませぬ」
「頼むクラウス、こんなことを頼めるのはお前かディーノくらいしかいないんだ。」
いくら問えども、ただそう懇願するばかりのアランに、クラウスは折れた。
「……わかりました。では、参りますぞ」
クラウスはその表情に真剣みを宿し、身構えた。
クラウスはしばし様子を見た後、アランに向かって踏み込んだ。音から接近を察したのか、アランの体はぴくりと反応した。
クラウスは身を低くしながら接近し、アランの胴をめがけて棒を振るった。
その一撃は遅く、手加減されているのが目に見えてわかった。
だが、棒はあっさりとアランの胴に当たり、乾いた音を立てた。アランは身動き一つすることが出来なかった。
自身の敗北を知ったアランは、目隠しを取り、口を開いた。
「やっぱり駄目だったか」
クラウスは棒を下ろし、再度尋ねた。
「やっぱり、とはどういうことでしょう?」
「……実は、先の戦いでディーノと同じ武器を使う男に追い詰められた時、不思議な体験をしたんだ」
「それはどのような?」
アランは赤く染まった額の包帯に手を当てながら、口を開いた。
「額から流れた血で視界を失って、もう駄目かってなったとき、どこから攻撃が来るのかを感じ取れたんだ。そして、考えずとも体が動き、敵の攻撃を防ぐことが出来た」
アランは実際に体を動かしながら、その攻防を説明した。
「左上から斜めに来る攻撃を、左下に身を倒しながら受け流す。直後に相手は刃を返して水平切りを放つから、背を低くしながら捌く。続いて相手は振りぬいた勢いを利用して上段に持ち替え、そのまま振り下ろし。俺は左に傾いた体を起こす力を利用して右手前に倒れこむ。がら空きになった相手の懐に飛び込めるから、そこに一撃を放つ」
アランは自身でも信じられないというような顔をしながら、言葉を続けた。
「この一連の動きが最初から分かっていたんだ。予定されていたように。クラウスにこんな事を頼んだのは、あの不思議な感覚をもう一度、と思ったからなんだ」
アランは小さく肩をすくめる仕草を見せた後、再び口を開いた。
「でも、結果はこの通りだ。目を閉じても暗いだけで、何も感じられない。すまなかったな、変な事につき合わせて」
謝るアランに、クラウスは小さく首を振りながら答えた。
「謝られることはありません。何も気にしておりませんので」
そんなクラウスの態度に、アランは僅かな笑みを返した。
そこへ寒風が吹きすさぶ。アランはこれに身を震わせながら口を開いた。
「……寒いな。外に長くいたせいで、体が冷えてしまった。そろそろ中に戻ろう」
そう言ってアランは寒そうに身を抱きながら歩き出し、クラウスはその後ろに続いた。
アランが感じた不思議な感覚、それは夢でも何でもない、アランの中に眠る確かな力である。
魔法では無い、ただの技でも無い、神秘の一つとでも言うべきその力は、目覚めの時が来るのをアランの中でじっと待っているのであった。
◆◆◆
一方、ディーノは胸の傷の手当が終わった後、一ヶ月ほど城内で過ごしたが、生活できる程度には動けるという理由から外の兵舎に送り返されることになった。
「あの怪我でもう生活できる程度には動けるのか。本当に頑丈だなお前は」
見舞いにきたアランは、ベッドの上で横になるディーノに対しそんな軽口を言った。
「いやいや、あのやぶ医者はそう言って俺を追い出したが、実際はそんな動けねえよ」
「そうなのか」
「しばらくは安静にしてろって言われたぞ。実際、こうしてじっとしていても胸の痛みがおさまらねえ。少し動くだけですげえ痛みが来る」
「それは不便だな」
「そうでもねえよ。クリス様が従者を一人つけてくれたからな」
ディーノはそう言って部屋の隅にたたずむ女従者の方に目をやった。アランも同様に視線を移しながら口を開いた。
「すまないがディーノのことをよろしく頼む」
これに女従者はただ深い礼だけを返した。
◆◆◆
その頃、リックは奥義習得のための訓練を行っていた。
それは派手なものでは無かった。要はただの魔法制御の基礎練習で、今やっているのは手の平の上に置いた石を魔力で浮かせ、その状態をできるだけ長く維持するというものであった。
だが、リックはこれに疑問を抱いてはいなかった。基礎を積むことが奥義習得への最善の道であると母に言われたからだ。
その母、クレアの姿はリックの傍にあった。
クレアは息子を見守っているわけでは無かった。クレアは個人的な自主訓練を行っていた。
それは「型取り」と呼ばれている訓練であった。決められた動きを可能な限り正確に、ゆっくりと行うというものであった。
突き、蹴り、組み合わせた連携、相手の反撃を想定した返し技、それらの型をゆっくりとなぞっていく様はどこか神秘的であり、舞踊のようであった。
クレアは目を瞑ってこれを行っていた。集中するためであろう。
しかし不思議なのは、目を閉じているのにもかかわらず、リックの失敗や間違いにすぐ気が付くことであった。
時々薄目を開けてこっちの様子をうかがっているのだろう、リックはそう思っていた。次の事が起きるまでは。
突如、リックの手の上で浮かんでいる石が振動を始める。
しまった、意識が母に向いたせいで制御がおろそかになった。
なんとか立て直さなくては。リックは手の平に意識を集中させた。
だが振動は止まらない。それどころかますますひどくなっている。
まずい、これは危険だ。制御をあきらめ、魔力の流れを強制停止させる。
しかし直後、石はリックの手を離れ、勢いよく飛んでいった。
瞬間、リックの脳裏に「危ない」という言葉が浮かぶ。石が飛んでいった先、そこにあるのは母の背中であった。
理性が働くよりも早く、本能がリックの口を開ける。
だが言葉は出なかった。警告しても遅い、理性がそう訴えていたからだ。
そして、石は母の後頭部に当――
その瞬間、母の姿が「ぶれた」。
同時に、石が砕け散る。
何が起きたのか。母は何をしたのか。
それは母の立ち姿を見て解することができた。
右膝を大きく上げた姿勢。蹴りを放ったであろうことが容易に推測できる。母は目にも留まらぬ速度の回し蹴りを放ったのだ。
これにリックは言葉を失った。
何かを言うべきだ。が、リックの口は迷っていた。
石を飛ばしたことを謝るべきか、先の見事な蹴りを賞賛すべきか――
いや違う。それよりも言いたいこと、聞きたいことがある。
リックはそれを声にしようとしたが、それよりも早くクレアが口を開いた。
「気を抜いてはいけませんよ、息子よ」
それだけ言うと、クレアは背を向け、再び「型取り」を始めた。
その背中にリックは尋ねた。
「母上、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか」
クレアは振り返らずに答えた。
「なんです」
「先の蹴り、どうやったのですか?」
意味がよくわからなかったクレアは、質問を返した。
「? どうも何も、普通の回し蹴りですが?」
リックは首を振りながら口を開いた。
「言葉が足りませんでした。完全な死角から音もなく飛んできた石をどうやって察知したのかと、疑問に思ったのです」
「……」
クレアは暫し間を置いた後、口を開いた。
「……両手を前に出しなさい」
「?」
何故そんなことをしなければいけないのか、リックにはさっぱり分からなかったが、黙って従った。
「どちらかの手に魔力を込めなさい。ただし、目で分からない程度に、光らない程度にです」
言われたリックが右手に魔力を流すと、
「右ですね」
と、すぐに正解を当てられた。
どうして分かったのか? 問うよりも早く、クレアが口を開いた。
「何度試しても構いませんよ」
ならば、と、リックは再び手に魔力を込めた。
「左」
「左」
「右」
「左」
「両手」
――すべて正解。しかも即答だ。最後にいじわるをしたにもかかわらずである。
「……母上、それは、一体……」
何かと問われたクレアは答えた。
「これが何なのかは私にもよく分かりません。ある日、ふとしたことで出来るようになっていることに気がついたのです」
「……」
納得いかないというような顔する息子に、クレアは言葉を続けた。
「……我らが祖先、同じ武の道を歩んだ先人達の中にも、似たようなことが出来た者が何人かいたようです」
この言葉に興味が沸いたリックは母の次の言葉を待った。
「……このような能力を祖先達は『超感覚』と呼んでいました。その能力も様々で、ある者は目が空にあると言い、またある者は相手の殺意を感じることが出来ると言っていたようです」
なんて素晴らしい。リックは思わず尋ねた。
「どうすればそんなことが出来るようになるのですか?」
これにクレアは首を振った。
「先にも言いましたが、分からないのです」
とても残念な表情を浮かべる息子に、クレアは再び声をかけた。
「考えても詮無きことです。心の片隅にしまっておきなさい」
リックは理解している様子であったが、
「……わかりました。ですが、羨ましい限りです」
ぽつりと、そんな言葉を漏らした後、足元の石を拾い上げ、訓練を再開しようとした。
その動作は緩慢であった。気の沈みが表れていた。
そこへ、
「リック」
と、突然母に呼ばれたものだから、リックは「はい?」と少し気の抜けた返事を返した。
力無い表情を見せる息子に、母が口を開く。
「多くを望むものではありません、息子よ。あなたには頑丈な体と、私が羨ましくなるほどの体捌きの才能があるのですから」
そう言う母の顔はとても穏やかなものであった。
第二十二話 悩める者と暗躍する者 に続く
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