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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い
第十二話 炎の一族(4)
しおりを挟む◆◆◆
その後、クリスの城にはつかの間の平穏が訪れた。それはカルロがそのまま城に滞在したからであった。
しかしこの間にも周辺の戦況は変化していった。カルロの元にはひっきりなしに使者が訪れ、そのほとんどは救援の要請であった。
クリスとアランの事はとても気にかかる。しかし、いつまでもじっとしていることは出来なかった。
そして、出発を明日に控えたカルロは、突然アランに稽古けいこをつけると言い出したのであった。
◆◆◆
城にある訓練場、そこでカルロとアランは対峙した。
周辺には、二人を大きく囲むように人の輪が出来ていた。
皆、この勝負を見物しに来た者達であった。
「アラン! しっかりやれ!」
見物人の一人であるディーノがよくわからない声援を送る。アランは余裕が無いのか、これに何の反応も示さなかった。
そして、見物人達の中にはクラウスの姿もあった。
クラウスはこの戦いの結末の行方について思慮を重ねていた。
これは戦いにはならない。だが一つだけ、たった一つだけアラン様に勝機がある。
はたして、アラン様がそれに気づくことが出来るか――クラウスは固唾を呑んで戦いの様子を見守ることにした。
対峙する二人は動かなかった。油断無く丸型の大盾と刀を構えるアランに対し、カルロはただ立っていただけであった。
しばらくして、カルロの口からぽつりと漏れ出した、
「いつでもいいぞ」
という台詞が、開始の合図となった。
アランの足が地を蹴る。アランは大盾を正面に構えながら、真っ直ぐにカルロに突っ込んでいった。
だが、カルロまで後数歩というところで、アランの体は大きく真後ろに吹き飛ばされた。
「立てアラン! とにかくなんとかして親父さんにくっつけ!」
再びのディーノの声援。
アランは声に反応するかのように立ち上がり、身構えた。
そう、なんとかして接近しなくてはならない。遠距離戦で勝ち目は無い。だが、また正面から突っ込んでも同じ結果になるだけだろう。
それではあの時と、以前稽古けいこをつけられたあの時と同じではないか。
それじゃあ駄目だ。あの時とは違う、それを父に見せなくては。
そう思ったアランは、カルロの周りを回るように、旋回移動を始めた。
走りながら、カルロの側面、そして背後を狙って炎の鞭を次々と放つ。
それらをカルロは防御魔法で受けるのでは無く、全て光弾で相殺した。
そして、アランは幾度目かになる炎の鞭を放ったと同時に、カルロに向かって突進を開始した。
アランの前を走る炎の鞭が光弾に撃墜される。炎は空中に散り、双方の視界を遮った。
ここまでは予想通り。問題はこの次。このまま父の虚を突けるかどうか。
両者の視界を遮っていた炎が晴れる。アランはカルロの目を見た。
無情にもカルロの目ははっきりとアランを捉えていた。
カルロがアランに向かって手をかざす。
「!」
アランは咄嗟に体を右に傾けた。右に進路を変える、傍目にはそう見えた。
カルロはアランの移動先を予測し、アランから見て右手前に光弾を放った。
その直後、アランは右に傾いていた体勢を元に戻した。
アランの真横を光弾が通り抜ける。体の動きを利用した騙し技であった。
「上手い!」
ディーノが声を上げながら拳を握り締める。
行け! と、アランの背中を押すように心の中で叫ぶ。もうアランはカルロを剣の間合いに捕らえている。
アランが刀を一閃する。その狙いは足。
この時アランは、このまま父の足を斬っていいのだろうか? 寸止めすればいいか、などと考えていた。
その考えが甘すぎたことは次の瞬間に明らかになった。
ぱん、という乾いた音と共に、刀を握るアランの手に激痛が走る。その痛みと衝撃にアランは手を止めた。
アランの手を止めたものの正体は、カルロが放った小さな光弾であった。
完全に読まれていた。剣士が魔法使いの虚を突いて足を狙うのはお約束のようなものであった。
(ならば、胴を――)
狙いを変え、手首を返し、刀を振りぬく――
だがその瞬間、刀を握るアランの手に、ぱん、と、またも光弾が炸裂した。
だが、それはやはりそれほど威力のある光弾では無く、乾いた音を立てながらアランの手を弾いただけにとどまった。
(袈裟斬(けさぎり)――)
狙いを変えてもう一度。刀を振り上げ――
ぱん。
(逆水平――)
ぱん。
何度やっても同じだった。カルロはアランの攻撃の出掛かりを的確に潰していた。しかもアランの指が折れないように手加減をして。
「マジかよ! アランの手筋を完全に読み切ってやがる!」
ディーノは驚きを隠せなかった。甘かった。接近さえ出来れば勝機が見えるかもしれない、魔法使いだから剣には慣れていないだろう、そんな考えはあまりに甘すぎた。
直後、これまでのものより強い光弾がアランの腹に叩き込まれた。
「……っ!」
何かを口からぶちまけそうな感覚を堪えながら数歩後ろによろめく。
そこに、とどめと言わんばかりの光弾がアランの胸板に炸裂した。
後ろに吹き飛び、仰向けに倒れる。
そして、アランは動かなくなった。
(これで終わりか。……少しは腕を磨いたようだが、所詮(しょせん)はこの程度か)
カルロはがっかりした表情を浮かべながら、踵(きびす)を返した。
アランは少しずつ遠ざかる父の足音を耳にしながら、あがいていた。
(息が出来ない――)
立ち上がらなくては。父が行ってしまう。
これに理性が反撃する。
立ってどうなる? 勝ち目なんて全く見えない。
……でも、それでも、立たなくてはいけない、そんな気がする。
この言葉に、理性は押し黙った。
自分は全部を出し切ったのだろうか?
いや、まだあるじゃないか。一つだけ。
これを見せる前に、終わっていいのだろうか?
目を見開く。
(否! 断じて、否!)
心の中で叫んだと同時に、アランの体は飛び起きていた。
(そうです! アラン様! それが正解!)
その姿を見て、クラウスも心の中で叫んだ。
そう、唯一の勝機、それはカルロが油断したその瞬間――
父の背中に向かって走り出す。
「!」
足音に父が振り返る。
「雄々々々っ(おおおおっ)!」
肺に残った最後の空気を吐き出しながら裂帛(れっぱく)の気合を体に宿す。もう満足に呼吸が出来ていない、どちらにしろこれが最後の一撃になる。
盾を固定している右腕のベルトを刀で斬り、投げ捨てる。今から放つ一撃にこれは邪魔だ。
柄(つか)の底に右手を押し当て、魔力を込める。
発光する刀身。同じく、カルロも右手を発光させる。
そしてアランは刀を、カルロは右手を突き出した。
カルロの放った光弾とアランの光る剣がぶつかり合う。
「!」
この時、カルロは間違いなく驚きを顔に表した。
光る剣は光弾を切り裂いた。カルロの目からはそう見えた。
そして、光弾を突破した刀の切っ先がカルロの手に触れ――
次の瞬間、アランの体は真後ろに吹き飛んでいた。
光弾を切り裂いたとはいえ威力を完全に殺したわけでは無い。アランの体を飛ばすくらいならば衝撃の余波だけで十分であった。
「アラン!」
ディーノが駆け寄る。もう明らかに決着はついた。
「しっかりしろ! アラン!」
ディーノがアランの体を揺さぶる。アランは気絶しているらしく、反応は無かった。
アランの周りに人が集まる。カルロはそれを一瞥した後、その場から去っていった。
◆◆◆
「カルロ様、御手当てを」
カルロの後を追ってきたクラウスは、開口一番にそう言った。
対し、カルロは自身の右手の平を見つめながらこう言った。
「いや、このままでいい。しばらくはこのままにしておきたい」
その手には赤い線が一筋走っていた。
「クラウス、あいつは私に傷をつけたぞ」
「はい」
「大した力を持っていない弱いあいつがだ……ふふ、はは、はははははははっ!」
カルロは大きく笑った後、言葉を続けた。
「初めてだ……あいつが私に傷をつけたのは。アンナでもまだだというのに……」
カルロは再び笑みを顔に貼り付け、口を開いた。
「こんなに嬉しいことは滅多に無い。あいつは確かに武人になっていた、武人の『精神』を宿していたぞ、クラウス」
「ええ、私もしかとこの目で拝見させていただきました」
「これから祝杯を挙げるぞ。付き合え、クラウス」
「はい。私もそうしたい気分でした」
子の成長を喜ぶ父親の祝宴は、その後ひっそりと行われた。
◆◆◆
その夜、アランはカルロに呼び出された。
父がいる客室の前に立つ。
少し緊張した面持ちのアランは、意を決しそのドアをノックしようとした。
その時、アランが今まさにその手を振ろうとした瞬間、ドアの向こうから聞こえてきた父の声がアランの手を止めた。
「アランか? 入れ」
足音で気付かれていたのだろう、アランは出鼻を挫くじかれたような気持ちでドアを開けた。
「そこに座れ」
言われたとおり腰を下ろしたアランに、妙な質問が浴びせられた。
「アラン、歳は幾つになった?」
「二十二になりました」
「……貴族ならば既に結婚していてもおかしくない歳だな」
結婚、その言葉にアランは身を強張らせた。
「……実は、王から縁談の話が来ている。実の娘の一人をお前と結婚させたいそうだ」
「……」
黙ったままの息子に対し、カルロは静かに口を開いた。
「……アラン、お前のその我侭を力ずくで止めようとは今は思っておらぬ。だが、一つ約束せよ。」
これにアランが頷くのを見てから、カルロは言葉を続けた。
「もし私かアンナ、どちらかの身に何かあったら、お前はすぐに城に帰り子を作るのだ」
これにアランは頷きを返さなかった。アランは黙って父の次の言葉を待った。
「はっきり言えば、現在の戦況は不利だ。しかも敵の戦力はいまだ底が見えぬ。そして私とアンナは前線から離れることはできん。アンナは確かに強いが、どこか危うい。いつ命を落とすとも限らぬ」
アランは父の言葉を真剣に聞いていた。語る父の目はこれまで見たこと無いものだったからだ。力強く厳しいが、どこか優しい、そんな目であった。
「我が一族の血を絶やしてはならぬ。誰かが子を残さねばならんのだ」
カルロはアランの目をじっと見つめながら口を開いた。
「よいな、アラン?」
念を押してくる父に、アランは礼をしながら返事を返した。
◆◆◆
次の日、カルロは僅かな兵だけを連れて城をあとにし、救援の要請があった場所へ向かった。
クリスの城を意識しているためか、カルロはあまり遠くに出ることは無かったが、それでも城中の者達はカルロがいない間どのように敵の攻撃を凌しのぐかと悩み、怯えていた。
幸いにもカルロが留守の間、この城が攻撃されることは無かった。敵がカルロのことを警戒しすぎていたのもあるが、理由はそれだけでは無かった。
まず負傷したリックが治療のために帰還したこと、そしてなによりも大きいのはサイラスがその場を離れたことであった。
サイラスはジェイクに自身の兵と指揮権を預け、
「今後のことを上層部に相談しに行く」
と、言い残して戦場から立ち去っていた。
残されたジェイクはクリスの城を攻撃するか悩んだが、カルロを警戒し、結局動くことは無かった。
そんな悩むジェイクに対しサイラスの方はと言うと、ジェイクが何をしようと正直どうでも良いと考えていた。
サイラスは既にこの戦いに興味を無くしていた。その目はまったく別のところを、未来を見つめていた。
第十三話 苦しむ者と飼われる者 に続く
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