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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い
第十一話 偉大なる者の末裔(3)
しおりを挟む(くそ、逃がしたか)
それを見たアランは心の中で舌打ちをした。
アランは敵の裏側に回り込むことを試みたが、柔軟なサイラスの用兵はそれを許さなかった。
諦めたアランは、ディーノの部隊と合流することにした。だが既にディーノ達の戦列は崩壊しかけており、部隊は徐々に後退を始めていた。
そんな中、一人突出するような形になったディーノは敵の猛攻に晒されていた。
ディーノの体は痣だらけであった。いくらディーノとはいえ、リックを含む敵の猛襲を全て捌ききることはできなかった。
「大丈夫か、ディーノ!」
その時耳に届いた懐かしい声に、ディーノは思わず振り返りそうになったが、ぐっと堪え、その声の主に対し喜びではなく警告を発した。
「来るなアラン! こいつの相手は俺がする! お前は後ろに下がってろ!」
しかしディーノの警告は手遅れだった。
(新手か。後方から魔法で援護されると厄介だな。ディーノよりも増援部隊のほうを先に叩くとするか)
そう考えたリックは攻撃目標をアラン達のほうに切り替え、突撃した。
前衛に立つ兵士達はこの突進を光弾で迎え撃ったが、リックの足を止めることはできなかった。リックは持ち前の機動力で光弾を器用に避けながら前進していった。
リックに目の前まで接近された兵士は思わず正面に防御魔法を展開した。
しかしその瞬間、兵士の目の前からリックの姿が消えた。兵士の目には少なくともそう見えた。
リックが兵士に何かしたわけでは無い。リックは高速で兵士の背後に回りこんだだけであった。
接近戦に慣れている魔法使いは少ない。この兵士はリックの動きを目で追えていなかった。
直後、兵士の背中にリックの光る拳が叩き込まれた。兵士は背骨の砕ける嫌な音を聞きながら前のめりに倒れた。
リックはそのまま止まらずに兵士達の間を走り抜けながら、次々と打ち倒していった。
そして、周囲の仲間達が倒れていく様に焦った兵士達は、反射的に光弾を放った。
しかし兵士達の攻撃はリックには当たらず、射線上にいた別の味方に当たってしまった。このような兵士達の同士討ちが次々と発生した。
「何をやっている! 撃つ方向をちゃんと確認しろ!」
誰かが放ったこの言葉は戒めとしては機能しなかった。当たり前である。兵士達は駆け回るリックを目で追うだけで精一杯であり、誤射を確認する余裕などあるはずも無かった。しかしこの言葉をきっかけに兵士達は攻撃を躊躇するようになった。
兵士達の戦意の萎縮と動揺は波のように部隊に広がっていき、アラン隊の兵士達は防戦一方になっていった。
しかしそんな中、冷静さを保っている者が僅かにいた。その一人であるアランはリックの移動先を正確に読み、狙いすました炎の鞭を放った。
リックはこれを直感で察知し、その場に急停止することで回避した。
自分の動きを追えている者がいる――これを脅威と見たリックはアランに狙いを定め、突進した。
対するアランは接近してくるリックに向かって再び炎の鞭を放った。
リックは迫る炎の鞭を、指をそろえて伸ばした右手、いわゆる手刀で迎え撃った。アランが放った炎の鞭は魔力を込めたリックの右手刀に打ち負け、霧散して消えた。
(切り払われた?!)
受け止められた、ではなく切り払われた、アランにはそう見えた。
アランは返す刃で再び炎の鞭を放ったが、これをリックは魔力を込めた左手の裏拳で叩き払った。
同時にリックは手刀から握り拳に変えた右手を脇の下まで引き、攻撃態勢を取った。これを見たアランは反射的に大盾を正面に構えた。
直後、アランが構える大盾に強い衝撃が走る。重いものがぶつかったような大きな音が鳴り響き、アランは数歩後ろによろめいた。
リックの攻撃は一撃では終わらなかった。リックはアランに密着し、凄まじい連打を大盾に叩き込んだ。
連打に押されたアランは大盾を支えているだけで精一杯の状態になった。リックの猛攻に大盾はいびつに変形していき、遂には大きな亀裂が金属板に走った。
(まずい、盾が持たない!)
亀裂から生じた悲鳴にも似た音を聴いたアランは、盾が限界を迎えつつあることを悟った。
しかしその時、アランが危機感を覚えたのとほぼ同時に、リックの猛攻はぴたりと止んだ。
突然訪れたその静けさにアランは強い恐怖を抱いた。
(回り込まれた!?)
アランはリックの動きを掴んでいたわけではない。これはただの直感であった。
大盾は広い範囲を守ってくれる優秀な防具であるが、同時に視界が遮られるという欠点を抱えていた。リックのような高い機動力をもって近接戦を仕掛けてくる相手にはそれが仇となっていた。
リックの姿を見失ったアランは咄嗟に自身の後ろを確認しようとしたが、一人の男の声がこの窮地を救った。
「アラン様、上です!」
上?! にわかには信じられないような言葉だったが、その声の主がクラウスであったため、アランはその言葉に素直に従うことができた。
アランはすかさず大盾を上方に構えたが、これにアランの本能は警鐘を鳴らした。
上からの攻撃、それをこの傷んだ盾で受けられるのだろうか? ふと浮かんだこの疑問に対し考えるよりも早く、アランの足は回避行動を取った。
アランのこの判断は正しかった。上空にいるリックは全体重と魔力を乗せたかかと落しをアランに見舞おうとしていた。アランが大盾を上に構えたことにリックは少し驚いていたが、その防御を貫く自信もまたリックにはあった。
アランが地面を蹴り、後方に下がり始めたのと、リックが足を振り下ろしたのはほぼ同時であった。
大盾が完全に破壊される音が場に鳴り響く。右腕がもぎ取られたかのような感覚とともに、アランは仰向けに倒れた。
アランは素早く立ち上がり、自身の状態を確認した。幸いなことに失われたのは大盾だけで右腕は健在であった。
「逃げろ、アラン!」
直後、少し離れたところから聞こえたその声はディーノのものであった。しかしリックは既にアランの目の前に迫り、追撃の姿勢を取っていた。
今のアランにはリックの攻撃を受ける術が無かった。そしてそれはアラン自身が一番理解していた。
アランはすかさず回避行動を取った。直撃は避けたが、リックの放った一撃はアランの右こめかみの少し上をえぐっていった。
何かを削るような音を最後に、アランの意識は闇に沈んだ。
◆◆◆
ふと気がつくと、アランは懐かしい場所にいた。
そこはディーノと共に過ごした貧民街の外れにあるあの広場だった。
(俺は何をしていたんだっけ……)
雲の上にいるような浮遊感の中、周囲を見渡したアランの目に座り心地の良さそうな石が映った。
(疲れた……頭も痛むし、あそこに腰掛けて休もう)
そう思ったアランが石に向かって歩き出そうとした瞬間、突然制止の声が耳に入ってきた。
「駄目よ、アラン。座ってはダメ」
アランがその声に振り返ると、そこにはソフィアが立っていた。
「いま力を抜いたら、二度と立ち上がれなくなるわ」
アランにはソフィアが何を言っているのかわかっていなかったが、何となくその言葉に従うことにした。
「……アラン、どうして右手を使わないの?」
ソフィアからの突然の質問にアランは戸惑ったが、その理由はすぐに思い出すことができた。
「……使いたくても使えないのです」
悲しそうな顔をするアランの右手をソフィアは両手でやさしく包み込みながらこう言った。
「アラン、あなたの右手は死んだわけではないわ」
ソフィアは力強い眼差しでアランを見つめながら言葉を続けた。
「よく聞いてアラン、その右手を使わなければいけない時がもう目の前まで迫っているの。その右手でなければ成し得ないことがあるの」
突然、アランの周りの景色が現実感を失い始めた。
「勇気を出してアラン。その右手に魔力を込めるの。大丈夫、あなたならできるわ」
世界が徐々に色を失っていくにつれ、アランは自分が何をしていたのか思い出していった。
(そうだ俺は戦っていたんだ。早く目を覚まさなくては)
夢の世界が完全に崩壊する直前、ソフィアは――
「アラン、リリィのことを――」
◆◆◆
意識を取り戻したアランが最初に見たのは、目の前でリックに倒されるクラウスとディーノの姿であった。どうやら自分は立ったまま意識を失っていたらしく、二人はその間自分の盾になってくれていたようであった。
そして今、二人を倒したリックがアランに向かって突進してきていた。再び窮地に立たされたアランであったが、その心は驚くほど静かであった。
それは右半身を赤く染めるほどの出血による意識低下が原因であった。しかしそれが逆に功を奏していた。
アランの視界からは色が消え失せ、灰色の世界が広がっていた。音も聞こえない静かな世界であった。
時が止まったかのような静寂の中、対するリックがアランに向かって光る拳を突き出してきた。
対するアランもまた同じように右手を突き出した。指をまともに動かせないせいか、その形は握り拳ではなく指を開いた掌打となっていた。
灰色の世界で対峙する二人の動きは非常にゆっくりとしたものだった。アランはそんな世界の中で、突き出す右手に魔力を込めた。
……右手に魔力が流れる感覚はやはり感じられなかったが、全てが麻痺したかのようなこの灰色の世界ではそれが自然のように思えた。今のアランにはただ信じて右手を突き出すしかなかった。
そしてゆっくりと前に進むアランの右手は徐々に発光し始め、その輝きはリックの拳とぶつかる瞬間に頂点に達した。
衝突する二人の拳。その様は傍目にはリックの光る拳をアランが光る掌で受け止めたかのように見えた。
(!?)
これにリックは驚いたが、脅威だとは感じなかった。
同じ光る拳と言えど、込められた魔力の差は歴然であった。リックの拳はアランの拳を打ち破った。
右手を強く弾かれ、大きく体勢を崩したアランはふらつきながら後退した。
この瞬間、アランの視界は色を取り戻し、同時に右手に激痛が走った。それがリックの拳を受け止めたことによるものなのか、痛んだ神経に無理に魔力を流したせいなのか、アランには判断がつかなかった。
なんとか倒れることを避けたアランは、すぐに体勢を立て直し、構えた。
無意識に近いアランが取った姿勢は、以前クラウスに教えられたあの構えであった。ひとつ違っていたのは、柄の底に右手の掌を押し付けていることだった。
今のアランにはこの窮地を切り抜ける手段は一つしか思いつかなかった。できるのか? 自分の右手をもう一度信じて良いのだろうか? そんな考えが一瞬だけ浮かんだが、今のアランに頼れるものはこれしかなかった。
このアランの独特の構えを見たリックはほんの僅かの間だけ躊躇した。
その瞬間に攻守が入れ替わったという事実をリックは受け入れることができなかった。リックの本能は警鐘を鳴らしていたが、圧倒的優勢に立っているという油断が彼の判断を鈍らせた。
アランとリック、両者は同時に動き出した。二人は同じ足で踏み込み、リックは右手に、アランは刀に魔力を流し込んだ。
そしてアランとリック、両者から放たれた二つの光の線が再び交差した。
衝突点から金属音が響き渡り、光の粒子が華やかに拡散する。光の拳と光の剣、その勝負の行方は――
――まばゆい閃光のあと、立っていたのはリックのほうであった。
たたずむリックの拳から、ぽたぽたと、血が滴り落ちる。拳は血に塗れていた。
だがそれはアランの血では無かった。
見ると、リックの右手首と肘の間、右前腕部には、大きな刀傷がつけられていた。
出血は激しかった。焼け付くような痛みに、リックは傷口を押さえた。
だが手で圧迫しただけでは出血は止まらなかった。すぐに手当てをしなければまずい傷であった。
リックは地に寝そべるアランを一瞥したあと、その場を去っていった。
その後、ディーノ含むアラン隊とリック隊は互いに撤退した。
そしてしばらくしてこの戦いはサイラス軍の勝利に終わった。クリス達はジェイク達相手に善戦したものの、戦力と士気の絶対的な差を覆すことはできなかった。
そんな中、リックは戦場を去りながら先のアランとの戦いのことを考えていた。
(自分の魔力は奴を凌駕していたはずだ。なのにあの男が最後に放った一撃は自分の光魔法の壁を突破した)
もしあの一撃が自分の胸に届いていたら、その想像はリックの背筋を冷たくした。
アランの放った光る剣はリックの心に強い印象を与えていた。それは恐怖が大部分を占めていたが、その影には僅かに畏敬の念が込められていた。
リックが恐怖を覚えたのはこれが二度目、カルロとの戦い以来であった。
今日の出会いと戦いは二人にとって忘れられないものとなった。アランにとって今日という日は光の剣を初めて使った記念すべき日であり、リックにとっては得体の知れない強い何かとの出会いであった。
第十二話 炎の一族 に続く
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