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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い
第九話 偉大なる大魔道士(2)
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次の日――
早朝、アランとアンナは訓練場にてクラウス立会いの下、剣を構え向かい合っていた。
これはちょっとした試験であった。アンナがどれだけ腕を磨いたか、それを見るためのものであった。
開始の合図などは無い。双方は既に戦闘態勢になっている。後はどちらが先に仕掛けるかだけであった。
アランは先手をアンナに譲った。そうするだけの余裕がアランにはあった。
アランはアンナの攻撃を何手か捌いた後、隙を突いて一本を取った。
続く二合目、今度はアランの方が先に仕掛け、アンナはこれにあっさりと屈した。
そして三、四、五合目と試合を続けたが、全てアランの圧勝で終わった。
敗れ、肩で息をするアンナにアランは言葉をかけた。
「クラウスの教えを良く聞いているみたいだな。この短期間でそこまで腕を上げるとは正直驚いた」
褒められたのは間違いないのだが、アンナは嬉しいとは全く感じていなかった。
黙ったままのアンナの心中を察したアランは、彼なりにアンナがなぜ勝てないかを説明した。
「アンナ、魔法使い同士の戦いにおいて魔法力が強いほうが有利なように、剣の戦いもまた基本的には体力があるほうが有利だ」
アランはディーノとの組み手でそれを痛感していた。
「自分より強いやつを相手に同じ土俵で勝負してはいけない。弱いほうは技と小細工を駆使して戦わなければ駄目だ。
でかいやつが放つ攻撃は間合いが広いし、下手な防御など容易に吹き飛ばす威力がある。そんな相手とは正面からは戦えない。上手く相手を騙して隙を突くのが基本、隙が無ければ作るしかない」
アランは一呼吸置いた後、言葉を続けた。
「そしてこれはあくまで剣士同士の戦いでの話だ。魔法使いが相手となると話が変わってくる」
言いながら、アランは置いてあった丸型の大盾を拾い、アンナに向かって構えた。
「アンナ、この大盾の防御を剣だけで正面から抜く方法がすぐに思いつくか?」
アランが低い姿勢で構えているためか、アンナから見てアランの体はほとんど大盾の影に隠れていた。攻撃できそうなのは視線を確保するために覗かせている顔と、下に見える足先だけだ。
「……難しい、と思います」
アンナは正直な感想を述べた。これにアランは頷きを返し、再び口を開いた。
「魔法使いが張る防御魔法はこの大盾に近い。魔法使いは片手でこれと同様、またはそれ以上の防御を展開し、もう片方の手には常に必殺の手を用意している」
そう、アランが言うように魔法使いの戦い方は隙が少ない上に火力もあるという完成されたものだった。
「もし剣士の攻撃に防御魔法を突破する威力が無ければ、側面や裏に回りこむか、相手が防御を解除する瞬間、例えば反撃の魔法を放ってくる瞬間に合わせるしかない。
しかし近づきすぎれば防御魔法そのものを叩きつけられる。はっきり言えば、ただの剣一本で魔法使いに挑むのは無謀だ」
アランは自分のことを語っていた。剣で魔法使いに挑むことの困難をその身で知っていた。アランが魔法剣に惹かれたのは必然であったと言えるだろう。
「どうしてアンナが剣に惹かれたのかは知らない。それに水を差すようで悪いのだが、正直言うと、アンナが剣を使って戦うのは無謀だと思う。
アンナは俺やディーノのように強くなりたいと言ったけれど、ディーノの強さはあくまで特別なもので、俺にいたってはアンナが思っているような強さなんて持っていないよ」
自虐的であったがそれが事実であった。アランは大盾と炎の魔法剣を使ってようやく並みの魔法使いと五分というところであった。ゆえにアランは「光る剣」を求めていた。
「アンナが剣を使うことを止めはしない。でも、もし実戦で使うつもりであれば、何かしらの工夫が必要だと思う」
この日の訓練はこれで終わった。
後にアンナはアランの忠告通り、自身の戦い方に工夫を加えることになる。
そしてそれはアランと同じ道、魔法剣の道であった。
◆◆◆
一週間後――
早朝、アンナは兵を引き連れて戦地へと旅立った。
アランは戦いに行く妹の背中を見送った。
それはとても静かな別れであった。
そして正午、アランはディーノと訓練をしていたあの場所に足を運んだ。
アランは適当な場所に寝転がり、呆然と空を眺めた。
そして、しばらくしてアランは目を閉じた。
眠ろうとしているのでは無かった。アランは色々なことを考えていた。
アランは長い間そうしていた。アランが次に目を開けたのは、
「アラン?」
と、通りすがったリリィに声を掛けられた時であった。
アランが体を起こすと、辺りは既に夕方になっていた。
「こんなところで寝ていると風邪を引くわよ」
そう忠告するリリィに対し、アランはこんな言葉を返した。
「考え事をしていた」
「考え事って?」
「……今朝、妹のアンナが戦争に行った」
アランの真剣そうな表情に、リリィは黙って次の言葉を待った。
「俺もついていこうとした。でも駄目だと言われた。アンナはそれ以上何も言わなかったけど、要は俺が弱いから連れて行きたくないんだと思う」
アランは少しうつむき、言葉を続けた。
「俺は自分が情けなくなった。弱いってことにじゃない、俺はアンナに同行を断られた時、ほっとしたんだ」
アランは首を振って再び口を開いた。
「いや、違う、してしまったんだ。本当に情けない。苛立たしいとか、悔しいとか、そういう感情は、その時は微塵も無かった」
そう言って、アランは再び仰向けに寝転がった。
「それで……ここでこうやって横になりながら、考えていたんだ。将来のことを」
リリィはアランの隣に腰掛け、それを尋ねた。
「将来って?」
「……将来、俺はどうすればいいのか、みんなはどうなるのかなって、想像していたんだ」
興味が湧いたリリィは、アランの言葉に黙って耳を傾けた。
「まず初めにディーノとアンナの未来が思い浮かんだ。想像の中の二人は戦いで身を立て、名を上げ、見る者を圧倒する立派な装束に身を包み、多くの配下を従えていた」
それは名誉の道の、一つの到達点であった。
「次に父の未来が思い浮かんだ。その頭上に王冠を抱き、杖を片手に玉座に座る新たな王の姿があった」
最も強い者が玉座に座る、それはこの世界では当然のことであった。
「最後に自分の未来が浮かんだ。派手なことは何も無いけど、愛する妻と子に囲まれ、穏やかな日々を過ごしていた」
武の名誉は無いものの、穏やかで優雅な貴族の未来であった。
「リリィ」
アランは体を起こし、リリィの目をみつめながら言葉を続けた。
「もし、そんな未来が訪れるなら、俺は君と一緒になりたい」
突然の告白に、リリィは面食らった。
リリィは驚きの表情を見せた後、困惑と喜びが混じった顔をした。
「突然何を言い出すの? ……その、困るわ……」
リリィの口調はしどろもどろになっていた。
「でも……アランらしい。そして、すごくうれしい……」
リリィのその笑顔がそのまま返事となった。
◆◆◆
次の日――
アランからの告白を受けたリリィは浮かれ、心ここにあらずといった感じでラルフの相手をしていた。
「………さん」
それはラルフから呼ばれていることに気が付かないほどであった。
「リリィさん?」
何度目かの呼び声に、リリィはようやく反応した。
「え? あ、ごめんなさい。ぼうっとしてたわ」
「ウレしそうですね。なにか、イイことがあったのですか?」
「え、ええ、ちょっとね。それでどうしたの? 読めない字でもあった?」
「はい。ココがチョットよくわからナクて」
そう言いながらラルフが指差す箇所に、リリィは目を向けた。
◆◆◆
その日の勉強は、日が沈むまで続いた。
「遅くなってしまったわね。今日はこれで終わりにしましょう」
そう言って席を立ったリリィに、ラルフは声をかけた。
「ヨルはブッソウですよ。イエまでおくります」
リリィはその言葉に素直に甘えることにした。実際、夜の貧民街は物騒だったからだ。
二人は並び歩いて家を目指した。
二人の間に会話は無かった。
リリィが言葉を発しなかったのは、話すことが特に無かったからであったが、ラルフはそうでは無かった。
ラルフはあるものに気づいていた。
「……リリィさん、スミませんが、サキにいっていてください」
「どうしたの?」
「ミズのノミすぎかな。ちょっと、もよおしてきちゃって。ヨウをたしに」
「じゃあ、ここで待っているわ」
これにラルフは首を振った。
「いえ、またなくてケッコウです。ここでワカレましょう。リリィさんは、サキにかえってください」
そう言ってラルフは、リリィの返事も聞かずに走り出した。
◆◆◆
ラルフが人気の無いところに足を踏み入れた瞬間、それは現れた。
男の影がひとつ、ふたつとラルフの前に現れる。
そして、それは前だけでは無かった。気づけば、ラルフは完全に囲まれていた。
影達がラルフの逃げ道を完全に塞いだ後、その中から一人の男がラルフの前に出た。
その男は目立つ赤毛であり、他とは違う格好をしていた。服装に気品があり、その胸には五芒星の刺繍が施されていた。
赤毛の男はラルフの目の前に歩み寄り、その場に跪いた。
「ラルフ様、お迎えにあがりました」
丁寧な態度を示す赤毛の男に対し、ラルフは油断なく身構えた。
「ラルフ様、手荒な事はいたしたくありません。どうか、素直に従っていただきたい」
赤毛の男の言葉に、ラルフは怒りをあらわにした。
「テアラなコト? チカラづくでどうにかできるとオモっているのか?」
そう言ってラルフは右手を発光させた。
だが、赤毛の男はこれに全く動じず、こう言った。
「……正面からでは歯が立たないでしょうな。ですが、背後から襲い掛かって薬で眠らせてから拘束するなり、手段は他にいくらでもあります」
戸惑うラルフに対し、赤毛の男は言葉を続けた。
「ラルフ様、連れて帰ろうと思えばいつでもできたのです。ですが、こうしてわざわざ姿を見せたのは、我が主であるヨハン様から、丁重に扱うようにと指示されているからなのです」
ラルフは暫し迷う素振りを見せた後、口を開いた。
「……なんといわれても、カエルつもりはナイ。ほうっておいて――」
その瞬間、乾いた物音が場に響き渡った。
全員が一斉に振り返る。影達は発光させた右手を、音がした方向に向けてかざした。
その先に立っていたのは、リリィであった。
「どうします?」
影が尋ねる。赤毛の男は少し考えた後、答えた。
「仕方無い。始末して――」
赤毛の男が言い終えるよりも早く、ラルフは叫んだ。
「ヤメロ! そのヒトはかんけいない!」
ラルフのこの態度を見て、赤毛の男は「使える」と判断した。
「ですが、目撃者を黙って逃がすなど、できませんな」
赤毛の男はそう言って、リリィに向かって発光する右手をかざした。
「ダメダ! そのヒトをキズつけるコトはゆるさない!」
ラルフの右手が強く発光する。だが、赤毛の男は既に恐れることは無いということに気付いていた。
「それは困りましたな。でしたら、あの女と一緒に来て頂けますか?」
もし従わなければどうするのかは目に見えていた。
「ワカッタ。したがおう……だが、ヤクソクしろ。そのヒトにテアラなことはけっしてしないと」
「ええ、約束しましょう。我等が神に誓ってもいい」
ラルフが警戒を解くと、影がリリィに歩み寄り、腕を掴んだ。
「やめて、放して!」
「大人しくしていたほうがいいぞ、女」
リリィは抵抗したが、何の意味も無かった。
(誰か、助けて……助けて、アラン!)
心の中で叫ぶ。しかしその願いが届くことは無かった。
◆◆◆
次の日――
「アラン様、ラルフを見ませんでしたか?」
教会で本を読んでいたアランは、ルイスから突然こう尋ねられた。
「ラルフ? いいえ、見ていませんが、何かあったのですか?」
「いえ、どうやら昨日、孤児院に帰ってこなかったみたいで……」
瞬間、アランは嫌な予感を覚えた。アランがそれを言葉にするよりも早く、ルイスが口に出した。
「リリィも今日はまだ来ていないのです。何かあったのか心配で……」
それを聞いたアランは読んでいた本を片付けもせず、外に飛び出していった。
◆◆◆
アランが駆けつけた場所、それはリリィの家であった。
荒々しく玄関を叩く。しばらくして、リリィの母、ソフィアが姿を見せた。
「ソフィア様! リリィは……」
ソフィアの眉をひそめた顔に、アランは反射的に口を閉ざした。
「アラン、リリィが昨日から帰ってこないの……」
ソフィアの痩せた手が、すがるようにアランの腕を掴む。
悲しむソフィアを前に、アランは何も出来なかった。
アランもまた絶望感に打ちひしがれていたからだ。
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