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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い

第七話 閃光の魔法使い(2)

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   ◆◆◆

 突っ込んでくるディーノに対し、ジェイクは「身構えた」。
 それは先程までの光弾を放つ姿勢とは明らかに異なり、異様であった。それは言うなれば、この世界ではあまり見なくなって久しい「武術」の構えのようであった。
 左足を前に出しつつ、体は横を向いた半身の姿勢。そして、右手はまるで正拳突きでも放つかのように脇の下に置かれ、左手は正面に突き出されていた。
 ジェイクは腰を落としつつ、開いた左手をディーノに向けてかざし、人差し指と親指の間にある空間を利用して狙いを定めた。
 これを見たディーノはさすがに警戒し、足を止めた。しかしそれは遅かった。
 既に射程内。ジェイクは右手に魔力を込めると同時に動いた。
 先に「正拳突きを放つかのような構え」と例えたが、ジェイクの動作は正にそれであった。

 突き出されたジェイクの右拳は眩く発光し、そこから一筋の「閃光」が生じた。

 そう、それはまさしく「閃光」であった。弾では無い。恐ろしく速い、一本の光線であった。

 ジェイクの放った閃光は、ディーノが構えていた丸型の大盾に直撃した。
 閃光は盾を引き裂くように破壊しながら、ディーノの巨体を弾き飛ばした。
 その際、閃光にえぐられたのか、ディーノは肩から鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。
 そして、閃光はディーノを弾き飛ばしただけでは止まらず、後方に追従していた大盾兵まで射抜いた。
 その威力は場を戦慄させるのに十分であった。兵士達は明らかに硬直した。
 だが次の瞬間、クリスの言葉がその凍った空気を打ち砕いた。

「下がれ、ディーノ! 単身で近づける相手では無い! 大盾兵達はディーノの後退を援護しろ!」

 ディーノの周りに大盾兵が集まる。ジェイクはそれに向かって再び閃光を放つ体勢を取ったが、横から迫る別の部隊の気勢に意識を引かれた。
 それはアランの部隊であった。

「急げ! 負傷したディーノの撤退を援護するんだ!」

 ジェイクからアランの姿は丸見えであった。ジェイクは声を上げるアランに向けて照準を合わせた。
 それに気づいたクラウスはすかさず動いた。

「アラン様、危ない!」

 クラウスはアランの体を勢い良く突き飛ばした。
 直後、アランの目の前をすさまじい速度の閃光が通過していった。もしクラウスに突き飛ばされていなかったら、今頃自分の顔は首ごとあの閃光に持っていかれていたであろう。

「敵の狙いはアラン様だ! 壁を作ってお守りしろ!」

 クラウスの指示に兵士達はすぐさま行動し、大盾兵と魔法使いがアランの前に並んだ。
 アランの前に壁が形成されるのと、ジェイクが次の攻撃態勢を完了させるのは同時であった。

「くるぞ!」

 クラウスが警戒を発したのと、ジェイクが閃光を放ったのは同時であった。
 閃光は壁を「二枚」抜いた。先頭の大盾兵を体ごと吹き飛ばし、その後ろにいた兵士の防御魔法をも貫いた。
 だが閃光はそこで力を失ったのか、掻き消えるように霧散した。
 ジェイクの攻撃を凌いだと判断したクラウスはすかさず声を上げた。

「あの攻撃は連射が利かん! 次を撃たせるな!」

 言いながらクラウスはジェイクに向けて光弾を発射し、他の者もこれに続いた。
 しかし敵もこの反撃を予想していたらしく、クラウス達が反撃に移るよりも早くジェイクの周りには壁が形成されていた。
 そして、ジェイクは既に次の閃光魔法を放つ体勢を整えていたが、その構えを崩さないまま、前に突き出した左手で防御魔法を展開した。
 クラウス達が放った攻撃が全てジェイクに命中していればその防御魔法を突破できていたであろう。しかし、ジェイクの周りに集まった大盾兵と魔法使い達がそれを許さなかった。
 クラウス達の攻撃を凌いだジェイク達はすぐ反撃に転じた。
 お返しの光弾と、閃光がクラウス達に襲い掛かる。クラウス達は厚い壁を形成することでこれを凌いだ。
 双方の応酬はさらに三度続いた。クラウス達は懸命に耐えていたが、いつかは押し切られてしまうことは明らかであった。

(まずい、ここは一度後退を――)

 アランはそう判断し、部隊を下げようとしたが、ジェイクは戦い方に変化をつけた。
 ジェイクは閃光魔法の姿勢を解除し、右手を真上に掲げた。
 それは明らかに何かの合図であった。事実、その直後にジェイクの部隊にある変化が起こった。
 その変化は前面の大盾兵達に現れていた。敵の大盾兵達は整列し、背を低くした。
「背を低くした」、アランからはそう見えた。だが、それだけのために攻撃を中断するはずがない。

(あれは座っているんじゃない! 加速をつけるために前傾姿勢を取っているんだ!)

 アランは声を上げた。

「敵の大盾兵が突撃してくるぞ!」

 直後、それは現実となった。敵の大盾兵達は雄叫びを上げながらこちらに向かって突進してきた。

「防御魔法と大盾で受け止めろ!」

 兵士達はアランの指示に従い、衝突に備えた姿勢を取った。
 そして両軍はぶつかりあい、場に金属の衝突音が響き渡った。
 両軍はそのまま激しく押し合った。そんな中、クラウスだけは敵の本当の狙いに気がついていた。

「これに乗じてジェイクも向かってきているはず! 警戒しろ!」

 クラウスの声が飛んだ直後、前方で突如眩い光が発生した。
 その中心から閃光が奔り、クラウスの真横を通過する。
 そして鳴り響く金属板を破壊する音。
 次にクラウスの耳に入ったのは後ろで誰かが倒れる音。
 さっきまで自分の後ろにいた者は――そうであって欲しくない、クラウスは願いながら振り返った。
 そしてクラウスの目に映ったもの、それは仰向けに倒れ、悶絶するアランの姿であった。

「アラン様!」

 駆け寄り、状態を見る。
 まず目に入ったのが裂かれるように破壊された盾、次に目に映ったのが真っ赤に染まった右腕であった。
 アランの右前腕部にはえぐられたような大きな傷があった。そこからどくどくと、脈打つように血が溢れ出ていた。
 クラウスはその傷口に布を巻いた。
 傷口を触られる痛みにアランの体がのた打ち回る。クラウスはそれを力で抑え込みながら、手当てを続けた。
 布で傷口を塞いだだけでは出血は止まらなかった。クラウスは上腕部にも布を強く巻き、血管を圧迫することで血の流れを止めた。
 ここではこれ以上出来る事はない。クラウスはアランを肩で担ぎ上げながら口を開いた。

「一度撤退だ! 大盾兵達は敵の突進を押しとどめつつ後退! 魔法使いは引き撃ちでそれを援護しろ!」

 兵士達はクラウスの指示に従い、じりじりと後退を開始した。

   ◆◆◆

 アランの部隊が押されているのを遠目に見たディーノは、肩の傷の手当も半端なまま、勢いよく立ち上がった。
 行かなければ、その使命感がディーノを突き動かしていたが、左手から走った鋭い痛みがディーノの足を止めた。
 ディーノの左手の人差し指と中指はあらぬ方向に曲がっていた。閃光魔法を盾で受けた時の衝撃が、ディーノの指をへし折っていた。特に人差し指の損傷はひどく、折れた骨が肉を突き破り、露出していた。
 ディーノは覚悟を決め、曲がった指を力ずくで元の形に戻した。

「~~~っ!」

 指の中で折れた骨が肉を傷つける音が、骨同士がぶつかり合う音が響く。その痛みに、ディーノは声にならない悲鳴を上げながら、ある場所に視線を向けた。
 ディーノの視線の先には、大盾兵が使っている長方形の金属盾が転がっていた。
 ディーノはそれを指が折れている左手で拾い上げた。
 この盾はディーノが普段使っている丸型の大盾よりも大きく、厚い。当然のように重く、折れているディーノの指はさらに悲鳴を上げた。
 しかしディーノはそれを無視し、盾を握る指に力を込めた。
 ディーノはその痛みを気付けにし、ジェイクがいる方向を見据えた。

   ◆◆◆

「クリス様! アラン様の部隊が壊走しかけておりますぞ!」

 ハンスの言葉に、クリスは苛立ちぎみに答えた。

「わかっている! 誰か手の空いている者を援護に向かわせろ!」

 クリス自身、それが無理だということはわかっていた。部隊の者は皆、目の前の敵を対処するだけで精一杯であった。
 しかし直後、一つの大きな影がクリスの横を駆け抜けていった。

「ディーノ!?」

 突如クリスの前に現れた大きな背中はディーノのものであった。
 最前に躍り出たディーノは、気勢と共に槍斧を振るった。

「邪魔だ!」

 ディーノの前にいた敵の大盾兵達が豪快に吹き飛ぶ。これに気付いた敵の魔法使い達はディーノに向かって光弾を放った。
 決して少なくない数のその光弾を、ディーノは全て盾で受け止めた。
 数多くの着弾音。それは耳に痛いほどであったが、ディーノの体はびくともしていなかった。
 敵の攻撃が止むと同時に、ディーノは再び踏み込み、槍斧を振るった。
 いつものディーノが戻ってきた。勇猛な戦いぶりからそう見えた。しかし、ディーノの顔は苦痛に歪んでいた。
 盾を握るディーノの指から血が流れ出る。それは腕を伝い、何本もの赤い線を描いた。
 ディーノはそのまま敵陣に切り込んでいった。それは無謀に見え、実際そうであった。全方位からの攻撃を一枚の盾だけで防ぎきれるわけがなく、ディーノの体には何度も光弾が叩き込まれた。
 しかし、痣だらけになりながらも、ディーノは倒れなかった。雄叫びを上げながら、前進することをやめなかった。それは苦痛を振り切るためか、アランを助けるためか、それとも両方か。
 そしてディーノは遂に、ジェイクの姿をはっきりと視界に捕らえられるところまで接近した。
 だが、相手を視界に捕らえたのはジェイクの方も同じであった。ジェイクはディーノの方に向き直り、閃光魔法の体勢を取った。
 双方の間にはまだ距離がある。とても槍斧が届く間合いでは無い。ジェイクが向き直ったと同時に、ディーノは大盾を正面に構えた。
 ジェイクが右拳を突き出し、閃光が奔る。閃光はディーノが構える大盾に直撃した。
 その辺の魔法使いの光弾を受けた時とは比べ物にならない大きな衝突音が響き渡る。
 後ろに大きく仰け反るディーノ。そのまま仰向けに倒れると思いきや、ディーノはぎりぎりで踏みとどまった。
 そして、ディーノは上半身を起こしたと同時に、ジェイクを睨み付けた。
 どうした、早く次を撃て、その目はそう言っているように見えた。
 ジェイクはこの挑戦を受け取り、二発目を放った。
 再びの衝突音。仰け反るディーノ。またしてもディーノは倒れなかった。
 そして、ディーノは先と同じようにジェイクを睨み付けた。
 だが、今度はそれだけでは無かった。ディーノは盾を横に逸らし、見せつけるかのように無防備な肉体をジェイクに晒しながら前に歩き始めた。
 どう見ても挑発である。しかし、その意図は?
 ディーノの考えを汲み取った者は近くにいた。クラウスである。
 自分達のために、いや、アラン様のために囮になってくれていることをクラウスは察した。

(ディーノ殿、かたじけない!)

 クラウスは心の中でディーノに深く礼をしながら、後退を続けた。
 そして幸いなことに、ジェイクはこの見え見えの挑発に乗ってくれた。
 三発目の閃光。ディーノが素早く大盾を前に構える。
 閃光は盾の上部に炸裂した。取っ手の真上の部分に横へ真っ直ぐな亀裂が入り、盾は僅かに折れ曲がった。
 続けて四発目。盾は閃光の威力を殺しきるこができず、余波がディーノの顔面を強く打った。
 ディーノは折れた鼻と切った唇から血を流しながら大きく仰け反ったが、やはり倒れなかった。
 さらに五発目。盾は折れ、完全にその機能を失った。そして、閃光は盾を破壊しただけでなく、ディーノのわき腹を浅く削っていった。
 ディーノの体は「くの字」の形になり、後ろに数歩よろめいた。
 ディーノの膝が折れる。膝はそのまま地に着くかと思われたが、直前のところでディーノは踏みとどまった。
 まだ倒れてはいない。だが、ディーノは既に限界であった。
 ディーノの意識は朦朧としていた。四発目の閃光を受けた際に、顔を強く打ったせいである。今のディーノはただ立っているだけであった。

「逃げるのだ! ディーノ!」

 後方から仲間(クリス様?)の声が聞こえる。近いような遠いような、音がぼやけていて距離感が掴めない。
 ディーノの思考が走る。そうだ逃げなくては。いや無理だ。あいつは既に次の魔法を撃つ準備を整えている。
 それはすぐに来る。とんでもない速さで、真っ直ぐに。

 ――真っ直ぐ? 真っ直ぐだと言う事は、あいつが拳を伸ばした先に、俺が武器を構えておけば――

 ディーノの意識が覚醒するのと、ジェイクが動いたのは同時であった。
 ディーノが槍斧を握る右手に力を込める。ジェイクが拳を前に突き出す。
 ディーノの目はジェイクの拳の動きを確実に捉えていた。
 その拳の延長にあるもの、それは――顔面! 考えるよりも早くディーノの体は動いていた。
 ディーノが槍斧を振り抜く。ジェイクの拳から閃光が奔る――

 無骨な鉄の刃は閃光をしっかりと捕らえ、半分に叩き割った。
 しかし、それで閃光の威力を殺しきったことにはならなかった。半分に割られた閃光のうち一方は外れたが、もう一方はディーノの胸に直撃した。
 自分の胸骨が折れる音を聞きながら、ディーノの体は後方に吹き飛んだ。
 ディーノは口を開けたが、そこから出たのは声では無く、肺から押し出された空気だけであった。
 ディーノの体が地面に叩きつけられる。その衝撃で、残っていた僅かな空気も押し出された。
 苦しい。息を吸い込もうとする。だが何故か出来なかった。
 胸を動かせない。あるのはただ痛みだけ。
 喘ぐ。なんとか空気を肺に送り込もうと口を開く。だが、いくらぱくぱくと口を開けようとも、空気は吸い込めなかった。
 そうしているうちに、不思議なことに苦しみは小さくなっていった。
 ディーノの視界は徐々に暗くなり、間もなくしてディーノは気を失った。

    ◆◆◆

 ディーノが六発目の閃光魔法を凌いだことにジェイクは驚かされていた。あのような形で防御されるとは思わなかった。
 だが、ジェイクが驚きに身を硬くしたのは一瞬のことであった。
 今のディーノはもう悪あがきすら出来ないだろう。ジェイクは再び閃光魔法の構えを取った。

(これで終わりだ! 無能力者!)

 とどめの七発目を放つ。しかしそれは、駆けつけて来たクリスの大盾兵達に阻まれた。

「っ!」

 この時、ジェイクが抱いたのは焦りでは無く、苛立ちであった。

(あと少しというところで!)

 ジェイクはもう一度閃光魔法の構えを取ったが、その時既にディーノの姿は壁に阻まれ見えなくなっていた。
 ジェイクは適当に狙いを定めて閃光魔法を放った。
 閃光は大盾兵を数人吹き飛ばした。だが、それはジェイクが期待した結果では無かった。
 直後、ジェイクに反撃の光弾が浴びせられる。ジェイクは後退しつつ、防御魔法でそれを受けた。
 そして、ジェイクとクリス達の間にある程度の距離ができた瞬間、クリス達は全速で撤退を開始した。

「追いますか?」

 傍にいた兵士の言葉に、ジェイクは首を振った。

「兵達の士気は上がった。被害も少ない。だが、まだ城攻めできるほどの勢いは無い。今回はここで退くべきだろう」

 そう言って、ジェイクはクリスの城に背を向けた。

 この戦いはディーノにとって本当の敗北であった。
 負け戦はこれが初めてでは無い。だが今回の負けはこれまでのものとは違っていた。
 これまでに経験した敗北は単純な兵力差によるものだ。だが今回の戦いは、数ではこちらが勝っていた。
 今まではディーノが不利をひっくり返す側の人間だった。今回の戦いは全てが逆であった。

   第八話 刀 に続く 
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