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第二話 戦いの始まり(3)

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   ◆◆◆

 その夜、レオン将軍は陣中で勝利の宴を開いた。皆に酒が振舞われ、兵士達は歌と踊りに明け暮れた。

「もっと酒もってこい! はっはっはぁ!」
「この兄ちゃんすげえぞ! おい、もっと注いでやれ!」
「俺はディーノってんだ! みんな俺の名前をよーく覚えておけよ!」

 酒と陽気にあてられたのか、ディーノからは緊張が消えいつもの調子に戻っていた。
 そんなディーノに対し、アランは部下達の労をねぎらうため陣中を回っていた。そして陣の外れでようやくあの兵士を見つけ、話しかけた。

「こんなところにいたのか探したよ。ええと……すまない名はなんというんだ?」
「これは隊長殿。自分の名はクラウスと申します。今日はお見事な戦いぶりでしたぞ」

 その兵士は先の戦いでアランを叱咤激励した者だった。

「ありがとうクラウス。それでここでなにをしているんだ? 宴には出ないのか?」
「夜襲を警戒しています」

 驚いた。この者はこんなときでも全く警戒と緊張を解いていなかった。

「警備ならレオン将軍の部下がやっているはずだ。皆と騒いでくるといい」
「いえ、自分はこれが性分ですので。遠慮しておきます」

 こんな性格だからこそ彼はいままで生き残ってきたのかもしれない、アランはそう思った。

   ◆◆◆

 一方その頃、アンナは人気の無い森に一人でいた。
 アンナは嘔吐していた。武家の娘とはいえ人を殺したのは初めてである。無理もなかった。
 アンナの目には自分の炎で焼け死ぬ敵兵達の姿が目に焼きついていた。アンナの炎に飲み込まれた者達は皆苦しそうにもがいていた。碌な死に方ではない。
 こんな事にいつか慣れる日が来るのだろうか。慣れることは良いことなのだろうか――アンナの疑問に答えてくれるものは誰もいなかった。

   ◆◆◆

 次の日、アランはレオン将軍に呼び出された。

「アラン殿、先日は見事な戦いぶりだった」
「ありがとうございます」
「君達が右翼の戦列を維持してくれたことは聞いている。このことは私から上に報告しておこう。後で恩賞(おんしょう)が与えられるはずだ」
「!? そこまでして頂かなくても、恩賞なら自分よりもふさわしいものにお与えください」
「謙遜(けんそん)しなくていい。良い仕事に正当な評価を与えるのは当然のことだ」
「……ありがとうございます」
「それと、君達は今日でここの防衛の任を解くことにする」
「それはどういうことですか?」
「あのカルロ将軍のご子息を負傷させたまま使うのは心苦しい。城に戻りゆっくりと傷を癒したまえ」
「……そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」

 素直に従ったアランだったが、内心は複雑な心境だった。恩賞の話も納得していないが、それよりもこの程度の怪我で任を解かれるとは思わなかった。
 自分よりも負傷しているものは陣中にいくらでもいる。やはり自分がカルロの息子だからなのだろう。父のことをいくら嫌おうと、自分が父に守られているのは明らかだった。

   ◆◆◆

 城に戻ったアランは、意識を回復したカルロの呼び出しを受け、部屋に向かった。
 カルロはまだ面会などできる状態では無かったが、カルロは息子の無事な姿を見るべく、医者の制止を無視してアランを部屋に呼びつけていた。
 カルロと面会したアランは先の戦いについての報告を行った。

「……以上です」
「うむ。よくがんばったなアラン」

 父に褒められたことは純粋にうれしかった。

「レオン将軍とは良い関係を築くように意識しておけ。あれは悪い男ではない」
「はい。……父上、すこしお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんだ」

 アランはこの機会にある疑問について尋ねてみた。その疑問とは他の街の奴隷達の扱いについてであった。なぜこうも他の貴族達は奴隷に対して厳しいのか。言い換えればなぜ父は奴隷達にやさしいのか。

「……私が他の貴族達とは少し考え方が違う、ただそれだけの話だ」

 この回答は真実を述べているが、まだ何か隠していることがある。アランはそう感じた。
 父はいつも奴隷達のことを「下賎(げせん)なもの」と呼んでいる。それは憎しみを含んでいるような感じさえある。にも拘らず、父の治世は奴隷達に対してかなり温情的だ。

 アランはこの場は深く追求することはしなかった。アランが父の真意を知るのはまだ先の話になる。

   ◆◆◆

 その夜――

 城を抜け出したアランはリリィの家へとやってきていた。
 アランはリリィの寝室の窓壁に小石を投げつけた。

「誰?」

 その音にリリィが窓から顔を出した。

「やあリリィ」
「アラン?!」

 手を振るアランの存在に気付いたリリィはすぐさま玄関を開け、アランを中に招き入れた。

「ああ、アラン! 無事でよかった!」

 二人はその存在を確かめ合うかのように、強く抱き合った。

「ただいまリリィ」
「もう戦いは終わったの?」

 リリィの問いに対し、アランは抱擁を解き、難しい顔で答えた。

「いや、俺は怪我をして送り返されただけなんだ」

 アランは自分の情けなさを恥じているのか、その顔は少し寂しそうであった。

「それでも、私はあなたが生きていてくれて本当にうれしい」

 アランの気持ちを察したリリィは、慰めるかのようにその胸に体を預けた。

「ありがとうリリィ。そう言ってくれるだけで俺は救われた気がする」

 アランは胸に身を寄せるリリィの重さを心地よく思いながら、その肩に手を回した。
 二人の甘い夜はそのまま静かに更けていった――

   ◆◆◆

 数週間後、レオン将軍が言っていたとおりアランは恩賞を受け取った。それは王からの贈りものであり、直筆の書状もついていた。

「お金か…… どうするかな」

 実はアランが自由に使える自分の金を所有したのは、これが初めてであった。鍛冶仕事の手伝いは無報酬で行っており、いままで金銭を受け取ったことは無かったからだ。
 考えた末、やはりこの金は自分が持っているのはふさわしくないと思い、あの戦いに出た者達で山分けすることにした。
 と言っても、当然アランは部下達全員の居場所を知っているわけではない。そこでアランはカルロの執事の元を尋ねることにした。
 今回の戦いに出た兵士達にはうちの財源から報酬が支払われているはずだ。それを管理している執事ならなんとかしてくれるだろう。

   ◆◆◆

 執事の元を訪れたアランは事情を説明した。

「わかりましたアラン様。こちらでそのように手配しておきます。ですが、受け取るお金はこれだけで結構です」
「それは何故です?」
「分配するにはあまりにも額が大きすぎるのです。……アラン様、この金貨一枚で半年は遊んで暮らせるのです」
「そんなに価値のあるものなのですか」

 はい、と返す執事を前にアランは自分の常識の無さを恥じた。

 執事の部屋を出たアランはまだ大量にあるお金を持て余していた。
 たったあれだけの戦果でこれほどの恩賞を賜るのはやはり不自然だ。やはり自分の父がカルロであるゆえか。

(とりあえず、アンナになにか欲しいものがあるか聞いてみるか)

 でもアンナはあまり欲が無いからな、そんなことを考えながらアランは妹の元を訪ねた。

   ◆◆◆

「お兄様、お気持ちはうれしいのですが欲しいものは特にありません」
「そう言うと思ったよ」

 アンナから予想通りの回答を聞いたアランは、その場を立ち去ろうとした。

「ですが、お兄様」
「うん?」
「お兄様がくれるものでしたら、私なんでも喜んで受け取ります」

 そう言ってアンナはくすくすと笑った。

「お兄様からのプレゼント、期待して待っていますね」

 厄介なことを引き受けてしまったかもしれない。アランは少し後悔した。

 アンナの部屋を出たアランはディーノのところへ行く準備をした。
 しかしなぜだろう、ディーノにはこの大金を見せてはいけないような気がする。ただの直感だがそんな気がする。
 そう思ったアランは金貨一枚だけを持って貧民街へ向かった。

   ◆◆◆

「金貨とかマジかよ! うひゃあ、何に使おうかなあ。まずぱーっと騒いで、そのあとは…」

 ディーノの興奮ぶりは異常だった。アランが金貨を見せてからずっとこの調子であった。

「よし! まず飲みに行こう。話はそれからだ!」

 アランは興奮するディーノを無視して話を始めた。

「それでこの金の使い道なんだが、武器作りの費用にしようと思う」
「あ、そうですか……。いや、そりゃそうだよな、それが正しい。うん」

 頷きつつもとてもがっかりしているのが目に見えてわかった。

「でもお前、武器なんて作れるのか?」
「ああ、親方に教えてもらっているから大丈夫だと思う。自信はある」
「お前、実は結構すごいのな。どんな武器ができるのか楽しみにしとくわ」

 これで話は終わったのだが、ディーノがあまりにしょんぼりしている為、アランはすこし可哀想になってきた。

「……心配しなくてもディーノの取り分はちゃんとあるんだぞ。武器作りの費用は別に取っておいてある。今日はぱーっとやろう」
「よっしゃあ! そうこなくっちゃあ!」

 急に元気を取り戻したディーノはアランの肩を抱いて酒場へと乗り込んだ。
 アランはこの日、飲みすぎで記憶を失うということを初めて経験することになった。

   ◆◆◆

 数ヵ月後、季節は夏になり、腕の傷が癒えたアランは街を歩いていた。妹へのプレゼントを探すためだ。
 アランは街をまわって色んな店を覗いてみた。色鮮やかな飾り物や美しい置物、きれいな宝石、アランは様々なものを見てみたがどれを選べば良いのか見当がつかなかった。
 よく考えれば自分はアンナが何を好きなのか知らないのである。見当がつかないのは当たり前だった。
 途方に暮れたアランは街で遊ぶ子供達の姿を呆然と眺めていた。

(そういえばアンナが遊んでいる姿をあまり見たことがないな)

 幼いときになら二人で遊んでいた記憶がある。しかし最近、いやここ数年、アンナが遊んでいる姿を見た覚えはない。
 自分が部屋を訪ねたときアンナはいつも本を読んでいる。しかしアンナが読む本は娯楽の類ではなく、書庫にある学術書や兵法書ばかりだ。
 そんな本ばかり読んでいて楽しいのだろうか? 少なくとも自分なら息が詰まりそうだ。もしかしたら本人は本当にそういう本を読むのが好きなのかもしれないが。
 といってもアンナは部屋にこもりがちで積極的に外に出ようとはしない。部屋でできる暇潰しと言ったら読書くらいかもしれない。

(じゃあ本を贈ってみるか? ……いや、微妙だな。年頃の娘が喜ぶものとはあまり思えない)

 じゃあ本以外の娯楽品で何か無いだろうか、そう考えているうちにアランはある物を思いついた。

(よし、これにしよう)

 ひらめいたアランはさっそく店に向かって走り出した。

   ◆◆◆

 その夜、アンナはいつもどおり部屋で本を読んでいた。
 魔法使いの歴史、表紙にそう書かれた本をアンナはもうすぐ読み終えようとしていた。
 正直、おもしろい本では無かった。といっても面白い本なんて数えるほどしか出会った事がないけれど。
 本を読み終え、アンナは退屈まじりにため息をついた。

(もう寝ようかな。今日も退屈だったなあ)

 なんだか今日はいつもより気持ちが沈んでいるようだ。嫌なことばかり頭に浮かぶ。

(子供のときみたいに兄様に甘えられたらいいのに)

 そう思い寝巻きに着替えようとした時、ノックの音が聞こえた。

「アンナ、夜分遅くにすまない。ちょっといいかな」
「お兄様?! ちょっとだけ待っていてください」

 突然の意外な来客に、アンナは慌てて崩れていた着衣を正した。

「お待たせしました。どうぞ入ってお兄様」
「失礼するよ」

 アランはきれいな包装がされた大きな箱を持って部屋に入ってきた。

「お兄様、それは?」
「前に言っていただろう? プレゼントだよアンナ」

 それを聞いたアンナは自分の心がぱあっと明るくなるのを感じた。

「本当ですか?! うれしいですお兄様」

 冗談のつもりで言ったのであまり期待していなかったのだが、実際にこうなると素直にうれしかった。

「お兄様、早速開けてみてもよろしいですか?」
「ああ。是非感想を聞かせてくれ」

 言われたアンナは逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと箱を開けた。

「これは……」
「何を贈るか悩んだんだが、結局楽器にしたよ」

 箱に入っていた楽器は一つではなかった。美しい形状の弦楽器と様々な管楽器が入っていた。

「楽器にしても、どれを選べばいいのかわからなくてな。とりあえず手ごろそうなのを色々選んでみたよ。」

 それぞれの楽器にはちゃんと練習用の教本と楽譜がセットになっていた。

「アンナはいつも部屋で本ばかり読んでいるだろ? だから退屈してるんじゃないかなと思って」
「お兄様、ありがとう、本当にうれしい……」
「最近は二人で遊ぶことって無かったからな。これからはたまには時間を作って昔みたいに二人で一緒に遊ぼう。そうだ、今度一緒に街にでも――」

 アランがまだ話している途中だったが、アンナは我慢できずにアランに抱きついた。

「ありがとうお兄様。本当に、本当にうれしい」

 アンナの気持ちを察したアランはしばらくの間そうしていた。この日はアンナにとって大切な思い出深い夜となった。

   ◆◆◆

 数日後、アランは鍛冶場で武器の作成を行っていた。
 武器のイメージはもう頭の中にはっきりとできていた。アランが槌(つち)を振り下ろす度に、そのイメージがすこしずつ現実のものになっていった。
 魔法使いを倒すための武器、遂にそれが産声をあげようとしていた。


 その日の夜、ディーノはいつもの場所で一人素振りを行っていた。

(アランのやつ遅いな、今日はもう来ないのかもな)

 ディーノがそう思い帰ろうとしたとき、アランが布に包まれた大きな荷物を持って現れた。

「すまないディーノ。遅くなった」
「もう帰ろうかと思ってたところだ。その包みはもしかしてあれか?」

 アランは黙って頷いた。

「遂に完成したのか! 早く見せてくれ」

 喜ぶ子供のような表情でディーノは包みを開けた。



 現れたのは槍の先に大きな斧がついた武器。その長さはディーノの身長よりも長い。

「おお、すげえ。早速振ってみてもいいか?」
「ああ。お前のために作ったものだ。使って見せてくれ」

 ディーノはその武器を豪快に振り回した。武器を一閃する度に唸り声のような重い音があがった。
 重量武器だが意外にも扱いやすく手になじむ。これなら片手でも振り回せそうだ。

「おいアラン! すげえなこれは!」
「満足してくれたみたいだな」

 ディーノはその夜遅くまでその武器を振り回していた。

 ディーノはこの武器と生涯を共にすることになる。ディーノはこの武器で一騎当千の活躍をし、後に「暴風のディーノ」と呼ばれるまでに名を上げることになる。
 ディーノの代名詞となるこの武器は、後にその完成度の高さから世に広く普及し「ハルバード」と呼ばれるようになる。

   第三話 電撃の魔法使い に続く
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