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最終章

最終話 おとぎ話の続き(1)

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   ◆◆◆

  おとぎ話の続き

   ◆◆◆

 前回の襲撃から二年、季節は同じ冬。
 場所も同じ港町にそれは再び訪れた。

「目標を感知!」

 海岸沿いに並んだ隊列の中から警戒の声が響く。
 それから間も無く、

「目標を視認!」

 櫓の上にいる目の良い見張りがそう叫んだ。

「数は?!」

 直後に防衛隊長が放ったその問いに、

「およそ三百!」

 先とは違う感知能力者がそう答えた。
 事前に聞いていた情報通りの数、それを確認した防衛隊長は声を上げた。

「総員、戦闘準備!」

 指示を出しながら、隊長は感じていた。
 己の心の中に不安が湧き上がっているのを。

   ◆◆

 一方――

「また来たか。和の国からの情報通りだな」

 以前と同じ、塹壕陣地の後方で襲来を感じ取ったアランはそう口を開いた。

「……」

 アランはあえて声に出したが、その程度では己の心に横たわる暗い感覚を晴らすことは出来なかった。
 防衛隊長と同じ不安をアランも抱いていた。
 以前よりも守りを強固にした我々に対して同じ手で、しかも前回よりも少ない兵数で挑む? そんな当然の疑問がアランの脳裏にもこだましていた。
  
   ◆◆◆

 だがそんな不安は気にしすぎなだけだと言わんばかりに、戦況は前回と同じように変化していった。
 市民が移動を開始し、防衛隊が交戦状態に入る。
 しかしその様子は前回とまったく同じというわけでは無かった。
 市民達の移動は速くなっていた。慣れているように見えた。
 塹壕陣地から奥の平地へと抜ける唯一の脱出路である跳ね橋の上を次々と通過していく。
 しかしそれを目の前にしても、

「……」

 アランの不安は晴れなかった。

「「……」」

 左右に控えているリーザとバージルも同じ感覚を理解し、そして共有していた。
 何かあるはずだ、その言葉を何度も脳内で響かせながら感知を巡らせる。
 そしてそれを一番に見つけたのは、やはりアランだった。

「そこに紛れているぞ!」

 叫びと共に、アランはある集団を指差した。
 街から出てきたばかりの市民達、それはそう見えた。
 しかしそうでは無かった。
 その中に市民に偽装した敵が紛れていたのだ。

 このために敵は兵を分割し、出発の時期をそれぞれずらしていた。
 商人として紛れ込むためだ。
 そしてその奇襲用の先発隊は心を隠す能力に長けた選抜部隊であった。
 だから今日までバレずに隠れていられたのだ。

「バレたぞ! 戦闘開始!」

 そして最初に戦いの狼煙を上げたのは敵のほうであった。
 その声と共に光弾が飛び交い始め、市民達が橋へ向かって走り始める。
 だが走る光弾は敵が放ったものばかりであった。
 敵が市民を盾にしているからだ。
 ゆえに、

「「……っ」」

 騎馬隊を率いるアンナとレオンは手を出しあぐねていた。
 突撃すれば確実に民を巻き込むからだ。
 ならばどうする? そんな疑問をアンナとレオンが抱いた瞬間、

「雄雄ォッ!」

 その答えとなるディーノの気勢が場に響いた。
 街の出口を固めていた歩兵達と共に、正体を現した敵に向かって突撃。
 民を盾にする敵を体当たりで引き剥がしながら、撃滅していく。
 これだ、その戦いぶりを見たアンナはそう思いながら叫んだ。

「我々も白兵戦を仕掛けます! 前列は馬を捨てて突撃!」

 全員が突っ込む必要は無い、そんなことをしても動く空間が無い、それを全体に伝えるためにレオンが続いて口を開いた。

「後列は残って援護射撃!」
「「雄応っ!」」

 兵達の返事の気勢はディーノ達のそれと混じり合い、アラン達のもとまで響き渡った。

   ◆◆◆

 その気勢を、戦いの音を、ヴィクトルは心地よい揺れと影の中で聞いていた。
 そしてヴィクトルは思った。

(……やはり手強いな)

 と。
 兵達の対応力の速さもそうだが、あのアランとかいう男の感知能力は予想以上だ。
「予定」ではもっと近づけると踏んでいた。
 しかし大した差では無い。事は「予定通り」進んでいる。
 古典的だが、やはりこの手は感知能力者相手には有効だ。
 だが、

(これもバレるのは時間の問題だろう)

 ヴィクトルはそう考えながら、無骨な得物を握る手に力を込めた。
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