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最終章
第五十七話 最強の獣(1)
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◆◆◆
最強の獣
◆◆◆
サイラス達が移動し始めた頃、アラン達と魔王達の戦いはさらに凄惨なものに変わっていた。
「押し止めろ!」
塹壕の中の誰かが叫ぶ。
「「ぐ雄雄雄ッ!」」
最前で敵を押しとどめている大盾兵の二人が気勢をもって応える。
しかしその声はどこか苦しげ。
踏ん張っている足はずるずると後ろに押されている。
その盾には人間の腕力では発揮出来ない、人ならざる重圧がかかっていた。
いや、人の身で作られた力ではあった。
その盾には大勢の敵兵が列を成してもたれかかっていた。
本当にもたれかかっているだけ。盾に張り付いているものは微動だにしない。
その者はとっくに死んでいた。後ろから押し寄せた重圧に挟まれ、潰されたのだ。
並んでいる者達もそうだ。みな潰れ、薄くなっている。
自ら動くものは無い。
されど、それは揺れ続けていた。
その死体を踏みつけ、足場にして溝を乗り越えている者がいるからだ。
それを撃ち落すために光弾が飛び交い、リーザの赤い槍が奔る。
魔王が放った大粒の散弾と、ラルフの赤い槍がそれらとぶつかり合う。
それに巻き込まれた者の死体が溝の中に次々と落ちる、
最前の一列はそのようにして積み重なった死体で既に埋まっていた。
溝からあふれ、支える大盾兵達の方になだれ落ちかけていた。
もはや人の腕と二枚の盾で止められるものでは無い。
「「ぐううっ!」」
大盾兵の声にはっきりとした苦しみの色が表れる。
足元がぬかるんでいるゆえに、なおさらであった。
この塹壕陣地に水の逃げ道は少ない。どうしても底に水がたまる。雨が数日降らずともしばらくは残る。
そしてその水は、大盾兵の足元は赤く染まっていた。
潰れた死体が産み出した赤い小川であった。
その赤い沼が大盾兵の足から踏ん張る力を奪う。
もう限界だ、これ以上は逆に押し倒される、それを二人が同時に声に出そうとした瞬間、
「!」
二人の顔に影が差した。
死体の山を足場にして二人を飛び越えていく狂戦士の影。
しかしその影が飛び込んだ先に待ち受けていたのは、
「げぇっ!」
兵士が構えていた刃。
飛び込んだ勢いと重みで、根元まで串刺しになる。
貫かれた肺からせりあがった血液が、喉からあふれ、
「ぇええっ!」
剣を持っている兵士の顔面に盛大にぶちまけられる。
そして狂戦士はそうやって相手の顔を赤く染めながら右手の中に光弾を産み出し、
「ごぁっ!?」
そのまま兵士の顔面に叩き付けた。
そして二人はそのまま抱き合ったまま転倒。
折り重なった二人の上を新たな侵入者達が踏み越えていく。
既に大盾兵も倒れている。死体が崩れて出来た坂の最後の一段になっている。
人の肉で出来たその坂を次々と狂戦士達が駆け下りていく。
その先には槍衾のように剣が構えられているが関係ない。
「ぐぇっ!」
躊躇無く全速力で体当たりし、串刺しになりながら組み付く。
「くそっ! 離しやがれ!」
兵士が防御魔法で押し返そうとするが、後ろが既に密度の高い列になっているせいでびくともしない。
そして状況はこのまま押し合いに、膠着状態になどならない。
後ろの狂戦士達が渋滞を踏み越えて飛び込んでくるからだ。
「うおおおっ?!」
上から襲い掛かられた兵士が気勢とも悲鳴とも区別がつかない声を上げる。
そして見渡せば、どこも似たようなものであった。
体当たりで押しとめ、後続が踏み越える。
狂気に満ちた制圧前進。
だがこれはそういう戦術でも、作戦でも無い。単純に待ちきれないだけなのだ。
「なんてイカれた戦い方しやがる!」
各所でそんな、似たような声が上がる。
その時、誰かが思った。
その言葉は間違っていると。
「戦い方」という表現は正しくないと。
あれは「戦い方」を選んでるのでは無いと。考えて戦っていないと。
「戦うこと自体が目的」になっているのだと。相手とぶつかり合えれば何でもいいのだと。
彼らの洗脳はそんな狂気の極みにまで及んでいるのだと。
◆◆◆
「……」
そんな地獄の様相を、オレグは森の中から観察していた。
位置はアラン達から見て西、左翼方面にある森。
オレグはある計算をしていた。
一人で奇襲して終わらせられるかを。
その計算には少し時間がかかった。
なぜなら、
(……少し厳しいな)
際どい、結末がどうなるかは運次第、そのように思えたからだ。
原因は一つ。
総大将であるアランという男の後方に再編されている部隊だ。
騎兵であった連中だと思われる。今は馬には乗っておらず、ただの歩兵になっている。
おそらく、あの部隊は奇襲対策だ。
「……」
自分の位置が掴まれているとは、こうして観察していることがバレているとは思えない。隠密に関して自分は絶対の自信がある。遊撃部隊が森の中を進んで近づいてきたのを感じ取ったのだろう。
あれを単身で突破するのは少々厳しい。
ならば当初の予定通り、夜に仕掛けるか、または味方の合流を待つのが無難。
このあとの展開は予想がつく。
狂戦士達は溝だらけの陣地を侵食し、制圧前進を続けている。
完全制圧する前に狂戦士達は全滅するだろうが、魔王はその直後に演奏を変え、狂戦士では無い後方の部隊を前進させるはずだ。
そうなると今以上の撃ち合いになる。今よりも正面方向に戦力が集中するはずだ。
好機があるとすればその時。それでも駄目ならば夜か味方を待つ。
「……」
そこまで考えたところでオレグは目を閉じ、その場に座りこんだ。
警戒と連絡用の虫を展開し、意識を沈める。
オレグはそうして己を休眠状態にし、その時が来るのを待つことにした。
最強の獣
◆◆◆
サイラス達が移動し始めた頃、アラン達と魔王達の戦いはさらに凄惨なものに変わっていた。
「押し止めろ!」
塹壕の中の誰かが叫ぶ。
「「ぐ雄雄雄ッ!」」
最前で敵を押しとどめている大盾兵の二人が気勢をもって応える。
しかしその声はどこか苦しげ。
踏ん張っている足はずるずると後ろに押されている。
その盾には人間の腕力では発揮出来ない、人ならざる重圧がかかっていた。
いや、人の身で作られた力ではあった。
その盾には大勢の敵兵が列を成してもたれかかっていた。
本当にもたれかかっているだけ。盾に張り付いているものは微動だにしない。
その者はとっくに死んでいた。後ろから押し寄せた重圧に挟まれ、潰されたのだ。
並んでいる者達もそうだ。みな潰れ、薄くなっている。
自ら動くものは無い。
されど、それは揺れ続けていた。
その死体を踏みつけ、足場にして溝を乗り越えている者がいるからだ。
それを撃ち落すために光弾が飛び交い、リーザの赤い槍が奔る。
魔王が放った大粒の散弾と、ラルフの赤い槍がそれらとぶつかり合う。
それに巻き込まれた者の死体が溝の中に次々と落ちる、
最前の一列はそのようにして積み重なった死体で既に埋まっていた。
溝からあふれ、支える大盾兵達の方になだれ落ちかけていた。
もはや人の腕と二枚の盾で止められるものでは無い。
「「ぐううっ!」」
大盾兵の声にはっきりとした苦しみの色が表れる。
足元がぬかるんでいるゆえに、なおさらであった。
この塹壕陣地に水の逃げ道は少ない。どうしても底に水がたまる。雨が数日降らずともしばらくは残る。
そしてその水は、大盾兵の足元は赤く染まっていた。
潰れた死体が産み出した赤い小川であった。
その赤い沼が大盾兵の足から踏ん張る力を奪う。
もう限界だ、これ以上は逆に押し倒される、それを二人が同時に声に出そうとした瞬間、
「!」
二人の顔に影が差した。
死体の山を足場にして二人を飛び越えていく狂戦士の影。
しかしその影が飛び込んだ先に待ち受けていたのは、
「げぇっ!」
兵士が構えていた刃。
飛び込んだ勢いと重みで、根元まで串刺しになる。
貫かれた肺からせりあがった血液が、喉からあふれ、
「ぇええっ!」
剣を持っている兵士の顔面に盛大にぶちまけられる。
そして狂戦士はそうやって相手の顔を赤く染めながら右手の中に光弾を産み出し、
「ごぁっ!?」
そのまま兵士の顔面に叩き付けた。
そして二人はそのまま抱き合ったまま転倒。
折り重なった二人の上を新たな侵入者達が踏み越えていく。
既に大盾兵も倒れている。死体が崩れて出来た坂の最後の一段になっている。
人の肉で出来たその坂を次々と狂戦士達が駆け下りていく。
その先には槍衾のように剣が構えられているが関係ない。
「ぐぇっ!」
躊躇無く全速力で体当たりし、串刺しになりながら組み付く。
「くそっ! 離しやがれ!」
兵士が防御魔法で押し返そうとするが、後ろが既に密度の高い列になっているせいでびくともしない。
そして状況はこのまま押し合いに、膠着状態になどならない。
後ろの狂戦士達が渋滞を踏み越えて飛び込んでくるからだ。
「うおおおっ?!」
上から襲い掛かられた兵士が気勢とも悲鳴とも区別がつかない声を上げる。
そして見渡せば、どこも似たようなものであった。
体当たりで押しとめ、後続が踏み越える。
狂気に満ちた制圧前進。
だがこれはそういう戦術でも、作戦でも無い。単純に待ちきれないだけなのだ。
「なんてイカれた戦い方しやがる!」
各所でそんな、似たような声が上がる。
その時、誰かが思った。
その言葉は間違っていると。
「戦い方」という表現は正しくないと。
あれは「戦い方」を選んでるのでは無いと。考えて戦っていないと。
「戦うこと自体が目的」になっているのだと。相手とぶつかり合えれば何でもいいのだと。
彼らの洗脳はそんな狂気の極みにまで及んでいるのだと。
◆◆◆
「……」
そんな地獄の様相を、オレグは森の中から観察していた。
位置はアラン達から見て西、左翼方面にある森。
オレグはある計算をしていた。
一人で奇襲して終わらせられるかを。
その計算には少し時間がかかった。
なぜなら、
(……少し厳しいな)
際どい、結末がどうなるかは運次第、そのように思えたからだ。
原因は一つ。
総大将であるアランという男の後方に再編されている部隊だ。
騎兵であった連中だと思われる。今は馬には乗っておらず、ただの歩兵になっている。
おそらく、あの部隊は奇襲対策だ。
「……」
自分の位置が掴まれているとは、こうして観察していることがバレているとは思えない。隠密に関して自分は絶対の自信がある。遊撃部隊が森の中を進んで近づいてきたのを感じ取ったのだろう。
あれを単身で突破するのは少々厳しい。
ならば当初の予定通り、夜に仕掛けるか、または味方の合流を待つのが無難。
このあとの展開は予想がつく。
狂戦士達は溝だらけの陣地を侵食し、制圧前進を続けている。
完全制圧する前に狂戦士達は全滅するだろうが、魔王はその直後に演奏を変え、狂戦士では無い後方の部隊を前進させるはずだ。
そうなると今以上の撃ち合いになる。今よりも正面方向に戦力が集中するはずだ。
好機があるとすればその時。それでも駄目ならば夜か味方を待つ。
「……」
そこまで考えたところでオレグは目を閉じ、その場に座りこんだ。
警戒と連絡用の虫を展開し、意識を沈める。
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