Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(7)

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   ◆◆◆

「な?!」

 直後、それを感じ取ったザウルは建物の方に振り返った。
 感じ取ったのだ。ある兵士の魂が天に昇らず、その場で虫の集合体になったのを。
 そしてその集合体が首の無い体に取り憑いたのを。
 そしてどうなったかは既に目に映っていた。
 建物の奥にある兵糧に火が点けられている。

「くっ!」

 そしてザウルは反射的に走り始めた。
 まだ燃えているのは表面だけ。狼牙で炎を吹き飛ばせば半分は確保出来るはずだ、と。
 ザウルの影が陽炎を纏い、高速で流れ始める。
 その背に向かってガストン達が一斉に炎を発射。
 上半身を捻り、後ろに伸ばした左手から産み出した防御魔法でそれを受けるザウル。

「ぐぅぅっ!」

 しかし盾よりも赤い蛇の口の方がはるかに大きい。
 痛みと共に肉が焦げる匂いがザウルの鼻をつく。
 だが、ザウルはそれでも盾を嵐に変えて蛇を払おうとはしなかった。
 そのまま炎に押されるように入り口を抜ける。
 そしてようやく、ザウルは赤い蛇の口に向かって向き直り、右拳を脇の下に構えた。
 しかしザウルの狙いはその赤い喉奥では無かった。
 ザウルは姿勢を低くしながら防御魔法を手前側に傾け、

「破ッ!」

 右拳を脇の下からすくい上げるように振り上げた。
 蛇の顎を跳ね上げるような一撃。
 防御魔法を貫き、そして生じた嵐が蛇の頭を切り刻みながら上へ舞い上げる。
 そして嵐は赤い蛇の残骸を纏ったまま、入り口の上にある壁に食い込んだ。
 火の粉と共に瓦礫が崩れ落ち、ザウルの前に積み上がる。

「!」

 そして完成した瓦礫の壁に、ガストン達はその足を止めざるを得なかった。
 ガストン達が立ち止まったのを感知で確認したザウルは即座に反転して燃え始めた兵糧の方へ。
 急がなければならなかった。
 踏み込みの勢いを乗せた狼牙を兵糧に向かって放つ。
 そしてザウルはすぐさま後方に地を蹴った。
 なぜか。
 その理由は直後に訪れた。
 直前までザウルが立っていた場所が閃光に包まれる。
 緩慢とした時間の中にいるザウルの目はそれを捉えていた。
 上から三日月が降ってきたのを。
 そして床で砕けた三日月は嵐となって広がった。
 下がりながらの小さな狼牙の連打でこれを受ける。
 そして安全圏まで後退したと同時に、ザウルは大きな防御魔法を展開した。
 嵐の発生源に向かって狙いを合わせる。
 ザウルは感じ取っていた。
 嵐の中に飛び込むかのように、自分が初侵入する際に作った天井の穴から舞い降りてきた者がいることを。
 目にも映っている。嵐が残した粒子のせいでおぼろげだが、輪郭が見える。
 ザウルはその輪郭に向かって、

「せぇやっ!」

 気勢と共に狼牙を放った。
 が、ほぼ同時に、

「斬ッ!」

 ザウルの気勢を覆い消すかのように、裂帛の声が目の前から響いた。

「!」

 瞬間、ザウルは感じ取った。
 声の主が気勢と共に動いたのを。
 腰の得物を水平に振りぬいたのを。

「っ!」

 そしてザウルは反射的に左に地を蹴った。
 三日月が放たれる、そしてその威力はこちらの狼牙を貫通してくるほどのもの、それを読み取った上での回避。
 であったが、

「!?」

 直後、ザウルは驚きに表情を強張らせた。
 三日月が突然「ぐにゃり」と歪み、弾けて嵐に変わったのだ。
 しかしそうなることは分かっていた。
 問題はその軌道。
 左に避けた自分を追ってくるかのように曲がったのだ。

「くっ!」

 小さな狼牙の連打で迎え撃つ。
 だが全ては打ち落とせない。
 漏らした蛇がザウルの体に赤い噛み痕を残していく。
 というよりも、致命にならない蛇はあえて噛ませていた。
 大きな動作が、威力のある狼牙が必要だからだ。
 痛みの中で一匹の蛇がザウルの目元をかすめる。
 しかしザウルは目を閉じなかった。
 なぜなら既に相手は目の前。
 放った三日月を追いかけるように距離を詰めてきたその相手は、

「鋭ィッヤ!」

 踏み込みの勢いを乗せた居合いを放ち、

「でぇやっ!」

 ザウルはそれを同じ裂帛の気合で迎え撃った。
 三日月を乗せた斬撃と狼牙がぶつかり合う。
 濁流がぶつかり合い、そして混ざる。
 そしてそれは一つの嵐となって射手である二人まで飲み込もうとしたが、

「「せぇええやっ!」」

 二人はぶつかり合いの反動を利用して飛び退きながら、食らいつこうとする蛇を叩き払い、斬り払った。
 双方の足が同時に止まり、嵐が消え去る。
 そしてザウルは相手と目を合わせながら思った。

(こいつ、できる!)

 相手はかなりの強者だと。
 そしてそれは相手にとっても同じだった。
 相手はザウルのことを次のように評価していた。

(纏いカマイタチの達人か)と。

 互いの意識の線が交わり、相手を賞賛する想いが伝わる。
 ゆえに、

「狼のザウル!」

 ザウルは名乗り、

「水鏡流、雲水」

 雲水もそれに応えた。
 そして雲水の声が響き終わったのが次の合図となった。
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