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最終章

第五十四話 魔王上陸(9)

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   ◆◆◆

 同時刻、屋根の上には多くの影が舞っていた。

「いたぞ! 撃て!」

 屋根上の狙撃兵達がその疾走する集団に向かって光弾の横雨を放つ。
 されど当たらない。
 舞うのは血では無く、砕けた屋根瓦のみ。
 だが、回避行動のせいで進行速度が下がる。
 それを良しと思わなかった一つの影は反撃しようとしたが、

「相手にするな!」

 隊長であるキーラはその手を諌めた。
 目指すは大通り。こいつらの相手をしている暇は無い。既に先行部隊が戦闘を開始しているのを感じる。
 が、直後、

「ただし!」

 と、キーラは例外を述べた。

「前に立つものは別だ!」

 声と共に光る右手を正面に突き出す。
 そして放たれたのは大量の糸。

「!」

 それが電撃魔法であり、どういうものであったか知っていたがゆえに、正面の部隊は驚きはしたが即座に対応した。
 覆いかぶさってくる糸の束に向かって防御魔法を展開する。
 しかしこれは相手の手をふさぐための牽制。
 それに気付いたがゆえに、狙撃兵の一人は叫んだ。

「突っ込んでくるぞ!」

 最前の兵士が正面に大盾を構える。
 しかしキーラは止まらず、その壁に対して、

「破ッ!」

 踏み込みの勢いを乗せた左掌打を叩き付けた。
 その衝撃に吹き飛ばされた兵士が後ろにいる仲間を巻き込み、将棋倒しになる。
 そして生じた隙間をキーラは見逃さなかった。

「疾ッ!」

 集団の中に潜り込むように、隙間を縫うように踏み込みながら伸ばした左掌打の代わりに右手を突き出す。
 そして展開されたのは糸を纏った防御魔法。
 キーラは突き出した光の傘で細い隙間を強引に押し進みながら、通りすがった敵に対して糸を絡み付けていった。

「「「っ!?」」」

 電流に兵士達の身が硬直する。
 今だ、と指示するまでも無かった。
 既に部下達はそれぞれ思い想いの型で動けなくなった狙撃兵達に対して踏み込んでいた。

「ぁぐっ!」「うあっ!?」

 繰り出された突き、手刀、蹴りが光る嵐のようになって兵士達を飲み込む。
 その一方的な蹂躙は、さながら肉食獣の群れが草食動物を襲っているかのようであり、かつて「狼」の者達が見せた「狼牙の陣」のようであった。
 それは間違いでは無かった。
 キーラが引き連れている部隊は「狼」と「豹」の混成部隊であった。
「豹」の一族は「狼」のような入り乱れる戦い方を得意としていない。
 だが、長い戦いの歴史の中でどうしても連携を取る必要が生じた。
 ゆえに、「豹」は「狼」と共に訓練を積む機会を設けるようになった。そして「豹」は「狼」と共に牙の陣を描くことが出来るようになったのだ。
 凄絶な嵐と共に血しぶきが舞い、風に乗る。
 そしてキーラはその赤みを帯びた風を追いかけるように屋根を蹴った。
 大通りはもうすぐそこ。
 しかし既に急ぐ理由の「半分」は失われている。
 だが残った半分の理由だけでも急ぐ価値がある。
 だからキーラは飛び出すように、大通りの屋根から通りを見下ろした。
 顔を出したのとほぼ同時に、迎撃の光弾と矢が下からキーラを襲う。
 その歓迎を横に、そして上に避けながらキーラはじっくりとそれを眺めた。
 ここが列の最後尾。
 物資という金脈が連なった列。
 相手が考えていることは単純。読むまでも無い。
 これは市民のことを考えた善意だけの避難行動では無い。
 もぬけの空になったこの街に我々を閉じ込め、兵糧攻めを仕掛けるつもりなのだ。
 そして仲間の死体が、先に突撃した先行部隊の亡骸があちこちに見える。
 彼らも我等と同じ戦士の一門。雑魚では無い。
 しかしそんな彼らがこのように早く全滅したという事実、それはこの列の中のどこかに強者がいるということを示している。
 だがそれは僥倖ともいえる。
 こんな乱戦になりやすい場の中に、背後をつきやすい戦場に強者が残っていてくれているのだから。
 だからキーラは声を上げた。

「全員突撃! 思うが侭に武功をあげよ!」

 大きな首級がこの中にいる、見事討ち取って名を上げてみせよ、そんな思いを込めて。
 影のうちの何人かが、新人達が手近な獲物に向かって群がる。
 しかしキーラと他の熟練者達はそれを全て無視して屋根の上を走り続けた。
 最初にやるべき仕事があるからだ。
 まずはこの列の足を鈍らせなければならない。
 そのためには列の前方を叩いて渋滞を起こせばいい。
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