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最終章

第五十四話 魔王上陸(1)

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   ◆◆◆

  魔王上陸

   ◆◆◆

 一ヵ月後――
 アランの統一宣言からちょうど一年の時が過ぎた頃、冬に突入した白き帝国に変化が訪れていた。

「『あれ』の調子はいかがですか? 魔王様」

 そしてその変化の源を身近で感じていたオレグはそれを尋ねた。
 これに魔王は笑みを浮かべながら質問を返した。

「どうした? 気になるのか?」

 オレグは頷きと共に口を開いた。

「ザウルやキーラの訓練の時間を減らしてまで手塩にかけておられるので……どのような調子かと気になった次第」

 魔王は笑みをそのままに答えた。

「順調だ。これ以上無いほどにな。だから嬉しくなってついつい手をかけてしまう」

 ここまでは予想通りの答えであった。そもそも、オレグは知っていた。
 だからオレグは本題入った。

「では、次の春にでも?」

 そして魔王はオレグが知りたいことを、おおまかな決行日について答えた。

「そうだ……と言いたいところだが、船の建造が遅れている。おそらく夏頃になるだろう」

   ◆◆◆

 同時刻――

「じゃあリーザ、もう一度頼む」

 アランは実験をしていた。
 頼まれたリーザが頷きを返し、何度目かになる赤い弾を放つ。
 そして赤い槍から生じた衝撃波が、少し離れたところに設置されていた大盾を撫でた。
 爆発音に混じって金属が軋む音が響く。
 その音を聞きながら、アランは自分の仕事の結果に対して納得の感想を述べた。

(やはり槍からこれぐらい離れていれば耐えられるか。設計通りだな。だが、『あいつ』の魔法の威力が前回よりも上がっている可能性もある。もう少し重くしてもいいか、ディーノに聞いておくか)

 これは次の対ラルフ戦を意識した盾の耐久試験であった。
 そしてこれでアランが望む結果は得られた。必要な試験は終わった。
 が、

「では、次は俺のほうに頼む!」

 盾からさらに少し離れた位置から、バージルの声が響いた。
 今日はディーノの大盾の耐久試験だけのつもりであった。
 のだが、それに生身の盾が、バージルが便乗していた。
 そしてそのバージルの声に対し、リーザはいぶかしげな表情を浮かべた後、アランに尋ねた。

「……本当にやるの?」
「……」

 アランは即答出来なかった。
 だが、やはり興味はあった。
 だからアランは、

「……爆発させる位置はさっきと完全に同じにしてくれ。そうすれば、あの距離ならば大丈夫だろう」

 と答えた。

「……」

 リーザはすぐには動かなかったが、

「……死んでも知らないから」

 私に責任は無いと言った後、槍を投げた。
 衝撃波が轟音と共にバージルを飲み込む。

「ぅおぉっ!?」

 防御魔法が吹き飛び、バージルの巨体が後ろに倒れる。
 それは予想した通りの結果であったが、アランだけは違うところに目を向けていた。

(やはり防御魔法の表面膜、おそらくディーノのものと同じそれは衝撃波にはほとんど無力だな)

 そしてアランは(だが、)と言葉を続けた。

(光っている中身は少し違う。小さな何かが衝撃波を押し返しているな)

 アランの感知力はさらに冴え、光の自由粒子の見分けすらつくようになっていた。
 光弾は空気中でいつかは霧散する、という現象から分かるように、光弾は自由粒子を空気に奪われる。
 当然、奪った側にはそのエネルギーが伝わるので衝撃が起きている。ゆえに光弾は霧散する際は大きな波を発する。
 しかしゆえに衝撃波を防御魔法で防ぐことは難しい。
 光の自由粒子は使い手も傷つけるからだ。手前側に押し返された自由粒子が何らかの原因で盾の裏側の防御膜を突破すれば、惨事になる可能性がある。
 アランはそこまで気付いた。
 同時にひらめいた。
 だからアランはそれを叫んだ。
   
「バージル! 先よりも小さな盾で受けるように意識してみてくれ!」

 なぜ、その理由を心の声で送っていたゆえに、バージルは即座に従った。
 上半身をぎりぎり隠せる程度の防御魔法を構え、その後ろに出来るだけ体が隠れるように姿勢を低くする。
 そしてしばらくして準備が出来たことをバージルの心の声で確認したリーザは、赤い槍を再び放った。

「っ!」

 しかし結果は先と変わらなかった。盾が消し飛び、そして巨体が倒れた。
 が、アランだけは気付いた。
 盾の持続時間が盾の大小にかかわらずあまり変わらなかったことを。
 気付くきっかけはリーザの記憶の中にあった。
 かつて、リーザはクラウスと対戦した時、ほぼゼロ距離での爆破を何度も防御魔法で受けていた。
 爆発魔法の発射と防御魔法の展開がほぼ同時の場面が何度もあった。
 だが、防御魔法の形成の時間にかかわらず、結果はあまり変わらなかった。
 その理由を、アランは心の中で言葉にした。

(やはり手元の部分は強度が高いな……)

 しかしなぜだ? そう思ったアランは一人で実験することにした。
 左手で防御魔法を展開する。
 アランは上半身を覆い隠すくらいにそれを広げた後、徐々に小さくしていった。
 そして手のひらほどの大きさになったところで気付いた。

(これは……)

 光魔法が「整列」していることを。
 なぜだ、なぜ手の平のそばだけこうなる、アランは原因を探した。
 それはすぐに見つかった。
 手の平の中で電子が輪を描いていた。回転していた。
 それは人類が共通して持つ電撃魔法の素質の一つであった。
 かつて雲水が見せた技と、飛び道具の三日月を電撃魔法で安定させたのと同じである。光魔法を磁化させているのだ。
 光魔法も電子を持っている。なので電子の回転によって生じる磁場に影響を受ける。
 しかしそのままでは簡単には磁化しない。そんなことが容易に起きるのであれば脳内で電子と一緒に扱えない。
 光魔法の磁化にはもう一つの工夫が必要であった。
 それは熱。炎魔法である。
 熱も物質の磁化をうながすことが出来るのだ。我々の世界にも同じ現象が存在する。熱だけで金属を磁化させることが出来るのだ。
 されどこの整列はきわどい。
 なぜなら、熱エネルギーによって光粒子が自由化しているからだ。それらが暴れまわるため、隊列は振動してしまっている。
 だが、それでも光魔法の核がみな同じ方向を向いているため、自由粒子が発射される方向にはある程度の規則がある。
 そしてそれがまさに盾の形の秘密であった。
 光魔法が同じ方向を向いて整列しているがゆえに、自由粒子が発射される方向にかたよりが、ある程度の規則性が生まれるのだ。振動の方向にも規則性がある。
 アランはいま、防御魔法を展開している手が左右上下に揺れているような感覚を覚えている。
 しかしその感覚に前後はほとんど無い。
 これが防御魔法が丸型の盾になる理由。
 手から波紋が地面に対して垂直な形で広がっているのだ。
 アランはそこまで気付いた。科学的な論理まで理解したわけでは無かったが、光魔法の安定化には電子と炎魔法の助けが必要であることは分かった。
 だから同時に少し落胆してしまった。

(バージルの盾の強度を上げる工夫に繋がるかと思ったが……これだけだとバージル自体の炎魔法の制御力次第ということに……)

 バージル自身に努力してもらうしかない、アランは一瞬そう思ったが、

(いや待てよ、ならば……)

 アランは新たなひらめきを得た。
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