Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十三話 己が鏡と共に(1)

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   ◆◆◆

  己が鏡と共に

   ◆◆◆

 一方――
 アランと別れたサイラスは船に乗り、風と波を頼りに西へ進んだ。
 そして一ヵ月後、サイラスとフレディは和の国に到着。
 我々の世界でいうところの青森にある下北半島の港で二人は数日の休息を取った後、船で陸伝いに南下。
 そのまま和の国を西へ迂回し、我々の世界でいう台湾を抜けた。
 そして大陸にある貿易港の一つにサイラスとフレディがようやく足を降ろす頃には、アランの統一宣言から一月半の時が過ぎていた。

「はああ~~~っ」

 船から降りたフレディは開口一番、うんざりとした表情で長いため息を吐いた。
 その顔は少し青く、酔っているようであった。
 口元にはまだ嘔吐の跡が残っている。
 しかしフレディは少しでも自分を元気付けようと、しっかりとした足元の感触を懐かしみながら大げさに声を上げた。

「やっぱり揺れない地面はいいなあ!」

 そしてフレディは後ろにいるサイラスの方に振り返り、笑みを浮かべながら口を開いた。

「もう船は一生分楽しみましたよ。正直、二度とごめんですね」

 しかしその笑顔はぎこちなく、ひきつっているようにしか見えなかった。

「はは……っ」

 だからサイラスは同じひきつった笑みを返し、口を開いた。

「ここで少し休憩した後、出発するぞ」

 これにフレディは頷きを返し、尋ねた。

「予定通り、北ですね?」

 サイラスは同じ頷きを返しながら答えた。

「そうだ」
 
   ◆◆◆

  その夜――

「大将、起きてますか?」

 そろそろ寝るか、そう思えるほどに夜が静まった頃、部屋にフレディの声が響いた。

「ああ、開いてるぞ」

 そしてサイラスが返事をすると、酒瓶とグラスを持ったフレディが入り込んできた。
 サイラスはフレディの考えを既に感知出来ていたがゆえに、それを見るよりも一瞬速く口を開いた。

「おいおい、酔いなら船の上で十分楽しんだだろう?」

 その言葉に、フレディは笑みを返しながら答えた。

「あんな悪酔いじゃあ寝られませんよ。良い酒で酔い直さなくちゃ」

 サイラスは同じ笑みを浮かべながら琥珀色の液体が注がれたグラスを受け取り、一口含んだ後、口を開いた。

「で? 何を聞きたいんだ? 話があるんだろう?」

 フレディの用件は既に感知出来ていた。しかしサイラスはそれでもあえて尋ねた。
 そして直後にフレディの口から出た言葉は、サイラスが読み取った通りの文面であった。

「そろそろちゃんと話してくださいよ。魔王の国に行く理由を」
「……」

 やはりサイラスは即答出来なかった。
 しかし話してもいい、話すべきだ、そんな思いがサイラスの口をゆっくりと開かせた。

「……前にも話したように、まず第一の理由はアランから離れたいからだ。アランの玉座を奪い取りたい、そんな許されない欲望が湧き上がってしまうからだ」

 サイラスはまずその第一の理由について詳しく語り始めた。

「私の魂に人格は無い。つまりその欲望は本能が生み出しているものであり、理性からは干渉出来ないようだ。言い換えれば、私の本能は理性よりも強い権力を持っている、そんな力関係にあるようだ」

 これは正解では無かった。
 サイラスの行動原理、性質は単純な多数決で決められていた。
 サイラスはまだ第四の存在について知らない。
 つまり、今の己の在り方について否定的なのは理性だけで、本能と第四の存在は現状維持で賛成であるということだ。
 だが、第四の存在の意見は傾き始めている。
 つまり、サイラスの性格は将来大きく変わる可能性があった。
 しかしサイラスはそんな自分だからこそ今があるということも理解していた。

「……されど、悪いことばかりでは無いのだ。収容所時代、私は恨み辛みだけで教会を倒そうと思ったわけでは無い。嫉妬もあった。楽をしている連中を引き摺り下ろして自分がその席に座ってやる、そんな思いを糧に行動していたことは否定出来ない」

 そしてサイラスは己の改善すべき点も理解していた。

「……だが、この感情は誰にでも、何にでも向けてよいものでは断じて無い。アランのような、善良な人間に向けるべきでは無い」

 サイラスは気付いていない。
 それが第四の存在による提案であることを。気付かれないように理性に渡されたメッセージであることを。
 ゆえにか、サイラスは己の言葉に満足したかのように薄く笑いながら言った。

「話し相手にお前を選んだのはやはり正解だったかもしれない。誰かに話したいと、相談したいと心のどこかで思っていたのかもしれない。私の本能や魂は何も答えてはくれないからな」

 そう言った後、サイラスは「第二の理由」について語り始めた。

「……しかし、その心持たぬ魂が時々喋るのだ。影の脅威について考える時、私が知りえないはずの情報を出すのだ」

 そしてサイラスは語り始めた。
 それは己の過去であった。

「私の始まり、それは馬小屋だ。……そう思っている」

 しかしその語り出しは曖昧なものであった。
 サイラスははっきりとしないまま続けた。

「私は奴隷の両親から馬小屋の中で生まれ、そして育った。……そのはずだ」

 サイラスは言葉が曖昧になる理由を述べた。

「しかしその記憶の中に、奇妙なものが混じっているんだ」

 それは何か、サイラスは尋ねられるまでもなく答えた。

「女だ。十代、いや、二十代前半くらいの」

 その女が何なのかフレディは感じ取るまでも無く察し、口を開こうとしたが、それを遮るようにサイラスは語り続けた。

「だがおかしいのだ。その女が出てくる映像は、その背景はどれも馬小屋とは噛み合わないのだ」

 サイラスは自然とうつむきながら、テーブルに視線を落としながら続けた。

「それでもその女は姉か、親しかった赤の他人か、そう思いこむようにしていた。しかしそれが間違いであることを私は知った。シャロンと戦ったあの日に!」

 なぜだか、サイラスの口調は荒々しくなっていた。

「シャロンとその女はまったく似ていない。明らかに別人だ。しかし同一人物だと、私の魂が確かにそう言ったのだ!」

 そしてサイラスはさらなる叫びを添えた。

「それだけじゃない。魔王もだ。会ったことも、見たことも無いのにだ!」

 あの時、リーザの本能は言った。
「魂だけが有する記憶もある」と。
 今の人類の魂には人格が無いものが多い。
 しかし機能の一部はいまだに残っており、そして働いている。
 では記憶は、この機能は何のために残っているのか。
 それは警告である。
 これは忘れてはならないという、魂の叫びである。
 そしてその叫びの多くは無念が込められている。
 なぜなら、その記憶は実際にどこかの誰かが経験したものであり、非業の死を迎えたものが多く、その原因や過程の一部を示したものなのだから。

 そしてそれが今のサイラスを突き動かしているもの。

 今のサイラスはかつてのリーザと似ていた。
 理性が最前で指揮を振るう将軍であり、本能がそれを影から補佐する参謀。魂は心持たぬ機械。そして第四の存在が設計者であり、運命を共にする民だ。
 リーザとは違い、サイラスの本能はいまだ沈黙を保っている。
 だからサイラスに頼れるものは一つだけ。魂から得られる断片的な情報のみ。
 今のサイラスはこのおぼろげな地図を頼りに足を進めるしかないのだ。
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