上 下
524 / 545
最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

最終話 主が戻る 人よ思い出せ 古き恐れを(16)

しおりを挟む
 ヘルハルトは天を仰ぐようにすべての腕を広げながらそう叫んだ。
 直後、

「無事か、シャロン、キーラ!」

 兵士達を引き連れたルイスの声が、シャロンの後方から響いた。
 しかしその声に応える余裕がシャロンにもキーラにも無かった。
 その理由はヘルハルトからの激しい攻撃の対処だけでは無かった。
 とんでもない量の魔力がヘルハルトの胸部に集中するのを感じ取れていたからだ。
 それはルイスも感じていた。
 だからルイスはシャロンの後ろに立つと同時に尋ねた。

「なにが起きてる?!」

 この問いにも答えられなかった。わかるわけが無かった。
 唯一できることは身構えることだけだった。
 そしてルイスの問いから間も無く、答えは提示された。始まった。
 ヘルハルトは自分を抱きしめるようにすべて腕を胸に回したあと、勢いよく胸を前に突き出しながら腕を大きく開いた。
 その胸を突き出す動作に合わせて、中にためられていた魔力が一斉に閃光となって放出された。

「「「!!」」」

 木々の茂みによる影がすべて白く照らされるほどの強い閃光が広がり、周囲を包み込む。 
 それは悪魔的な福音であった。
 照らされた瞬間にシャロン達は感じた。
 圧倒的な幸福感が勝手に湧き上がってくる。
 まるで母に優しく抱かれているような感覚。
 幸福感に引きずられるように、幸せな思い出が記憶の引き出しから勝手に飛び出してくる。
 周囲に集まってきた兵士達も同様であった。
 圧倒的なその感覚に手と足が止まってしまっていた。
 ここに何をしにきたのか、それを突然忘れてしまったかのように。
 涙を流している者すらいた。
 そこへ容赦無くヘルハルトの精霊が襲い掛かる。
 兵士達の一部は棒立ちであった。
 棒立ちの兵士達はそれを攻撃だと認識すらしていなかった。
 ヘルハルトが放った精霊はこれまでのものとは違っていた。
 大きな羽を持つ人間の姿をしており、まるで天使のようであった。
 天使は棒立ちの兵士を両腕で抱きしめ、その大きな羽で包み込んだ。
 天使達のその行動を止める余裕はシャロンには無かった。
 キーラを守ることと、デュランへの援護で精一杯であった。
 そして少なからずシャロンも影響を受けていた。
 これは精神攻撃だ、そうわかっていても声を上げられなかった。
 もしかしたら戦う必要は無いのではないか、善い共生関係が築けるのでは無いかとすら考えてしまう。
 思わず攻撃の手が止まりそうになる。
 いや、少しずつだが緩み始めていた。
 体から勝手に力が抜けていく。
 勝手に引き出される幸福な記憶の中には、快楽の思い出も含まれていた。
 サイラスとの思い出がシャロンの心に熱を与え、体から力を奪っていく。
 まるで甘美で妖艶な夢の中にいるよう。
 このままではいけない、理性ではそうわかっていても抗えない。
 隣にいるキーラも同じであった。
 今は亡き恋人との思い出に責められていた。

((もう、ダメ――))

 そしてシャロンとキーラが屈しかけた瞬間、

「二人とも気を確かに持て!」

 ルイスの呼び声と共に、黒いムカデが二人の体に巻き付いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...