Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

最終話 主が戻る 人よ思い出せ 古き恐れを(11)

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 そしてベアトリスは感じ取った。
 背後の水たまりから何かが飛び出してくるのを。
 周囲の戦士達には見えていた。
 水たまりの中からクトゥグアが飛び出てたのが。
 大きく腕を広げてベアトリスの背中に抱き着こうとしているのが。

(回避を――!)

 ベアトリスは最大の高速演算をもって生への道を探していたが、見つからなかった。
 右から来ると感じた瞬間に、足は逆方向に地面を蹴ってしまっていた。
 方向転換も迎撃も間に合わない。
 死――その暗い感覚が怖気となって背中を昇る。
 その感覚によってベアトリスは気づいた。
 なぜわたしは『右』だと思ったのだろうか、と。
 確定できる判断材料は無かった。
 まるで誰かに吹き込まれたかのように言葉が浮き上がってきた。

「!」

 だからベアトリスは答えに辿り着いた。
 ナイアラだ。
 いつの間にか姿が見えなくなっている。あいつに攻撃されたのだ。
 やられた――やられる――ベアトリスの心は絶望に染まり始めた。
 周囲からの援護も期待できない。
 並の速度の飛び道具では間に合わない。
 だが一人だけは、アルフレッドだけは例外だった。
 直後にアルフレッドの心の叫びが響いた。

“墨走り・一点黒穿!(すみばしり・いってんこくせん)”

 叫びと共にアルフレッドは右の刃を突き出した。
 剣先から一筋の光が伸び走る。
 それは、他の国で「閃光魔法」などと呼ばれている技であった。
 閃光のように細く速い。
 しかしアルフレッドが放ったそれは黒が混じっており、灰色に見えた。感知能力者にはそう感じられた。
 これは精霊を混ぜたアルフレッドならではの応用技。
 元の技と何が違うのか、それは直後に明らかになった。

“なっ!?”

 直撃の衝撃によろめきながら、クトゥグアが驚きの声を漏らす。
 クトゥグアが驚いた理由はその攻撃の速さによるところが大きかったが、もう一つ別の部分にも驚いていた。
 炸裂と同時に閃光の中から魚の精霊が、いや、顎だけが異常に大きい魚のような怪物に変形したからだ。
 クトゥグアの体に食らいつき、体を激しく揺らしてえぐり穿とうと(うがとうと)する。
 だが、穴が開く前に魚の体は燃え尽きた。
 クトゥグアの被害は無視できるほどに軽微であったが、それでもクトゥグアの意識はアルフレッドに向いた。
 アルフレッドの背後にある水たまりに意識を移す。
 いや、移動させたというのは正しい表現では無かった。
 すべての水たまりの中にクトゥグアの意識が眠っており、別の水たまりの意識を起こして自身は眠りに落ちただけだ。
 だが、傍目には瞬間移動したように感じられる。
 そしてアルフレッドはこの移動に反応できていた。
 振り返ると同時に二刀二閃。
 描かれた十字と共に繰り出された白い光のつむじ風が飛び掛かってきていたクトゥグアを吹き飛ばす。
 吹き飛ばされながらクトゥグアはナイアラに向かって声を響かせた。

(何をしているナイアラ! ちゃんと援護したまえ!)

 返事は即座にきた。

(すまないがいつでも出来るわけでは無いんだ。だから事前にこちらの合図を待てと言っただろう?)

 クトゥグアは苛立ちを隠しながら丁寧に尋ねた。

(なぜ出来ないか教えてもらえるかな?)

 ナイアラも同じように丁寧に説明した。

(単純だ。私の精霊は通常の感覚では認識できないほどに小さい。だからもぐりこむのは簡単だ。だが、簡単なのはそこまで。体内では勝手が違う。体の中にある免疫はこちらを認識できるからだ。免疫に捕まれば異物として排除される。だからいつでもどんなことでも確実にというわけでは無い。そんなことが出来るのであれば私はとっくにこの星の人間をすべて支配できている)

 そしてナイアラは(上手く援護できなかった理由はもう一つある)と、言葉を続けた。

(アルフレッドの抵抗力は他の者達とは比べ物にならないくらい高い。過去に彼の体を一度乗っ取れたのは、事前に準備しておいた大量の精霊を使ったからだ。だが今の手持ちでとなると……少々きびしいかもな。だからアルフレッドばかり狙うのはあまりオススメしない。他の連中なら問題無い)

 この言葉にクトゥグアは(役立たずめ)と、思わず言いそうになった。
 そんな荒れたクトゥグアの心を静めようとするかのように、ナイアラはアドバイスを送った。

(相手を激しく動かすといい。血流を速くするんだ。そうすれば攻撃の成功率が上がる。脳に辿り着く可能性が上がるからな)

 ナイアラは(ああ、それと)と、言葉を付け加えた。

(この場はあまり派手に燃やすなよ。川を挟んでいるしそこそこ距離もあるが、大火事になったらもしもの可能性が出てくる)

 その忠告はクトゥグアをイラつかせただけであった。
 だからクトゥグアは、

(わかっている!)

 と、荒い声を返した。

 ナイアラは平気な顔で嘘をついていた。
 クトゥグアが自分の精霊をまともに感知できていないことにナイアラは気づいていた。痕跡をたどるなどの、遠まわしな手段しか持っていないだろうと判断していた。
 今の手持ちの精霊でもアルフレッドの判断を狂わせることはできる。
 そうしない理由は当然、アルフレッドを殺してしまうのはまだ惜しいと考えているからだ。
 そしてクトゥグアがこの嘘の証拠を掴める可能性はこの場ではゼロだとナイアラは判断していた。
 なぜなら、いまクトゥグアと話しているナイアラの意識を探っても証拠は何もでてこないからだ。
 これは人形なのだ。離れたところにいる小さな精霊の集合体がナイアラの意識の本体。いま声を響かせているナイアラは指示された通りに喋っているだけなのだ。
 だが、嘘ばかりでは無かった。血流の話は真実であった。
 嘘の中に真実を少し混ぜるとだましやすいということを知っているからだ。
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