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最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む
最終話 主が戻る 人よ思い出せ 古き恐れを(10)
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はじめしての直後に放たれた別れの挨拶と共に、クトゥグアの体は突然燃え上がった。
クトゥグアの全身が火柱に包まれる。
しかし炎の激しさはすぐに弱まり、人の形が認識できるほどに落ち着いた。
だが伝わる熱量は変わらない。離れているのに肌が焼けそうなほどに熱い。
そして炎は生きているかのように、軟体生物のように動き始めた。
クトゥグアを守ろうとしているかのように、その体を丁寧に覆っていく。
それは炎のドレスを身に纏うかの如くであった。
そしてクトゥグアはその熱い着替えと同時に、持ってきた雲を、精霊の集合体を吸収し始めた。
霧を勢いよく吸い込むように、鋭く速く吸収していく。
そして取り込んだ精霊が体の中で暴れているかのように、クトゥグアの体はふくらみながら歪み、震えながらねじれていった。
人の形が一瞬で失われるほどの変形速度。
にもかかわらず、顔だけは常に認識できた。
激しく揺れながら歪んでいる。なのになぜか表情まで認識できた。
馬鹿なありえない。人の顔と認識できるものでは無い。理性はそう言っている。
しかしなぜかわかる。歪んだ形の中に顔がぼんやりと浮かび上がっているように感じる。
笑っている。クトゥグアの笑顔が心に貼りつけられている。
精神汚染を受けている。もう攻撃が始まっている。
アルフレッドがそのことに気付いた瞬間、クトゥグアは無邪気に思念を響かせた。
“這いずり這い寄り焼き尽くす、バーンシュラウド・グラウンド!”
声が少し上擦るほどの無邪気さと共に、クトゥグアはかろうじて人と認識できるほどに形を取り戻し、上体を深く前に倒して両手を地面に叩きつけた。
手から赤い液体のようなものがあふれだし、地面の上を流れ始める。
ふくらんだ体が急速にしぼんでいき、周囲に赤い水たまりが広がっていく。
しぼむにつれ、クトゥグアの体は元の美しい形を取り戻していった。
しかしその見た目は裸体になっているように見えた。色は赤の一色だけだが、あまりにも輪郭が生々しかった。
クトゥグアはその生々しさを妖艶に見せつけようとするかのように背をそらし、顎を上げ、胸元を強調した。
そのまま膝をつき、女豹のような姿勢へ。
そしてクトゥグアは胸元を強調したまま、身をくねらせ、地面の中に沈むように溶けていった。
だが、全身は沈まなかった。
腕の肘から先だけは残った。手招きするように赤い水面から伸びていた。
赤い水面がざわつき始め、波打ち始める。
燃える水面の下で何かが暴れだしたかのように。
それはすぐに飛び出してきた。
いや、生えたと表現したほうが正しかった。
腕、腕、腕、数えきれないほどの大量の腕。
すべてが艶めかしく(なまめかしく)、手招きするように揺れている。
間も無く、それは動き出した。
赤い手が地面の上を這い進む。
これに対し、アルフレッド達は既に迎撃の準備ができていた。クトゥグアが変形し始めた瞬間に準備を始めていた。
最初に響かせたのはアルフレッドだった。
(重ね大十文字十三連ッ!)
ほぼ同時にベアトリスも槍を突き出し、光の濁流を放つ。
他の戦士達もそれぞれの最大火力を繰り出す。
うねる濁流の動きがわからなくなるほどに、場が白く染まる。
その白さの中でもベアトリスの感知能力は正確に状況を捕らえていた。
クトゥグアと名乗った赤い波は止まっていない。敵の姿勢が低すぎる。こちらの攻撃の多くが地面で跳ね返ってしまって効果が薄くなっている。
だからベアトリスは白い光の中に声を響かせた。
「下がって!」
その警告に従い、アルフレッドが後方に地を蹴ると、直後に白の中から赤い手が飛び出してきた。
光が消え、池のように大きい赤い絨毯が姿を現す。
そこから伸びる無数の赤い手が地面の上を這い進んでくる。
見た目からは想像できない速さ。
アルフレッド達が後退しながら飛び道具を当て続けるが、赤い池の勢いは弱まる気配が無い。
間も無く、赤い池に変化が起きた。
いくつもの小さな赤い水たまりに分裂し、それぞれが別の人間を狙い始めた。
中には回り込みを狙う動きを見せる水たまりもあった。
そしてある水たまりから声が響いた。
“愛って素晴らしいと思わない?”
このような状況下であっても意識が引かれる妖艶さがその声にはあった。
直後に別の水たまりから同じ声が響いた。
“私は愛こそ至高であり究極の感情だと思ってる。体を使った愛情表現なんて感動すら覚える”
それはベアトリスの近くの水たまりから響いたように思えた。
瞬間、
(こっち?!)
『右』、そのたった一つの単語が脳裏に大きく強く浮かび上がり、ベアトリスの本能に焼き付いた。
だからベアトリスの脳は攻撃が右から来ると処理した。だからベアトリスは右を向いた。
が、直後の声は、
“だから強く抱きしめてちょうだい!”
ベアトリスが構えた方向とは真逆から響いた。
クトゥグアの全身が火柱に包まれる。
しかし炎の激しさはすぐに弱まり、人の形が認識できるほどに落ち着いた。
だが伝わる熱量は変わらない。離れているのに肌が焼けそうなほどに熱い。
そして炎は生きているかのように、軟体生物のように動き始めた。
クトゥグアを守ろうとしているかのように、その体を丁寧に覆っていく。
それは炎のドレスを身に纏うかの如くであった。
そしてクトゥグアはその熱い着替えと同時に、持ってきた雲を、精霊の集合体を吸収し始めた。
霧を勢いよく吸い込むように、鋭く速く吸収していく。
そして取り込んだ精霊が体の中で暴れているかのように、クトゥグアの体はふくらみながら歪み、震えながらねじれていった。
人の形が一瞬で失われるほどの変形速度。
にもかかわらず、顔だけは常に認識できた。
激しく揺れながら歪んでいる。なのになぜか表情まで認識できた。
馬鹿なありえない。人の顔と認識できるものでは無い。理性はそう言っている。
しかしなぜかわかる。歪んだ形の中に顔がぼんやりと浮かび上がっているように感じる。
笑っている。クトゥグアの笑顔が心に貼りつけられている。
精神汚染を受けている。もう攻撃が始まっている。
アルフレッドがそのことに気付いた瞬間、クトゥグアは無邪気に思念を響かせた。
“這いずり這い寄り焼き尽くす、バーンシュラウド・グラウンド!”
声が少し上擦るほどの無邪気さと共に、クトゥグアはかろうじて人と認識できるほどに形を取り戻し、上体を深く前に倒して両手を地面に叩きつけた。
手から赤い液体のようなものがあふれだし、地面の上を流れ始める。
ふくらんだ体が急速にしぼんでいき、周囲に赤い水たまりが広がっていく。
しぼむにつれ、クトゥグアの体は元の美しい形を取り戻していった。
しかしその見た目は裸体になっているように見えた。色は赤の一色だけだが、あまりにも輪郭が生々しかった。
クトゥグアはその生々しさを妖艶に見せつけようとするかのように背をそらし、顎を上げ、胸元を強調した。
そのまま膝をつき、女豹のような姿勢へ。
そしてクトゥグアは胸元を強調したまま、身をくねらせ、地面の中に沈むように溶けていった。
だが、全身は沈まなかった。
腕の肘から先だけは残った。手招きするように赤い水面から伸びていた。
赤い水面がざわつき始め、波打ち始める。
燃える水面の下で何かが暴れだしたかのように。
それはすぐに飛び出してきた。
いや、生えたと表現したほうが正しかった。
腕、腕、腕、数えきれないほどの大量の腕。
すべてが艶めかしく(なまめかしく)、手招きするように揺れている。
間も無く、それは動き出した。
赤い手が地面の上を這い進む。
これに対し、アルフレッド達は既に迎撃の準備ができていた。クトゥグアが変形し始めた瞬間に準備を始めていた。
最初に響かせたのはアルフレッドだった。
(重ね大十文字十三連ッ!)
ほぼ同時にベアトリスも槍を突き出し、光の濁流を放つ。
他の戦士達もそれぞれの最大火力を繰り出す。
うねる濁流の動きがわからなくなるほどに、場が白く染まる。
その白さの中でもベアトリスの感知能力は正確に状況を捕らえていた。
クトゥグアと名乗った赤い波は止まっていない。敵の姿勢が低すぎる。こちらの攻撃の多くが地面で跳ね返ってしまって効果が薄くなっている。
だからベアトリスは白い光の中に声を響かせた。
「下がって!」
その警告に従い、アルフレッドが後方に地を蹴ると、直後に白の中から赤い手が飛び出してきた。
光が消え、池のように大きい赤い絨毯が姿を現す。
そこから伸びる無数の赤い手が地面の上を這い進んでくる。
見た目からは想像できない速さ。
アルフレッド達が後退しながら飛び道具を当て続けるが、赤い池の勢いは弱まる気配が無い。
間も無く、赤い池に変化が起きた。
いくつもの小さな赤い水たまりに分裂し、それぞれが別の人間を狙い始めた。
中には回り込みを狙う動きを見せる水たまりもあった。
そしてある水たまりから声が響いた。
“愛って素晴らしいと思わない?”
このような状況下であっても意識が引かれる妖艶さがその声にはあった。
直後に別の水たまりから同じ声が響いた。
“私は愛こそ至高であり究極の感情だと思ってる。体を使った愛情表現なんて感動すら覚える”
それはベアトリスの近くの水たまりから響いたように思えた。
瞬間、
(こっち?!)
『右』、そのたった一つの単語が脳裏に大きく強く浮かび上がり、ベアトリスの本能に焼き付いた。
だからベアトリスの脳は攻撃が右から来ると処理した。だからベアトリスは右を向いた。
が、直後の声は、
“だから強く抱きしめてちょうだい!”
ベアトリスが構えた方向とは真逆から響いた。
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