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第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神
第二十三話 偶然と気まぐれと運命の収束点(17)
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その直感の直後、走るベアトリスの背後から壁を引き裂く音が響いた。
木造の壁が異形の波に食い破られ、撒き散らされていく。
内部に侵入した波が床を、壁を這い、中を灰色で埋め尽くしていく。
その灰色に飲み込まれまいと、ドアを蹴破って外に飛び出す。
家屋が崩れる音と振動を背に感じながら距離を取る。
これで少しは時間を稼げる?
そんな期待感はベアトリスの中には生まれなかった。
なぜなら、ベアトリスの感知能力はずっと最大級の警鐘を鳴らし続けているからだ。
倒壊する家屋の壁を蹴って屋根に登り、そのまま走って飛び込んでくる、その動きが感じ取れた。
だからベアトリスは即座に地を強く蹴り、その場から跳び離れた。
直後に上から降ってきたアルフレッドが、ベアトリスがいた場所に向かって二刀を振り下ろす。
地面すれすれで二刀が交差し、描かれた十字が光のつむじ風と化す。
まるで着地の衝撃で小さな竜巻が生じたかのような早業。
早業であり神業。中心にいるアルフレッドには傷一つ無い。
そしてナイアラは、光のつむじ風の中から心の声を響かせた。
“跳梁跋扈ッ!(ちょうりょうばっこ)”
その叫びが何を意味するのか、ベアトリスは感じ取れた。
それは連続攻撃。
ならばこちらも同じく技の連打で――
そう考えたベアトリスは折れた槍に魔力を流し込んだが、
「っ!!」
びしり、と、折れた個所から亀裂が広がったのをベアトリスは感じ取った。
それはまさに絶望の音だった。
魔力を強くこめれば手の中で弾ける。
相手の魔力を受ける場合でもそれは同じ。流し込まれた量が多すぎれば弾ける。
もうろくに技も繰り出せない。
その絶望にベアトリスの心が侵され始めた瞬間、光のつむじ風は消え、アルフレッドが飛び出してきた。
アルフレッドは二刀を上段に構えながら一気に間合いを詰め、
“墨流蝶・蛇ッ!(すみながし・へび)”
技の名を響かせながら二刀を振り下ろした。
刃の軌跡が×字を描き、濁流と化す。
この濁流も灰色であった。
アルフレッドの肩を、頭上を乗り越えて飛び出してきた大量の細長い精霊が、光の刃と共にのたうちながらベアトリスに迫る。
ベアトリスは後方に地を蹴り続けながら、必死にその灰色の濁流を打ちさばいた。
しかし全ては防ぎきれない。
刃と蛇がベアトリスの体をなぞり、牙を突き立てていく。
そしてアルフレッドとの距離はあまり離れていない。
アルフレッドは引き下がるベアトリスに向かって踏み込み続けながら、次の技を響かせた。
“墨流蝶・馬陸ッ!(すみながし・やすで)”
それは下段技であった。
振り下ろした二刀を低く左右に構え、地面をなでるように低い位置で水平に交差させる。
刃と共に描かれた二本の光の軌跡が重なり、まざり始める。
そして完全に一本の線となった瞬間、それは波打ち始めた。
直後に線の形を失い、灰色のさざ波となって地面の上を這い始める。
いや、波というよりは虫の群れであった。
ムカデに似た細長い虫の群れに似ていた。そう感じ取れた。
ほとんど地面から離れない。低い。
ゆえに、
(迎撃手段が――!)
今のベアトリスには防ぐ術が無かった。
光の刃をやり過ごしても、精霊が足からまとわりついてくる。
だからベアトリスは両足の中で魔力を、星を爆発させた。
激痛と引き換えに加速。
しかしそれでもアルフレッドとの距離はほとんど離れなかった。
アルフレッドはさざ波の上を走っていた。そう見えた。
よく見れば違った。
アルフレッドには安全な場所が、足を下ろして良い位置がわかっていた。そのように制御されていた。
さらに、下段に構えたままの二刀にさざ波が、ヤスデのような精霊が巻き付き始めていた。
まるで灰色のわたあめを作ろうとしているかのように。
その虫の集合体がおぞましく感じられるほどに太くなった瞬間、アルフレッドの中にいるナイアラは叫んだ。
“墨流蝶・顎ッ!(すみながし・あぎと)”
叫びと共に目の前に×字を描くように二刀を振り上げる。
その動きに引っ張られたかのように、さざ波は大きく立ち昇った。
一つの大きな荒波となって、ベアトリスを飲み込まんと迫る。
いや、飲み込むつもりでは無かった。
食い散らかすつもりであった。
そのために荒波は直後に形状を変え始めた。
波が砕け、中から別のものが現れる。
それはサメの顎(あご)のように見えた。
そして一つでは無かった。
大小さまざまな顎が生まれ、飛び出してきた。
よく見るとサメだけでは無かった。
犬のようなものもあった。人間のようなものもあった。
ありとあらゆる顎が産まれ、一斉にベアトリスに向かって襲い掛かってきた。
木造の壁が異形の波に食い破られ、撒き散らされていく。
内部に侵入した波が床を、壁を這い、中を灰色で埋め尽くしていく。
その灰色に飲み込まれまいと、ドアを蹴破って外に飛び出す。
家屋が崩れる音と振動を背に感じながら距離を取る。
これで少しは時間を稼げる?
そんな期待感はベアトリスの中には生まれなかった。
なぜなら、ベアトリスの感知能力はずっと最大級の警鐘を鳴らし続けているからだ。
倒壊する家屋の壁を蹴って屋根に登り、そのまま走って飛び込んでくる、その動きが感じ取れた。
だからベアトリスは即座に地を強く蹴り、その場から跳び離れた。
直後に上から降ってきたアルフレッドが、ベアトリスがいた場所に向かって二刀を振り下ろす。
地面すれすれで二刀が交差し、描かれた十字が光のつむじ風と化す。
まるで着地の衝撃で小さな竜巻が生じたかのような早業。
早業であり神業。中心にいるアルフレッドには傷一つ無い。
そしてナイアラは、光のつむじ風の中から心の声を響かせた。
“跳梁跋扈ッ!(ちょうりょうばっこ)”
その叫びが何を意味するのか、ベアトリスは感じ取れた。
それは連続攻撃。
ならばこちらも同じく技の連打で――
そう考えたベアトリスは折れた槍に魔力を流し込んだが、
「っ!!」
びしり、と、折れた個所から亀裂が広がったのをベアトリスは感じ取った。
それはまさに絶望の音だった。
魔力を強くこめれば手の中で弾ける。
相手の魔力を受ける場合でもそれは同じ。流し込まれた量が多すぎれば弾ける。
もうろくに技も繰り出せない。
その絶望にベアトリスの心が侵され始めた瞬間、光のつむじ風は消え、アルフレッドが飛び出してきた。
アルフレッドは二刀を上段に構えながら一気に間合いを詰め、
“墨流蝶・蛇ッ!(すみながし・へび)”
技の名を響かせながら二刀を振り下ろした。
刃の軌跡が×字を描き、濁流と化す。
この濁流も灰色であった。
アルフレッドの肩を、頭上を乗り越えて飛び出してきた大量の細長い精霊が、光の刃と共にのたうちながらベアトリスに迫る。
ベアトリスは後方に地を蹴り続けながら、必死にその灰色の濁流を打ちさばいた。
しかし全ては防ぎきれない。
刃と蛇がベアトリスの体をなぞり、牙を突き立てていく。
そしてアルフレッドとの距離はあまり離れていない。
アルフレッドは引き下がるベアトリスに向かって踏み込み続けながら、次の技を響かせた。
“墨流蝶・馬陸ッ!(すみながし・やすで)”
それは下段技であった。
振り下ろした二刀を低く左右に構え、地面をなでるように低い位置で水平に交差させる。
刃と共に描かれた二本の光の軌跡が重なり、まざり始める。
そして完全に一本の線となった瞬間、それは波打ち始めた。
直後に線の形を失い、灰色のさざ波となって地面の上を這い始める。
いや、波というよりは虫の群れであった。
ムカデに似た細長い虫の群れに似ていた。そう感じ取れた。
ほとんど地面から離れない。低い。
ゆえに、
(迎撃手段が――!)
今のベアトリスには防ぐ術が無かった。
光の刃をやり過ごしても、精霊が足からまとわりついてくる。
だからベアトリスは両足の中で魔力を、星を爆発させた。
激痛と引き換えに加速。
しかしそれでもアルフレッドとの距離はほとんど離れなかった。
アルフレッドはさざ波の上を走っていた。そう見えた。
よく見れば違った。
アルフレッドには安全な場所が、足を下ろして良い位置がわかっていた。そのように制御されていた。
さらに、下段に構えたままの二刀にさざ波が、ヤスデのような精霊が巻き付き始めていた。
まるで灰色のわたあめを作ろうとしているかのように。
その虫の集合体がおぞましく感じられるほどに太くなった瞬間、アルフレッドの中にいるナイアラは叫んだ。
“墨流蝶・顎ッ!(すみながし・あぎと)”
叫びと共に目の前に×字を描くように二刀を振り上げる。
その動きに引っ張られたかのように、さざ波は大きく立ち昇った。
一つの大きな荒波となって、ベアトリスを飲み込まんと迫る。
いや、飲み込むつもりでは無かった。
食い散らかすつもりであった。
そのために荒波は直後に形状を変え始めた。
波が砕け、中から別のものが現れる。
それはサメの顎(あご)のように見えた。
そして一つでは無かった。
大小さまざまな顎が生まれ、飛び出してきた。
よく見るとサメだけでは無かった。
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ありとあらゆる顎が産まれ、一斉にベアトリスに向かって襲い掛かってきた。
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