Iron Maiden Queen

第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十三話 偶然と気まぐれと運命の収束点(14)

「ぞくぞく」と、先よりも強い怖気がベアトリスの体に走る。
　その感覚を合図にしたかのように空気が変わった。
　濃く、重い。
　そして震えている。
　まるでナイアラの怒りが空気に伝わっているかのように。
　じり、と、ベアトリスの足がその圧力に押される。
　距離を取った方がいいと、ベアトリスの理性が訴える。
　逃げろ！　と、ベアトリスの本能が叫ぶ。
　それだけはできない！　と、ベアトリスが抵抗した直後、

「ジャアァッ！」

　奇妙な気勢と共に、異形の存在に姿を変えたアルフレッドが触手の壁をかきわけて飛び出してきた。
　全身に触手が巻き付いている。
　背中と肩から何本もの触手が腕を増やすように生えている。
　そして瞬く間に目の前。

（はや――！）

　速い。その言葉を頭の中で完成させることすらできなかった。
　体当たりのような二刀の一撃を槍で受け止める。

「かっは？！」

　衝撃が槍から背中へ突き抜け、肺の中の空気が押し出される。
　まるで大型獣に体当たりされたかのような衝撃。

（おも――）

　重い、という言葉は完成される前に別の感覚に塗りつぶされた。
　それは浮遊感。
　気づけば体が浮いていた。両足が地面から離れていた。
　しかし槍と二刀はぶつかり合ったまま。
　つばぜり合いのような態勢のまま押されているのだ。
　そして次の瞬間、アルフレッドはほんの少しだけ減速した。
　なぜ？　その答えは直感でわかった。
　二刀を自由に振る間隔を作るためだ、ベアトリスがそう思ったのと同時にそれは始まった。
　
「でぇやっシャアアアアァァァッ！！！」

　再びの奇妙な気勢と共に始まったのはすさまじい剣撃の嵐。
　刃と槍のぶつかり合いによって生じた火花が視界を赤く埋め尽くすほど。
　防御できていることが不思議ですらあった。
　ナチャさんから本能による防御法を教えてもらっていなかったら確実に死んでいた、そんな思いが脳裏をよぎった。
　二刀と共に触手も振るわれているが、ナチャさんのムカデが受け止めてくれている。
　ならばしのげる、しのいでみせる、そう気を引き締めた次の瞬間、

「！！」

　突然の異音と共に腕が軽くなった。
　折れた？！　認めたくないその言葉と共に、回転しながら飛んでいく槍先が視界の端に映った。
　なんでこんな時に！　どうして今？！　そんな悲痛な叫びと共にベアトリスは思い出した。
　あの時、一発の銃弾が槍に直撃していたことを。