上 下
368 / 545
第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十二話 Deus Vult(主はそれを望まれた)(27)

しおりを挟む
 アルフレッドが繰り出した嵐に向かって踏み込む。
 そしてベアトリスは手の中で暴れる槍を握りしめながら振り上げ、

「鋭ぃっや!」

 目にも止まらぬ速度で振り下ろした。
 それは鋭い気勢とは対照的な剛の一撃であった。
 槍の先端から大量の魔力が垂れ流され、銀色の線を太く描く。
 しかし描かれた線はその一本だけでは無かった。
 振り上げたのと時に体から二匹のムカデが伸び、槍に巻き付いていた。
 そして振り下ろされると同時にムカデはその身をムチのようにしならせた。
 ムカデの頭部が大きく振り回され、弧を描く。
 その口からはベアトリスの魔力が放出されていた。
 ゆえに、その軌跡も銀色であり、まるで輝く三日月のようであった。
 大きく弧を描き、しなやかに払う。
 その末端である払いの部分で、三日月は槍が描いた線と交わった。
 二つの三日月と一本の直線、三つの線が交差する
 そして交差点からからみ合うように歪み始め、ねじれ、回転し、

(出来た!)

 その回転は弾けて嵐となった。
 成功であった。
 防御魔法の展開という大きな予備動作の無い、一動作での嵐。
 振り下ろしの一撃であったがゆえに、嵐は直後に地面に激突して波のように跳ねた。
 これは試験ゆえの軌道。
 もしも万が一にもアルフレッドのところに到達してはならない、ゆえの軌道。
 跳ねた波は高く広く広がり、ベアトリスの眼前に光の刃の壁を築いた。
 アルフレッドの嵐を受け止め、防ぐ。
 そのぶつかり合いが終わり寸前、ベアトリスは壁を中から押し破るように踏み込んだ。
 光の刃のかけらが肌を撫でるのも気にせずに。
 アルフレッドが少しずつ船に移動しているからだ。引き撃ちしている。
 しかもその歩みが速くなり始めている。
 港の制圧が終わりかけているのを感じる。
 船に乗られて、あのねじれた巨人と合流されたら終わり。
 だから強引にでも踏み込み、

「破ァッ!」

 豪気に槍を振るう。
 もう試験は終わった。ゆえに地面への叩きつけの軌道では無い。
 振り上げ、なぎ払い、袈裟に振るう。
 嵐と嵐が、波と波が、光の刃と刃が絶え間無くぶつかり合う。
 ゆえにベアトリスの視界はほとんどが白。
 しかしその白の中に、影が飛び込んできた。
 それはアルフレッドの、いや、ねじれた巨人の手下。
 心を失い、ただの操り人形と化した兵士。
 だから嵐の中に飛び込むことが出来る。
 戻ることはほぼ不可能。
 いや、戻ることなど考えていない。
 その身を賭して止めろ、アルフレッドから発せられたその命令を忠実に従った、ゆえの体当たり。
 その命令の声は隠さず、なんお暗号化もされずに発せられていた。
 聞こえるのは、感じ取れるのはそれだけでは無かった。
 奴は無理をしている、だから時間を稼げ、無理をさせろ、そんな声も混じっていた。
 アルフレッドとまったく同じ声色、同一の脳波。
 されど恐ろしく冷たい。
 ゆえにその声はベアトリスの気に障った。
 アルフレッドの声でそんなことを言うんじゃない、ベアトリスはそんな思いを槍に乗せて、

「このぉぉっ!」

 飛び掛かってきた影を力任せになぎ払った。
 同時に生じた嵐が影の体を吹き飛ばしながら切り刻む。
 
「ぉぉぉおお雄雄っ!」

 気勢を繋げながら槍を振り続け、次々と襲い掛かってくる影達と嵐を叩き払い、ねじ伏せ、白く消し飛ばす。
 だが気は晴れなかった。晴れるわけが無かった。
 だからベアトリスは裏をかいてやろうと思った。相手の戦術を逆手に取って利用してやろうと思った。
 思ったのと同時にベアトリスの体はそのように動いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...