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第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十二話 Deus Vult(主はそれを望まれた)(10)

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 落ちていくように――いや、落下よりも高い加速で降下していく。
 このまま崖下に激突すれば怪我では済まない。
 だから事前に精霊で地形を調べた。
 あとはタイミングだけ。
 それは次の瞬間に訪れた。

「今よ!」

 アリスの合図と同時に崖を蹴って跳躍。
 完璧、タイミングも崖を蹴った強さも。ベアトリスとアリスのそんな思念が重なって響く。
 そしてベアトリスの体は事前に計算した通りの軌道で宙を舞った。
 落ちるように空を舞いながら防御魔法を展開。
 光の盾を前方に構え、木々の茂みの中に飛び込む。
 ここでなければならなかった。この茂みを狙って跳躍した。
 なぜなら、枝葉の密度が高いからだ。
 光の盾に枝葉が次々とぶつかり、落下の勢いが削がれていく。
 しかしまだきわどい。
 そう思ったベアトリスは魔力を込めた槍を振るい、輝く先端を近くの木の幹に突き刺した。
 槍を握る手に衝撃が伝わり、光魔法の炸裂音と共に幹が弾ける。
 その直後にベアトリスの両足は着地。
 飛び込んだ勢いのまま柔らかい落葉の上を三転し、着地の衝撃を殺す。
 そしてベアトリスは態勢を立て直すと同時に再び走り出した。
 崖の上を駆け降りたのは安全地帯への避難の時間をかせぐため。
 しかし稼いだ時間はあまり多くない。
 迫る巨大な光弾を迂回するように、円の進路で地を蹴り続ける。
 安全地帯の候補は既にいくつか見つかっている。
 理想は谷間。
 しかしそこは遠い。ナチャが奇跡を起こさない限り間に合わない。
 ゆえにベアトリスの足先は二番目の候補に向いていた。
 だがこれもきわどい。
 三番目の候補はあるにはあるが、頼りにならない。そのへんの木を盾にするのと大差無い。その頼りない木の密度が多いというだけ。
 よって、今のベアトリスには二番目の選択肢しか無かった。
 その候補地に向かってひたすらに走る。
 懸命に走るベアトリスの後方で、太陽のように遠く感じられていた光弾がそのを増していく。
 まるで太陽が落ちてきているような存在感と圧迫感。
 その二つの感覚が強い危機感に塗りつぶされるほどに距離が縮まった瞬間、ベアトリスは左手を後方に向けて光弾を連射した。
 もうベアトリスの飛び道具が届く距離。暗い密林が明るくなるほどに光弾が迫っている。
 吸い込まれそうなほどに白く巨大。
 ベアトリスが放つ光弾では効果が感じられない。
 ナチャが放つムカデが次々と突撃を仕掛けているが、その眩しさの中に溶けて消えているようにしか見えない。
 しかしその眩しさの中でも、いまだ影を残し存在感を放つものがあった。
 それは大木。
 樹齢千年は超えているであろうことが見てわかる太さ。
 その太い幹が作る影が前方にある。感じ取れている。
 ベアトリスは足が上げる悲鳴を無視してそこへ駆けた。
 だがそれでも光弾のほうが少し速い。
 背後から光が迫り、ベアトリスの体が白く照らされていく。
 そして自身の輪郭すらわからぬほどに白く染まった瞬間、ベアトリスは最後の一歩を踏み出した。
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