上 下
331 / 545
第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十一話 そして聖域は地獄に変わる(5)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 一方、バーク達も苦戦を強いられていた。
 いや、苦戦などというものでは無かった。
 バーク達はずっと死闘の中にあった。

「……っ!」

 そして休む間も無く再び現れた増援に対し、バークの顔は歪んだ。
 三体のドラゴンと二つの雲が近づいてくるのが、森の奥から感じ取れる。
 疲れでしわくちゃの顔に絶望の色が滲む。
 おかしい、どうなっている? バークは心の中でずっとそんな言葉を繰り返していた。
 敵の展開力と物量が明らかに異常だ。
 敵の戦力についてはずっと調査を行っていた。
 戦闘員の兵数、精霊の宿り木の位置と数、それらから展開力や物量は予想できていた。
 だが、いま目の前で繰り広げられているこれは、その予測をはるかに超えている。

「……」

 思考がまとまらない。
 どうなってる? という疑問だけがこだまのように頭の中で響き続けている。
 答えは出ない。考えられない。集中できない。
 とにかく、今は目の前の敵を倒さなくては――
 バークが意識を敵に集中させようと努力し始めた瞬間、後ろから声が響いた。

「バーク、まずいぞ! 後方から敵が来てる!」

 焦りの色が強く滲んだそれは、アーティットの声であった。
 挟み討ち? しかし後ろには部隊を置いておいたはず――
 直後、別の声が響いた。

「彼らはもう倒されました! すぐにここから移動しないと!」

 同じく焦りの色が滲んだそれはクラリスの声。
 ならば――バークは己のやるべきことを鈍くなった頭で考えた。
 そしてぼにゃりと浮かんできた言葉をバークは声に出した。

「私がしんがりを務める! お前達は仲間の撤退を援護しろ!」

 これに対し、

「「……」」

 二人はすぐに返事をしなかった。
 なぜ返事をしない? バークがそう尋ねるより先にアーティットが口を開いた。

「なあバーク、最後にちゃんと眠ったのは何日前だ?」

 今度はバークが即答できなかった。
 本当によく思い出せなかった。
 幾度の夜を戦い抜いた?
 三日は確実に過ぎている。四日目か?
 考えている間にアーティットが口を開いた。

「今日で六日目だ。水と携帯食料だけで、眠らずにもう六日戦い続けてるんだ」

 もう六日目になるのか。数えていなかったからわからなかった。そんなことを考えた直後、アーティットは再び口を開いた。

「……そばで見ているからわかる。もう限界だ。爆発魔法をちゃんと練れていない。時々失敗してる」

 それは確かにその通りだが、まだ大丈夫だ戦える、バークはそう答えたかったが、言葉が上手くまとまらなかった。
 アーティットはそれも感じ取った。
 だからアーティットは言った。

「……お前は俺達の総大将だ。だからここで死なせるわけにはいかない」

 直後、目の前にいたアーティットが左に影を残すように消えた、バークにはそう見えた。
 そして瞬間、

「っ!」

 バークの首は背後から太い腕にしめつけられた。
 やめろアーティット! そう叫ぼうとバークは口を開いたが、喉奥からは何も出なかった。
 そして脳への酸素の供給が途絶え、間も無くバークの意識は消えた。

「すまんなバーク」

 完全に落ちたのを確認してからアーティットは謝った。
 二人はバークに伝えていないことがあった。
 奇襲は背後からだけでは無いのだ。
 全方向から来ている。既に完全な包囲の輪が完成しつつある。
 バークはそれを感知できないほどに脳が弱っていた。魔法の制御力にも影響が大きく表れていた。
 そしてアーティットは気を失ったバークをクラリスに預け、口を開いた。

「任せたぞクラリス。俺達の大将を安全なところまで運んでくれ」

 クラリスは頷きを返し、バークを背負って走り去った。
 クラリスには何も言えなかった。
 アーティットの無事を祈る言葉すらかけてやれなかった。
 そんな言葉が励ましにもならない状況であるゆえに、何も言えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...