Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
上 下
326 / 545
第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十話 母なる海の悪夢(24)

しおりを挟む

 やはり返事は返って来ない。
 が、

「!!」

 アルフレッドの脳が再び活動を始めたことを、ベアトリスはそれを感じ取った。
 しかしベアトリスに対しての声は無い。
 そして直後、アルフレッドは走り出し、

「!?」

 ベアトリスの頭上を高く飛び越える形で海に飛び出した。
 そのままベアトリスを置き去りにする形で海の上を海岸に向かって走っていく。

「アルフレッド?!」

 その遠ざかる背中からベアトリスは感じ取った。
 アルフレッドの体が乗っ取られたことを。

「そんな……!」

 ベアトリスの口から絶望の色が滲んだ声が漏れ出す。
 間も無く、アルフレッドの背中はほとんど見えなくなった。
 イカの足とクラゲの群れがアルフレッドを護衛する形で追従し始めたからだ。
 直後にベアトリスはすぐに気を取り直した。
 自分が助けに行かなければ、自分にしかアルフレッドを助けることは出来ない、そんな思いからベアトリスは泳ぎ出した。
 両手両足から魔力を垂れ流し、反発力を利用して泳ぎから四足歩行のような態勢に移行。
 すぐに上体を起こして海の上を走り始める。
 その様子を、ベアトリスがアルフレッドを追い始めたのを海中からナチャは見ていた。

「何してるの! はやくアルフレッドを追いかけて!」

 ナチャの心の中ではずっとアリスが叫んでいた。
 しかしナチャはその声に応えられないでいた。
 そうしてあげたい、だがここを離れるわけには――そんな葛藤を繰り返していた。
 直後、

「ナチャ! アルフレッドを追え!」

 ルイスの心の声が届いた。
 でも、と、ナチャは反論しようとした。
 いま自分がこの戦域から離れていいのか? そんな声を返そうとした。
 しかしそれよりも早くルイスの次の言葉が響いた。

「周りをよく見ろ! イカの怪物とサメの精霊が交戦状態に入ってる! たぶんこれは、乱戦の隙を突いた漁夫の利、つまり裏切り行為なんだ! 下にいるデカブツも我々から距離を取り始めてる!」 

 周囲の状況はその通りであった。
 ルイスは反論そのものを許さないかのように言葉を続けた。

「やつが離れ始めたことで精神汚染攻撃も弱まってきている! だからこの場は任せろ! お前はやつを追って、連中の情報を掴むんだ!」

 そこまで言われても、ナチャは即決できなかった。
 やはりこの場に自分という戦力は残しておきたい。
 だが、やつを捕まえれば大きな収穫となる可能性は高い。重要な海の情報が手に入るかもしれない。
 だからナチャは悩んだ。
 その思考の時間は約十秒。高速演算による緩慢な世界の中での長い十秒。
 その十秒でナチャは答えを決めた。
 自分を二つに分割し、片方を追わせる。
 そう決めた直後にアリスは声を上げた。

「私は追う方に回して!」

 その意見にもナチャは賛同しかねた。
 追う方の分身に渡せば、アリスを守りきるという約束を果たせなくなる可能性が生じるからだ。
 アリスに何もしないという約束も守っている。だからアリスの複製を作るための図面も取っていない。
 今からアリスの複製を作る作業に入るか? そんな悩みが一瞬浮かびあがって消えた。
 今はアリスと言い合いをする時間すら惜しい。
 だからナチャはアリスの言葉に従い、分身を作る作業を開始した。
 その作業の直後にルイスは声を上げた。

「まずは部隊を建て直すぞ! サイラスとデュラン達は汚染を受けた仲間達を回復しつつ、防御の陣形を組め!」
 
 そしてルイスはこの状況の中でなお戦闘を継続しているシャロンとキーラの二人に向かって口を開いた。

「戦えている者達はそのまま戦闘を継続! 後方の部隊が回復するまでの時間を稼ぐんだ!」

 ルイスがそう叫んだ直後、シャロンの心の声が返ってきた。
 そっちの回復を待つまでも無い、私がこの戦いをさっさと終わらせてあげる、と。
 仲間達を元気づけるための虚勢では無い、大きな自信が感じ取れた。
 力強く頼もしいその声に励まされながらルイスは再び声を上げた。

「ナチャ! アリス! アルフレッドとベアトリスのことは頼んだぞ!」

 言われるまでも無いわ! そんなアリスの声と共にナチャの分身は海の中から飛び出し、遠く小さくなったアルフレッドとベアトリスの背中を追い始めた。

   第二十一話 そして聖域は地獄に変わる に続く
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...