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第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十話 母なる海の悪夢(24)

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 やはり返事は返って来ない。
 が、

「!!」

 アルフレッドの脳が再び活動を始めたことを、ベアトリスはそれを感じ取った。
 しかしベアトリスに対しての声は無い。
 そして直後、アルフレッドは走り出し、

「!?」

 ベアトリスの頭上を高く飛び越える形で海に飛び出した。
 そのままベアトリスを置き去りにする形で海の上を海岸に向かって走っていく。

「アルフレッド?!」

 その遠ざかる背中からベアトリスは感じ取った。
 アルフレッドの体が乗っ取られたことを。

「そんな……!」

 ベアトリスの口から絶望の色が滲んだ声が漏れ出す。
 間も無く、アルフレッドの背中はほとんど見えなくなった。
 イカの足とクラゲの群れがアルフレッドを護衛する形で追従し始めたからだ。
 直後にベアトリスはすぐに気を取り直した。
 自分が助けに行かなければ、自分にしかアルフレッドを助けることは出来ない、そんな思いからベアトリスは泳ぎ出した。
 両手両足から魔力を垂れ流し、反発力を利用して泳ぎから四足歩行のような態勢に移行。
 すぐに上体を起こして海の上を走り始める。
 その様子を、ベアトリスがアルフレッドを追い始めたのを海中からナチャは見ていた。

「何してるの! はやくアルフレッドを追いかけて!」

 ナチャの心の中ではずっとアリスが叫んでいた。
 しかしナチャはその声に応えられないでいた。
 そうしてあげたい、だがここを離れるわけには――そんな葛藤を繰り返していた。
 直後、

「ナチャ! アルフレッドを追え!」

 ルイスの心の声が届いた。
 でも、と、ナチャは反論しようとした。
 いま自分がこの戦域から離れていいのか? そんな声を返そうとした。
 しかしそれよりも早くルイスの次の言葉が響いた。

「周りをよく見ろ! イカの怪物とサメの精霊が交戦状態に入ってる! たぶんこれは、乱戦の隙を突いた漁夫の利、つまり裏切り行為なんだ! 下にいるデカブツも我々から距離を取り始めてる!」 

 周囲の状況はその通りであった。
 ルイスは反論そのものを許さないかのように言葉を続けた。

「やつが離れ始めたことで精神汚染攻撃も弱まってきている! だからこの場は任せろ! お前はやつを追って、連中の情報を掴むんだ!」

 そこまで言われても、ナチャは即決できなかった。
 やはりこの場に自分という戦力は残しておきたい。
 だが、やつを捕まえれば大きな収穫となる可能性は高い。重要な海の情報が手に入るかもしれない。
 だからナチャは悩んだ。
 その思考の時間は約十秒。高速演算による緩慢な世界の中での長い十秒。
 その十秒でナチャは答えを決めた。
 自分を二つに分割し、片方を追わせる。
 そう決めた直後にアリスは声を上げた。

「私は追う方に回して!」

 その意見にもナチャは賛同しかねた。
 追う方の分身に渡せば、アリスを守りきるという約束を果たせなくなる可能性が生じるからだ。
 アリスに何もしないという約束も守っている。だからアリスの複製を作るための図面も取っていない。
 今からアリスの複製を作る作業に入るか? そんな悩みが一瞬浮かびあがって消えた。
 今はアリスと言い合いをする時間すら惜しい。
 だからナチャはアリスの言葉に従い、分身を作る作業を開始した。
 その作業の直後にルイスは声を上げた。

「まずは部隊を建て直すぞ! サイラスとデュラン達は汚染を受けた仲間達を回復しつつ、防御の陣形を組め!」
 
 そしてルイスはこの状況の中でなお戦闘を継続しているシャロンとキーラの二人に向かって口を開いた。

「戦えている者達はそのまま戦闘を継続! 後方の部隊が回復するまでの時間を稼ぐんだ!」

 ルイスがそう叫んだ直後、シャロンの心の声が返ってきた。
 そっちの回復を待つまでも無い、私がこの戦いをさっさと終わらせてあげる、と。
 仲間達を元気づけるための虚勢では無い、大きな自信が感じ取れた。
 力強く頼もしいその声に励まされながらルイスは再び声を上げた。

「ナチャ! アリス! アルフレッドとベアトリスのことは頼んだぞ!」

 言われるまでも無いわ! そんなアリスの声と共にナチャの分身は海の中から飛び出し、遠く小さくなったアルフレッドとベアトリスの背中を追い始めた。

   第二十一話 そして聖域は地獄に変わる に続く
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