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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十九話 黄金の林檎(35)

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   ◆◆◆

 船の準備が整いかけた頃、軍の編成が発表された。
 既に船乗りとして訓練されている者達は当然として、優秀な魔法使いや感知能力者が優先して選ばれていた。
 そしてフレディはその一員に選ばれていた。

「……」

 宿の一室でその通達を受けたフレディは、ベッドの上で一人静かに考え込んでいた。
 複雑な気持ちであった。
 待ち受けている激戦に対しての恐怖はある。だが、それと同じくらいに嬉しさがある。
 戦力の一人として選ばれたことが純粋に嬉しい。
 無茶な手術をお願いして本当に良かった、そう思えてしまうほどに。

(そういえば……) 

 アイツはどうだったんだろう、そう思ったフレディはベッドから立ち上がった。

   ◆◆◆

 そしてフレディはナンティの部屋を訪ねた。
 フレディが先に自分の配属を述べると、ナンティは申し訳無さそうに答えた。

「すまない……私はお前とは一緒にいけない」

 その言葉に対し、フレディは聞き返した。

「この地の防衛になったのか。どこの配属になったんだ?」

 聞くと、その配属先はナンティが報酬として受け取った土地のすぐ近くであった。
 だからフレディは察し、それを声に出した。

「お前が死んだら土地の権利者がいなくなってしまうからな……そうなると村のみんなを呼ぶのが難しくなる。だからルイス様が気を利かせたんだろう」

 それは正解であった。
 もしもの場合、権利は親族に引き継がれるが、ナンティの場合はそれを証明する手段を持たない。つまりナンティが死んだら絶望的なのだ。
 だからルイスはナンティを防衛役に回したのだ。
 そしてこれはナンティを南への先発隊として利用したことへの償いのようなものでもあった。
 フレディもナンティもそこまでは察していなかったが、気を利かせてくれたのだろうとは思っていた。
 だが、それでもナンティは少し申し訳無さそうであった。
 だからフレディは続けて口を開いた。

「良かったじゃないか。上からの命令なんだ、何も気にする必要は無いさ。堂々と俺の帰りを待っていればいい」

 さらりと、フレディはそう言った。
 まるで恋人に対しての言葉のようであったが、フレディはそんなつもりで言ったわけでは無い。
 ナンティはそれを感じ取った。
 だからナンティは薄く笑いながら口を開いた。

「フフ……そうだな、そうするよ。お前の帰りを女らしく待つことにするよ」

 女らしく、そう言われてフレディはようやく自分が誤解させるようなことを言ってしまったことに気づいた。
 だからフレディは慌てて口を開こうとしたが、それより早くナンティが先手を取った。

「私はお前のこと、キライじゃないぞ?」
「……」

 そう言われては、フレディには返す言葉が無かった。
 その沈黙は可愛らしかった。
 だからナンティは提案した。

「なあ、何か食べに行かないか?」
「……まだ店はほとんど再開して無いんじゃないか? 酒場は開いてたと思うが」
「酒場はうるさいからイヤだな。もっと静かなところが良い」
「静かな飯屋か……難しいな」
「別に無理に何か食べなくてもいい。外を二人で散歩するだけでも。ダメか?」
「いや、かまわないぞ」
「じゃあ行こう」

 そう言って、ナンティはフレディの手を引き、二人で部屋の外に出た。

 町は静かだった。
 途中、酒場の前を通り過ぎたが、そこも静だった。
 客は大勢いた。みな静かに飲んでいた。
 それは末期の酒であった。
 無事に帰ってこれるかどうかわからない、ゆえにみな最期の思いで飲んでいた。
 それを見た二人もそうすることにした。
 帰り道で酒と食べ物を調達し、二人だけで静かに飲んだ。
 夜がふける頃には、フレディの気持ちに変化が起きていた。
 生きて帰りたい、真剣にそう思うようになっていた。

   第二十話 母なる海の悪夢 に続く
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