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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十九話 黄金の林檎(32)

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   ◆◆◆
   
 ヘルハルトは狂人に連れられるままに、ある場所を目指して歩き始めた。
 この時、あるものも同じ方向に進んでいた。
 それは雲の形態で大量の魂の種を運ぶ、かつての神の残骸。
 方角も道筋も完璧に覚えている。迷うことは無い。
 が、その飛行はゆっくりとしたものであった。
 これを持っていけば終わる。
 しかし残骸は迷っていた。
 持って行ったらどうなるのか?
 かつての幸せを取り戻すことが出来る、そんな思いがある。期待感がある。
 だが、その幸せがどんなものだったのかはっきりと思い出せないのだ。
 まるで期待感だけあとから植え付けられたかのように。
 自分は本当にそれを望んでいたが、肝心なそれ自体を忘れてしまった。そう思っていた。
 いや、そう思い込んでいた。
 本当にそうなのだろうか?
 自分は都合良く利用されているだけの可能性があるのではないか?
 この場でいくら考えても答えの出ない疑問。
 であったがゆえに、

(……少しだけ、)

 少しだけ保険をかけておこう、残骸はそう思った。

   ◆◆◆

 そして残骸はその場所にたどり着いた。
 そこは、大量の精霊の宿り木が移植された森であった。
 その森の中にある祭壇の前に人が集まっていた。
 みな祈りをささげていた。
 そしてその集団の最前に立っていたのは大神官であった。
 祈りというパフォーマンスを終えた大神官は皆の方に振り返り、口を開いた。

「諸君、待ち望んでいた時の訪れは近い」
 
 その第一声に、信者達は歓喜してざわめいた。
 大神官は両手を前に出してその歓喜を静めたあと、再び口を開いた。

「ついに我らのもとに待ち望んでいたものが届いたのだ」

 大神官はそう言ったあと、片手である方向を指した。
 信者達がその方向に目を向けると、そこには何かを大事そうに抱えた神官の姿があった。
 神官は祭壇の前まで歩き、その何かを大神官に手渡した。
 それは残骸が苦労して集めた大量の魂。
 凝縮して体積を小さくしているが、それでも巨大な風船のように大きい。
 大神官はその巨大な魂を天に掲げるように持ち上げた。
 そして大神官はその両手から魔力を注ぎ込み、魂の塊を光らせた。

「おお……!」「なんと神々しい」

 その輝きに信者たちが興奮する。
 その興奮に、大神官は内心で笑っていた。
 感知能力者には確実にバレる大きさの脳波。
 だが、大神官は隠そうともしなかった。
 隠す必要も無いからだ。
 なぜなら、この場に集めている信者達は感知能力者では無いからだ。
 この者達はただの道具。神を維持するための魂を供給させるための人柱。
 感知能力は無いが魂の供給力は高い、そんな人間を集めておいたのだ。
 だから笑いが止まらなかった。
 が、直後、

(……ん?)

 大神官の笑みは止まった。
 森の中から信号が送られてきたからだ。
 大新刊がそちらに目を向けると、そこには人の形を取った残骸がいた。
 それと目を合わせた瞬間、思念が響いた。

(あの……)

 弱々しい脳波。
 気弱さが伝わってくる。
 残骸はその気弱そうな声のまま続けた。

(私はどうしたら……)

 その声は次の仕事を求めているという様子では無かった。
 ゆえに大神官は思い出した。

(そういえば、)

 そういえば、かつての栄華を取り戻させてやるとか、そんな調子の良いことをこいつに吹き込んだような気がする。
 大昔のことなのでもうよく覚えていないが。
 どうやら、報酬を期待して待っているようだ。
 だが、そんなものは無い。
 この大神官の血筋を乗っ取った時点でこの残骸の使い道は終わっていた。
 だが、残骸でもそれなりの能力は持たせた。そうしなければ神らしさを演出できなかった。
 だからその能力を活かして魂を集める仕事をやらせていたのだ。
 もう任せたい仕事も無い。本当に用済みだ。
 ゆえに大神官は再び調子の良いことを言うことにした。

(……心配しなくていい。もうじきこの世界はあなたが望むものに変わる)

 そう言って大神官は残骸から目をそらした。
 瞬間、

(……)

 残骸の心は失望の念に埋め尽くされた。
 やっぱり騙されていたのか、そうとしか思えなかった。
 だから残骸は思った。
 保険をかけておいて良かった、と。
 残骸は大神官の心に響かないように小さくそう思ったあと、その場から去っていった。
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