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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十九話 黄金の林檎(16)
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◆◆◆
サイラスが発見した情報は即座に共有され、それに基づいた新たな戦術が組み立てられた。
戦術の要は爆発魔法で雲に大打撃を与えられるシャロンや、魂の扱いに長けたサイラス達。
待ち伏せで雲を撃破し、魂の補給線を破壊していく。
同時に要所に拠点を立てて敵の兵站線を寸断する。
そうしていくうちに、敵の動きに変化が現れ始めた。
侵攻開始直後の勢いは消え、積極的に仕掛けてこなくなったのだ。
ゆえに、サイラスが人々を治療する時間と余裕が生まれ始めた。
それはナチャも同じであり、ナチャはルイスと共にサイラスの治療活動に協力するようになった。
サイラスが戦闘に参加しなくてもシャロン達は順調に戦線を押し上げていった。
が、それは敵が逃げ腰になっているからであり、敵に与えた損害はあまり大きく無かった。
そして敵は押し込まれるままに、港に集結していった。
その密集した戦力は強大であり、先行していたキーラと雲水達も港町の手前で足を止めることとなった。
しばらくしてシャロン達が追いつき、作戦会議が開かれることになった。
◆◆◆
ルイス達が待つ会議の場に最初に姿を現したのは雲水であった。
「お久しぶりだな、ルイス殿」
「早いな雲水殿。今から使いの者を送ろうと思っていたのだが」
雲水が足早に姿を見せたのには理由があった。
以前アルフレッドに伝言をして取り付けた約束、その約束の理由を雲水は声に出した。
「援助の継続についての話だ」
やはりか、と、ルイスは思った。予想できていた。
ルイス達は他国からも援助を受けていた。雲水の出身地である『和の国』からは、多くの鉄と火薬を援助されている。
だが、その援助の理由は既に消えているはずであった。
雲水はそれを述べた。
「いまは非常事態ゆえにこちらの善意で継続しているが、本来は魔王を倒すまでの約束だったはず」
その言い回しに、ルイスは心の中で薄く笑った。
したたかな言い回しだ、そう思ったからだ。
だからルイスは口を開いた。
「その通りだ。その報酬として、あの港街『シエルダ』と周辺の土地をそちらに割譲する。そういう約束だった」
それが雲水達が戦っている理由であった。
ルイス達がキーラ達を倒した直後に雲水達は船で出発し、新たな植民地となる港町に向かったのだ。
しかし雲水達が到着する頃には、シエルダの周辺は既に狂人達の支配下にあった。
だから雲水達が戦うのは当然のことであった。
だが、それにしても出発と到着が速い。
その理由をルイスは予想と共に尋ねた。
「話の前に一つ聞きたいのだが、やはりそちらの国もやつらに攻撃されたのか?」
これに雲水は頷きを返しながら口を開いた。
「ああ、その通りだ。だがこちらはもう終わった。だから我々が偵察をかねてここに派遣されたのだ」
その言葉に、ルイスはウソを感じ取った。
その割にはこちらに送られた人員が少ない。だから雲水はなかなか接触してこなかった。その余裕が今まで無かったのだ。
おそらく、敵の攻撃の第一波を止めて少し落ち着いたからこちらに少し人を送ったとか、そんな感じだろう。
だからルイスはそれについて尋ねた。
「敵がどこから送られてきているか、そちらは何か情報を掴んでいるか?」
それは痛いところであったがゆえに、雲水は少し言葉を詰まらせてから答えた。
「……いや、こちらもまだ敵の本拠地は把握していない」
やっぱりな、ルイスはそう思いながら口を開いた。
「やはりそちらにとっても敵の正体は不明か」
だから本土から大きな戦力を出せないんだろう? などと意地悪な言葉を付け加えることはしなかった。
いまはそんな問答をしている場合では無いからだ。
だからルイスは本題を進めることにした。
「……敵の戦力が不明である以上、援助は引き続きお願いしたい。そのための報酬が欲しいと言うのであれば、聞こう」
それは雲水が待っていた言葉であった。
だから雲水は薄く笑いながら口を開いた。
「そちらからそう言ってくれると助かる。こちらからの要求はさらなる領土と安全保障条約だ」
さらに土地を割譲し、何かあった際には守れ、という要求であった。
その内容はさすがに即答できるものでは無かった。
だからシャロンが口を開いた。
「……いまここで返事ができる内容じゃ無いわね。だけど、そちらにとって良い答えができるように努力はする。それでかまわない?」
その答えは予想通りのものであった。
だから雲水は即座に頷きを返し、口を開いた。
「ああ、それで問題無い。では、いま話した内容を記録した書類に二人の名前を書いてもらえるかな?」
ルイスとシャロンは頷き、差し出された書類に一枚一枚サインをしていった。
雲水はそれを確認したあと、口を開いた。
「……これがあれば我が主から良い返事が返ってくるだろう。期待して待っていてくれ」
雲水はそう言って部下にその書類を渡した。
そしてその部下がテントから出て行ったのと入れ替わりに、キーラが場に姿を現した。
キーラは既に来ていた雲水を一瞥したあと、ルイスに向かって口を開いた。
「これでも呼ばれてからすぐに来たつもりなんだけれども、遅かったかしら?」
「……いや、そんなことは無い。彼は別の要件を済ませるために先に来ただけだ」
「そう。なら良かった」
キーラはそう言いながら入り口側の空いている席に座った。
「「「……」」」
そして場は緊張に包まれた。
仕方の無いことであった。
だからルイスは口を開いた。
「……爆発魔法は魂で作られた巨大な怪物に対して非常に有効だ。そして彼女は貴重なその使い手の一人だ」
だから今はその力を利用すべき。言わずともわかるその言葉をルイスは飲み込んだ。
が、キーラはその言葉を直後に代弁した。
「私はあの怪物達は殲滅すべきだと思っている。だから私はあなた達に力を貸す。私を存分に使いなさい」
キーラはさらに言葉を付け加えた。
「戦術に対して私は口出しはしない。どんなにキツい役割でもやってあげるわ。だから、私への個人的な用件については、この戦いのあとにしてちょうだい」
「「「……」」」
その言葉に対して物申す者は誰もいなかった。
だからルイスは始まりを宣言した。
「では、作戦会議を始める。ナチャの偵察から得られた情報によると――」
サイラスが発見した情報は即座に共有され、それに基づいた新たな戦術が組み立てられた。
戦術の要は爆発魔法で雲に大打撃を与えられるシャロンや、魂の扱いに長けたサイラス達。
待ち伏せで雲を撃破し、魂の補給線を破壊していく。
同時に要所に拠点を立てて敵の兵站線を寸断する。
そうしていくうちに、敵の動きに変化が現れ始めた。
侵攻開始直後の勢いは消え、積極的に仕掛けてこなくなったのだ。
ゆえに、サイラスが人々を治療する時間と余裕が生まれ始めた。
それはナチャも同じであり、ナチャはルイスと共にサイラスの治療活動に協力するようになった。
サイラスが戦闘に参加しなくてもシャロン達は順調に戦線を押し上げていった。
が、それは敵が逃げ腰になっているからであり、敵に与えた損害はあまり大きく無かった。
そして敵は押し込まれるままに、港に集結していった。
その密集した戦力は強大であり、先行していたキーラと雲水達も港町の手前で足を止めることとなった。
しばらくしてシャロン達が追いつき、作戦会議が開かれることになった。
◆◆◆
ルイス達が待つ会議の場に最初に姿を現したのは雲水であった。
「お久しぶりだな、ルイス殿」
「早いな雲水殿。今から使いの者を送ろうと思っていたのだが」
雲水が足早に姿を見せたのには理由があった。
以前アルフレッドに伝言をして取り付けた約束、その約束の理由を雲水は声に出した。
「援助の継続についての話だ」
やはりか、と、ルイスは思った。予想できていた。
ルイス達は他国からも援助を受けていた。雲水の出身地である『和の国』からは、多くの鉄と火薬を援助されている。
だが、その援助の理由は既に消えているはずであった。
雲水はそれを述べた。
「いまは非常事態ゆえにこちらの善意で継続しているが、本来は魔王を倒すまでの約束だったはず」
その言い回しに、ルイスは心の中で薄く笑った。
したたかな言い回しだ、そう思ったからだ。
だからルイスは口を開いた。
「その通りだ。その報酬として、あの港街『シエルダ』と周辺の土地をそちらに割譲する。そういう約束だった」
それが雲水達が戦っている理由であった。
ルイス達がキーラ達を倒した直後に雲水達は船で出発し、新たな植民地となる港町に向かったのだ。
しかし雲水達が到着する頃には、シエルダの周辺は既に狂人達の支配下にあった。
だから雲水達が戦うのは当然のことであった。
だが、それにしても出発と到着が速い。
その理由をルイスは予想と共に尋ねた。
「話の前に一つ聞きたいのだが、やはりそちらの国もやつらに攻撃されたのか?」
これに雲水は頷きを返しながら口を開いた。
「ああ、その通りだ。だがこちらはもう終わった。だから我々が偵察をかねてここに派遣されたのだ」
その言葉に、ルイスはウソを感じ取った。
その割にはこちらに送られた人員が少ない。だから雲水はなかなか接触してこなかった。その余裕が今まで無かったのだ。
おそらく、敵の攻撃の第一波を止めて少し落ち着いたからこちらに少し人を送ったとか、そんな感じだろう。
だからルイスはそれについて尋ねた。
「敵がどこから送られてきているか、そちらは何か情報を掴んでいるか?」
それは痛いところであったがゆえに、雲水は少し言葉を詰まらせてから答えた。
「……いや、こちらもまだ敵の本拠地は把握していない」
やっぱりな、ルイスはそう思いながら口を開いた。
「やはりそちらにとっても敵の正体は不明か」
だから本土から大きな戦力を出せないんだろう? などと意地悪な言葉を付け加えることはしなかった。
いまはそんな問答をしている場合では無いからだ。
だからルイスは本題を進めることにした。
「……敵の戦力が不明である以上、援助は引き続きお願いしたい。そのための報酬が欲しいと言うのであれば、聞こう」
それは雲水が待っていた言葉であった。
だから雲水は薄く笑いながら口を開いた。
「そちらからそう言ってくれると助かる。こちらからの要求はさらなる領土と安全保障条約だ」
さらに土地を割譲し、何かあった際には守れ、という要求であった。
その内容はさすがに即答できるものでは無かった。
だからシャロンが口を開いた。
「……いまここで返事ができる内容じゃ無いわね。だけど、そちらにとって良い答えができるように努力はする。それでかまわない?」
その答えは予想通りのものであった。
だから雲水は即座に頷きを返し、口を開いた。
「ああ、それで問題無い。では、いま話した内容を記録した書類に二人の名前を書いてもらえるかな?」
ルイスとシャロンは頷き、差し出された書類に一枚一枚サインをしていった。
雲水はそれを確認したあと、口を開いた。
「……これがあれば我が主から良い返事が返ってくるだろう。期待して待っていてくれ」
雲水はそう言って部下にその書類を渡した。
そしてその部下がテントから出て行ったのと入れ替わりに、キーラが場に姿を現した。
キーラは既に来ていた雲水を一瞥したあと、ルイスに向かって口を開いた。
「これでも呼ばれてからすぐに来たつもりなんだけれども、遅かったかしら?」
「……いや、そんなことは無い。彼は別の要件を済ませるために先に来ただけだ」
「そう。なら良かった」
キーラはそう言いながら入り口側の空いている席に座った。
「「「……」」」
そして場は緊張に包まれた。
仕方の無いことであった。
だからルイスは口を開いた。
「……爆発魔法は魂で作られた巨大な怪物に対して非常に有効だ。そして彼女は貴重なその使い手の一人だ」
だから今はその力を利用すべき。言わずともわかるその言葉をルイスは飲み込んだ。
が、キーラはその言葉を直後に代弁した。
「私はあの怪物達は殲滅すべきだと思っている。だから私はあなた達に力を貸す。私を存分に使いなさい」
キーラはさらに言葉を付け加えた。
「戦術に対して私は口出しはしない。どんなにキツい役割でもやってあげるわ。だから、私への個人的な用件については、この戦いのあとにしてちょうだい」
「「「……」」」
その言葉に対して物申す者は誰もいなかった。
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