Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十九話 黄金の林檎(4)

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   ◆◆◆

 翌日――

 ルイスは自分のテントでフレディと話すことになった。
 これはサイラスからの要望であった。
「フレディが話したいそうだから、会ってやってくれないか?」と頼まれたのだ。

「それで、私に話とは?」

 戦略会議が終わるのをテントの前で待っていたフレディをルイスは中に招き入れ、要件を尋ねた。
 フレディは言葉もすでに選んでいたらしく、即答した。

「この右腕のことなんです」

 言いながら、フレディは右腕の包帯を取って見せた。
 そしてあらわになったその傷の状態を見たルイスは、

(これは――)

 かける言葉を失ってしまった。
 複雑な骨折に、深い裂傷、これでは――
 言い難いその言葉を、直後にフレディは声に出した。

「そうです。この右腕はもう使い物になりません」

 つまりどういうことか。やはり言い難いその言葉をフレディは続けて声に出した。

「骨折と裂傷のせいで血が通って無い。だからこの腕は腐ってしまう。切り落とさなきゃならない」
「……」

 ルイスには何も言えなかった。
 気の毒に、という言葉すらかけられなかった。
 その必要があるのか分からなかったからだ。
 間違い無く、フレディは慰めの言葉が欲しくて自分に会いに来たのでは無いはず。
 いったいフレディは自分に何を求めているのか?
 ルイスが感知能力でそれを探ろうとした直後、フレディは口を開いた。

「だから、ルイス様にお願いしたいことがあるんです」

 まさか、腕の腐敗をなんとかしてくれと言うつもりなのだろうか、ルイスはそう思った。
 その答えはノーだ。自分にそんな技術は無い。
 が、それはフレディもよくわかっていることであった。
 そして直後にフレディの口から出た言葉は、ルイスがまったく予想していないものであった。

「魔法を使えない無能力者と魔法使いの差は、体内に流れている魔力を外に出せるか否か、それだけなんですよね?」
「……ああ、その通りだ」

 それは確かにその通りであったが、ルイスにはフレディが何を言わんとしているのか掴めなかった。
 フレディはルイスのそんな戸惑いを無視するかのように、言葉を重ねた。

「そして鉄は光魔法の粒子を抵抗無く通し、鋼である場合は含まれている炭素と強く結びついて結果として加速の効果を得る、これで合ってますか?」

 フレディの言っていることはまたしても正解であった。
 ゆえにこの世界での鉄は、魔力を通して使う武器の素材として使いやすいだけで無く、防具としても優秀であった。
 感電時に身に着けている金属に電流が分流することで身体の被害を減らしてくれるように、鉄は光魔法に対して同じように作用する。
 だがフレディが言っている通り、光魔法の粒子は炭素と強く反応する。そして人体にはたくさんの炭素が使われている。ゆえに電流と同じような挙動はしないが、それでも被害は減る。
 さらに同じ魔力を通しておけば同極の磁石と同じように押し合う力が作用し、自動的に受け流す防具となる。受ける瞬間に魔力を強く放射するなどして圧力を上げれば、弾き飛ばすような芸当も可能だ。
 フレディはそこまで理解していた。その知識の深さをルイスは感じ取れた。
 ゆえに、ルイスには頷くしか無かった。

「……ああ、そうだ」

 瞬間、ルイスの頭の中で二つの言葉がフレディの負傷と繋がった。
 だからルイスは「まさか」と思った。
 だからルイスはフレディに言われるより早く、そのまさかを言葉にした。

「まさか、光魔法が使えるようになる義手を私に作ってほしいということか?!」

 思わず、強い口調になってしまった。
 しかしそれもしょうがないことであった。
 つまり、フレディは自身の右腕の中に鉄の棒のようなものをねじこみ、それを魔力の経路と結びつける手術をしてくれと言っているのだ。
 常識で考えるまでも無く、明らかに狂気じみた手術であった。
 が、フレディは力強く肯定した。

「そうです! 理論的には可能ですよね?!」

 瞬間、ルイスは「しまった」と思った。
 できる気がする、反射的にそう思ってしまったからだ。思わず心の声を響かせてしまったからだ。
 その心の声をフレディは聞き漏らさなかった。

「やっぱりできるんですね! ならお願いします、ルイス様!」
「……っ」

 ルイスは即答できなかった。言葉を詰まらせた。
 それは失敗の可能性と伴う責任によるものでは無かったが、ルイスは拒否するための口実を探していた。
 拒否したい理由はルイス自身わかっていた。
 その理由とフレディに応えたいという気持ちがぶつかり合っていた。
 そしてそのぶつかり合いは、拒否したい気持ちのほうがやや優勢であった。
 だからルイスは尋ねた。

「なぜだ? なぜそうまでして戦場に戻りたがる?」
「それは……」

 フレディが答えようとするのを遮って、ルイスは口を開いた。
 自分の声で相手の発言そのものを押さえつけようとする、ルイスにしては珍しい行為であった。

「先の撤退戦の当事者だったのだからわかるはずだ。ここからは激戦が続くことを。それだけじゃない、片腕を失ったのだから除隊する権利があることは軍医から教えられたはずだ。それでも金目当てのために戦う者はいる。きみもそうなのか?」

 フレディは首を振った。

「違います。決して」

 なら、どうして。それを尋ねられるより早くフレディは答えた。

「腹が立ってるんですよ。どうしようもないくらいに」

 そしてフレディは語り出した。

「俺達は、いや、俺は、魔法使いと無能力者の関係を変えるために戦ってたんです。なのに、あいつらは突然現れて無茶苦茶にした」

 言葉には少しずつ熱がこもっていった。

「きっと新しい時代が来ると、俺なりに考えて信じていました。でもその夢は潰された。あのわけのわからないクソッタレどものせいで!」

 そしてフレディは自分の思いを真っすぐに叫んだ。

「だから戦いたいんです。俺が最初に描いた理想を取り戻すには、あいつらを叩き潰すしか無いんですよ!」
「……っ」

 その熱意に、ルイスはまたしても言葉を詰まらせた。
 だが、ルイスの中のぶつかり合いは決着がついていた。
 あとは言葉を選ぶだけだった。
 そしてルイスはそれを声に出した。
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