上 下
269 / 545
第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十九話 黄金の林檎(2)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 翌日――

「……失礼します」

 呼び出しを受けたアルフレッドは緊張の面持ちで大きなテントの幕をくぐった。
 中には、この軍において最上位と呼べる人物達が集まっていた。
 ルイスにシャロン、そしてサイラスだ。
 大将格の指揮官達もいる。
 そんな人物たちが円卓を囲んでいた。
 これからここで、今後の戦い方についての議論が行われるからだ。
 ゆえに円卓の上には大きな地図が置かれていた。
 その地図には、現在の敵の配置を示す駒が置かれている。
 一体どうしてもう敵の配置がわかっているのか、その理由は簡単に想像がついた。
 おそらく、あのルイスの奇妙な友人によるものだろう。
 しかしなぜこの場に自分が呼ばれたのか、アルフレッドにはわからなかった。
 だからアルフレッドは緊張していた。
 そして最初に口を開いたのは、その緊張をやわらげたいと思ったルイスであった。

「心配しなくていい。ここに呼んだのは君にとって悪い話をするためじゃない。むしろ君のために呼んだんだ」

 自分のために呼んだ? いったい何の話をするつもりなのか? そんな思いに対してルイスは答えるように口を開いた。

「君を呼ぶ前に君のことについて話した。この場にいる全員が君が抱えている問題を知っている」

 その言葉に対して、アルフレッドはやはり嫌な予感しか抱けなかった。
 だが、その予感は杞憂であることをルイスは声に出した。

「だから我々は君が抱えているその問題を逆に利用してやろうと考えたのだ」

 理解できない攻撃を利用する? アルフレッドには意味がわからなかった。
 だからルイスは説明のために続けて口を開こうとした。
 が、シャロンが喋りだすほうが早かった。

「なぜかはまだわからないけれど、あなたはその正体不明の何かによく狙われているわ。だからそれを逆手にとって相手を釣りだすのよ」

 この時、シャロンは少しだけウソをついた。
 なぜかはまだわからない、の部分だ。
 見当はついていた。
 その見当はルイスとサイラスも同意するところであり、ゆえにサイラスが言葉を付け加えた。

「君の活躍次第では、敵全体を陽動するなんてことも出来るかもしれない」

 さらにサイラスは続けて口を開き、予想されるもう一つの利点についても述べた。

「しかもこれまでの君に対しての攻撃の内容から察するに、敵は君を殺すつもりは無いように思える。ならば、君を前に出すことで敵の攻勢を弱めることができる可能性がある」

 この時、サイラスも少しだけウソをついた。
 敵の指揮系統は一つでは無い可能性が高い。
 アルフレッドを狙っている敵は別の指揮官から送り出された刺客、という可能性もある。
 その場合はアルフレッドは盾にならない。
 事実、先の戦いではアルフレッドが最前に立っても敵の攻勢が弱まることは無かった。
 つまりサイラスが言っていることは、アルフレッドに気持ちよく納得してオトリをやってもらうための、都合の良い理由付けであった。
 が、

「……」

 残念ながらアルフレッドは優秀であった。
 アルフレッドは感知能力に頼らずにサイラスの言葉の裏を読んでいた。
 だが、それでもアルフレッドは納得していた。
 何にしても、自分が前に立ったほうがいい、それはよく分かっていた。
 だからアルフレッドは答えた。

「わかりました。やってみます。最前で派手に暴れればいいんですね?」

 物分かりがよくて助かる、そんな思いを含めてサイラスは口を開いた。

「ああ、その通りだ」

 だが、納得はしてもアルフレッドにはまだ聞きたいことがあった。
 もしも釣りが成功し、敵が自分に何かをしたとして、それを押さえることはできるのか、と。
 されるがままで何もできないのであれば、釣りだす意味が無い。
 アルフレッドはそれを尋ねようとしたが、その質問を感じ取ったルイスが聞かれるより早く答えた。

「この作戦は推論の上に立てられたものだ。すべてがハズレに終わる可能性もある。だが、それでも成功率を上げるための手は打ちたい」

 何か手があるのか? アルフレッドは期待感を抱いた。
 しかしそれは手では無く、「彼」であった。

「そこで、君には彼と同行してもらうことになる」

 彼? それが誰かはすぐに察しがついたが、その彼はこの場にはいないようであった。
 が、直後、

「ここだよ」
「!」

 アルフレッドの真横から、右下から声がした。
 驚いて視線を向けると、地面からナチャが生え伸びた。
 まるで植物が急成長したかのような登場。
 その登場にアルフレッドが驚いていると、ナチャはアルフレッドに向かって口を開いた。

「いま見せた通り、ボクは擬態が得意でね。今のは薄く広がって地面に擬態していたんだけど、なかなかだっただろう?」

 その言葉には頷くしか無かった。なかなかどころか、完璧だった。ただの地面にしか思えなかった。
 アルフレッドがその擬態の技術に感心していると、ナチャはアルフレッドに向かって右手を差し出しながら口を開いた。

「ボクが君に同行して現場を押さえる。よろしく頼むよ」

 アルフレッドはその右手を握り返した。
 いや、実際に握ったわけでは無い。相手は魂の集合体。握ることはできない。だからアルフレッドは肌を触れ合わせただけだ。
 その奇妙な握手を交わしながら、ナチャは笑顔を作って言った。

「正確に言えば、同行じゃなくて君の中に住まわせてもらう。というわけで、仲良くしようね二人とも」

 その挨拶はアルフッドだけで無く、アリスにも向けられたものだった。
 だからアリスはいまの正直な思いを答えた。

「変なことをしたらすぐに追い出すからね」

 これに、ナチャは本当の笑顔で答えた。

「ひどいなあ。少しは信用してくれよ」

 これにもアリスは正直な気持ちで答えた。

「残念だけど、それは無理な相談ね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

通史日本史

DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。 マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。

異世界でスローライフを満喫する為に

美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます! 【※毎日18時更新中】 タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です! ※カクヨム様にも投稿しております ※イラストはAIアートイラストを使用

超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人
ファンタジー
 「ちょっと運命的かもとか無駄にときめいたこのあたしの感動は見事に粉砕よッ」  琥珀の瞳に涙を浮かべて言い放つ少女の声が、彼の鼓膜を打つ。  その右手には片刃の長剣が握られていた。  彼は剣士であり傭兵だ。名はダーンという。  アテネ王国の傭兵隊に所属し、現在は、国王陛下の勅命を受けて任務中だった。  その任務の目的の一つ、『消息を絶った同盟国要人の発見保護』を、ここで達成しようとしているのだが……。  ここに至るまで、彼の義理の兄で傭兵隊長のナスカと、その恋人にして聖女と謳われたホーチィニ、弓兵の少女エルと行動を共にしていたが……。紆余曲折あって、ダーンの単独行動となった矢先に、それは起こった。  咄嗟に助けたと思った対象がまさか、探していた人物とは……というよりも、女とは思わなかった。  そんな後悔と右頬に残るヒリヒリした痛みよりも、重厚な存在感として左手に残るあり得ない程の柔らな感覚。  目の前には、視線を向けるだけでも気恥ずかしくなる程の美しさ。  女性の機微は全く通じないし、いつもどこか冷めているような男、アテネ一の朴念仁と謳われた剣士、ダーン。  世界最大の王国の至宝と謳われているが、その可憐さとは裏腹にどこか素直になれない少女ステフ。  理力文明の最盛期、二人が出会ったその日から、彼らの世界は大きく変化していき――琥珀の瞳に宿る想いと追憶が、彼の蒼穹の瞳に封じられていた熱を呼び覚ます。  蒼穹の激情へと至る過程に、彼らの絆と想いが描く軌跡の物語。

最弱クラスと言われている死霊術師、前世記憶でサブサブクラスまで得て最強無敵になる~最強ネクロマンサーは全てを蹂躙する~

榊与一
ファンタジー
ある日突然、ユーリは前世の記憶を思い出す。 そして気づく。 今いる場所が、自分がやり込んでいたヘブンスオンラインというゲームに瓜二つである事に。 この物語は最弱職と言われる死霊術師クラスで生まれて来たユーリが、前世廃知識を使って最強のネクロマンサーに昇り詰める物語である。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

SFサイドメニュー

アポロ
SF
短編SF。かわいくて憎たらしい近未来の物語。 ★ 少年アンバー・ハルカドットオムは宇宙船飛車八号の船内コロニーに生まれました。その正体は超高度な人工知能を搭載された船の意思により生み出されたスーパーアンドロイドです。我々人類はユートピアを期待しています。彼の影響を認めれば新しい世界を切り開けるかもしれない。認めなければディストピアへ辿り着いてしまうかもしれない。アンバーは、人間の子どもになる夢を見ているそうです。そう思っててもいい? ★ 完結後は2024年のnote創作大賞へ。 そのつもりになって見直し出したところいきなり頭を抱えました。 気配はあるプロト版だけれど不完全要素がやや多すぎると猛省中です。 直すとしても手の入れ方に悩む部分多々。 新版は大幅な改変になりそう。

魔法少女のなんでも屋

モブ乙
ファンタジー
魔法が使えるJC の不思議な部活のお話です

異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)

愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。 ってことは……大型トラックだよね。 21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。 勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。 追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?

処理中です...