Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(39)

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 ルイスは頷きを返しつつ、話を次に進めるために尋ねた。

「ある時とは?」
「彼が森を出る時、宗教団体に喧嘩を売ったあたりからだね」
「アリスの複製を連れ出すために森で戦い始めたあたり、ということか? 時間帯にかなりの幅があるな」

 アルフレッドの過去についてはルイスは本人からおおざっぱに話を聞かされただけだが、今はナチャから記憶情報が提供されているゆえに、双方の理解の差は急速に埋まり続けていた。
 そしてナチャはルイスの言葉に対して、少し申し訳なさそうになりながら口を開いた。

「悪いけど、この時だ、と一点に断言はできないよ」
「それはかまわない。しかし一つ聞きたい。変わったとは、具体的に何が変わったんだ?」
「ルイス、君なら今の彼の性格をどう評価する?」
「今の彼か、そうだな……」

 ルイスは少し考えてから答えた。

「優しいが、時々情に流されておかしな選択をする」
「彼が変わったのはその最後の部分だよ。先にも言った判断基準の部分だね」

 どういうことだ? と、ルイスが尋ねるより早くナチャは答えた。

「以前の彼を記憶から考えてみて。どの記憶から考えてもそんな選択をする人間じゃ無いんだよ。たとえ情が移る状況であったとしてもね」

 以前のアルフレッドはどうであったか、ナチャは語り始めた。

「以前の彼は超がつくほどの慎重派だよ。そして勇敢な狂人でもある。たった一人で立ち向かうことを決意し、そして何年も慎重に準備を重ねた、そんな人間だよ」

 ナチャは記憶情報と照らし合わせながら、アルフレッドについて語り続けた。

「彼は頭が良い。だから一人では勝ち目が無いことなんてわかっていた。だから誰も巻き込まないようにしていた。だからバークからの『家族になろう』という魅力的なお誘いにも乗らなかった。かつての彼は勝ち目が無いことをわかっていながら、それでも一矢報いる、そんな気持ちで準備を重ねていた狂人なんだよ」

 確かに、過去のアルフレッドのことを知れば知るほど、「あの選択」はおかしいと思える。
 ルイスがそう思った直後、ナチャがその思いを代弁した。

「だから彼があんなことを、キーラに情を移してルイスの指示に逆らうなんて、明らかにおかしいんだよ。それは自分の立場を揺るがしかねない行為であって、目的の達成の放棄につながりかねない選択だからね」

 さらに、ナチャは付け加えた。

「そして今回の戦いでも彼は誤った選択肢を選びかけた。事前にルイスが釘を刺しておいたにもかかわらずだ。幸い、ベアトリスが止めてくれたおかげで事無きを得たけどね」

 ルイスは一連の説明に納得した。
 だからルイスは次の疑問について尋ねた。
 
「アルフレッドの選択基準がどこかで変えられたとして、それはどのように変えられたと思う?」

 残念ながら、そこまではナチャにもわからなかった。

「う~ん、悪いけどそこまではちょっと……『あの時どう考えてこうした』っていう情報はあまり記憶に残って無かったから……」
「そうか、ならしょうがないな」

 ルイスはそう言って話を終わらせようとした。
 が、ナチャはまだ重要な話を残していた。
 だからナチャはすぐに口を開いた。

「問題はまだあるんだよ、ルイス」
「え?」
「一旦置いた、デュランの話だよ」
「ああ、そういえばまだ聞かされて無かったな。何があったんだ?」
「乗っ取られたデュランをボクが助けたわけなんだけど、本来ならそんなことをする必要は無かったはずだったんだ」

 ルイスが「本来は?」と話をうながすと、ナチャは口を開いた。

「デュランの技術はよく練られたものだった。失血状態になり、意識が消えて魂で動かすことになった時も、その移行作業は初めてとは思えないほどのものだった。でもね、そこに邪魔が入ったんだ。あれが無ければ乗っ取られることなんて無かったと思う」
「何をされたんだ?」
「デュランの中に種が仕込まれていて……それが割れて中から攻撃的な虫と毒が流れ出した……だと思う、たぶん」
「たぶんとは? よく見てなかったのか?」
「いいや、ボクはデュランのことをちゃんと見ていたよ。でもよくわからないんだ。だから問題なんだよ」
「はっきり言ってくれ」
「……たぶん、敵の中にかなりヤバイやつがいる。そいつはボクと同等、いや、格上の技術者かもしれない。ボクには敵が何をしたのかよくわからなかった。つまりそういうことだよ」
「お前より格上だと?」

 それはルイスにとっては驚くべき答えだった。
 これまで、ナチャと一緒に色んな敵と戦ってきた。
 だが、ナチャは技術という点において一度も敵に遅れをとったことは無かった。
 しかし今回は違うというのだ。
 されど、悲観的になるのはまだ早い、そう思える要素があった。
 ルイスはそれを声に出した。

「お前に気づかれずに攻撃できるやつがいるとして、なんでそんな中途半端な攻撃だったんだろうな?」
「たぶん、そういう攻撃しかできなかったからじゃないかな。隠れながらだと機能が制限されるのかもしれない」

 ナチャのその言葉に対し、ルイスは希望のある要素だけを取り出して、再び言った。

「もしかしたら、得意なのは隠れることだけで、大きなことはできないのかもな」

 その都合の良い予想に、ナチャは薄く笑いながら口を開いた。

「だといいけどね」

 ナチャはすぐに笑みを消し、視線を遠くに向けながら口を開いた。

「じゃあボクは偵察に戻るよ。本体はまだ戦ってるしね」

 このナチャは分身であり、本体はまだ戦闘中であった。
 本当ならばあの場には雲だけでなく、三体のドラゴンが増援に来るはずであった。雲がドラゴンを強化しつつ操作する手はずだったのだ。それをナチャが食い止めてくれたのだ。
 ナチャはルイスから任されたアルフレッドの調査だけで無く、デュランの救援、さらに部隊の撤退の援護までやっていたのだ。
 ルイスはそれら全てに対して感謝の言葉を述べた。

「すまない。今回はお前に頼りっぱなしだな」

 ナチャは笑顔でその言葉に答えた。

「かまわないよ。むしろ頼ってくれて嬉しい」
「そうか。じゃあこれからも遠慮無く頼ることにしよう」

 ルイスが同じ笑みでそう返すと、ナチャは視線を再び遠くに向けなおし、その場から去ろうとした。

「じゃあ、そろそろ――あ、そうだ」

 が、ある事を思い出したナチャは再びルイスのほうに向き直って口を開いた。

「もうすぐ戻ってくるアルフレッドにも言われると思うんだけど、雲水が会いたいってさ。このまま街に入れば向こうから接触してくると思う」
「そうかわかった」
「じゃあ、もう言い忘れたことは無いと思うから、ボクは行ってくるよ」
「ああ、気を付けてな」
「そっちもね」

 そしてナチャの姿は自然の中に溶け込むように場から消えた。
 その気配も完全に消え去ったあと、ルイスは表情を真剣なものに戻した。
 やはり、先の言葉がひっかかっていた。

(あいつより強い敵、か)

 そんなやつがいる可能性を考えたことは無かった。考えたくなかった。
 これまで経験したことの無い激戦になるかもしれない、ルイスはそう思った。

 そしてこの時、二人とも気づいていなかった。
 どうして敵が『完璧な仕事』をできたのか。そのヒントがアルフレッドの記憶の中にあったことを。

   ◆◆◆

 同時刻――

 作業を終えて戦場から離れたある『モノ』が、歓喜の声を上げていた。
 やっと終わった、と。
 ついに集まった、終わった、と。
 あとはこれを持ち帰って――

「……」

 持ち帰ってどうするのか、どうしたいのか、『かつての自分』はどうしたかったのか、『ソレ』はどうしても思い出せなかった。

   第十九話 黄金の林檎 に続く
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