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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十八話 凶獣協奏曲(38)
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一方――
(どうやら、間に合ったようだな)
キーラが現地にようやく登場してくれたことに、ルイスは安堵していた。
これで味方の撤退は問題無く完了し、我々がたどり着くころには敵の数をかなり減らしてくれているはずだ。
敵の戦力がいまだ不明である以上、本隊である我々の戦力はできるだけ温存しておきたい。
(さて、あとは――)
アルフレッドとほぼ同時に送り出した「アイツ」が帰ってくるのを待つだけ――ルイスがそう思った直後、声が響いた。
(もう君の近くにいるよ)
「!」
突然のその声に、ルイスは驚いた。
表面には出さなかったが、それでも驚いたという感情を強く発してしまった。
ほぼ全員が優秀な感知能力者で構成されているルイスの親衛隊も、突然のその声にざわつき始めていた。
声はたしかにいした、だが位置がわからない。声は全方位から聞こえていた。
ざわつきながら親衛隊が周囲を見回し始めると、そいつは再び声を響かせた。
(ここだよ、ここ)
今度は方向が一つに限定されていた。左の林の中からだ。
全員がそちらに目をやると、そいつはある木の中から「ぬるり」と現れた。
そしてそいつは、ナチャは嬉しそうな顔で口を開いた。
「木から木へ移動しながらしばらく真横についてたんだけど、意外と気づかれないものだね」
実際に音波が響いたわけでは無い。完治能力者にしか響かない声でナチャはそう言った。
だからルイスは同じ波で、魂の声で言葉を返した。
「またか。驚かせるのはやめてくれと、いつも言ってるだろう?」
「そう言わないでくれよ。これはボクにとって必要なことなんだ」
「このかくれんぼが必要なことって、どういうことだ?」
「自分の技術が衰えていないことの確認さ。君をだますことで自信も生まれる。だから必要なことなんだよ」
それはちゃんとした理由に聞こえたが、ナチャの顔に張り付いている悪戯(いたずら)じみた笑顔が、それを否定していた。
その顔は「今さっき思いつきました」と言っているようにしか見えなかった。
だからルイスは「やれやれ」と思いながら物申した。
「はいはいわかったよ。でも驚かすのはもうやめてくれ」
そしてナチャの遊びに付き合うつもりはさらさら無いルイスは、さっそく肝心なことを尋ねた。
「それで、どうだった?」
「彼は優秀だ。これから頼りになると思うよ」
「え?」
だがその答えは、ルイスが予想していたいずれとも合わないものであった。
その理由をナチャは直後に答えた。
「彼は、デュランは優れた素質を持っていたよ。彼はそれを戦いの中で開花させた」
「なんだ、デュランの話か」
聞きたいのはアルフレッドのことであったが、ルイスはその内容に意識を傾けた。
ナチャは淡々と語った。
「大量の魂を制御するという点においては、デュランはサイラスと同等だった。でも今回は少し運が無かった」
「どういうことだ?」
「失血が多く、体の制御のすべてを魂でやることになってしまったんだ。そんな時にデュランの魂は悪い奴に捕まってしまった。まあ、これはボクが助けたけどね」
なるほどな、ルイスが心の中でそう相槌を打つと、ナチャは再び語り始めた。
「問題はそれだけじゃなかったけど、とりあえずそれは一旦置いておいて、君が知りたがっているアルフレッドのことについて話そう」
ようやく聞きたかった話に入った。ルイスは意識を集中させたが、ナチャの第一声は少し拍子抜けするものであった。
「結論から言うと……わからない」
「お前でもわからないのか」
拍子抜けすると同時に残念であり、しかしよく考えるとそれは驚きの答えであった。
ナチャはわからない理由について説明を始めた。
「まず第一に、敵か味方かと問われれば味方だ。これは断言できる。彼の中に入って隅々(すみずみ)まで調べたからね」
その仕事ぶりはアリスという守護者がいる事実から考えれば驚愕に値するものであった。
しかしナチャはその仕事ぶりを自慢すること無く、淡々と述べた。
「アリスにばれないようにやるのは大変だったよ。でも幸いなことに、敵が雪のように大量の虫をばらまいていたからね。そいつらの中にまぎれてアルフレッドの体内を調べることは難しく無かった」
そこまで聞いてルイスの中に当然の疑問が浮き上がった。
ルイスはそれを尋ねた。
「じゃあどうしてわからないんだ?」
隅々まで調べて問題が無かったのであれば、わからないなんて答えにはならないはず。
「……」
ナチャは即答しなかった。
ナチャは慎重に言葉を選んでいた。
しばらくして、ナチャは口を開いた。
「ルイス、ボクや君が時々やる騙し合いや権謀術数(けんぼうじゅっすう)において、『完璧な仕事』とはどういうものだと思う?」
その答えはすぐにわかった。だからルイスは即答した。
「仕事をしたことすら気づかれないことだ」
ナチャは頷きを返し、口を開いた。
「そうだ。完璧な仕事には痕跡が一切無く、被害者はその被害が誰かによって仕掛けられたものであることに気付かない。場合によっては被害を受けたことすら認識しない」
何が言いたいのか、なぜ「わからない」なのか、ルイスはようやく気付いた
ナチャは直後にそれを声に出した。
「これはそんな完璧な仕事だと思う。そしてたぶん後者のほうだ。アルフレッドもアリスも何かされたことすら気づいていない」
「では、どうしてお前は怪しいと思うんだ?」
「前後が一致しないからだよ」
「前後?」
「筋が合わないと言ったほうが正しいかも。物事の流れがおかしいんだ」
「具体的に言ってくれ」
「人間の性格や判断基準は他者に改造されたりでもしない限りそう簡単には変わらない。それは普通、多くの経験や思考の積み重ねによるものだ。でも彼はある時を境に変わってしまっている」
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