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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(24)

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「……」

 どうしたらいいのかわからないベアトリスは、走るデュランの背を見つめていた。
 直後、

「……彼について行ってくれ! 彼を援護するんだ!」

 アルフレッドはベアトリスの肩から離れながらそう叫んだ。

「でも……!」

 当然のようにベアトリスはその頼みを拒否しようとした。
 だからアルフレッドは先手を取って言った。

「俺ならもう大丈夫だ! 自分の身を守れるくらいには回復した!」

 アルフレッドはさらに理由を付け加えた。

「俺と君だけでは厳しい! 彼の力が必要だ! だけど彼は不安定だ! だから彼を援護してやってくれ! 完全に回復したら俺もそっちに行くから!」

 それでもあなたが心配、ベアトリスにはそんな気持ちがあった。だから即答できなかった。
 だが、アルフレッドの言葉が正しいこともわかっていた。
 デュランを上手く戦わせることができれば、状況は一気に良くなることは間違い無い。
 だからベアトリスは条件を付けた。

「わかった……でも、アルフレッドが少しでも危なくなったら戻ってくるからね!」

 これにアルフレッドは頷きを返しながら口を開いた。

「ありがとう。頼んだよ」

 任せて、とはベアトリスは答えなかった。アルフレッドが望むとおりに全力を尽くすという約束はできなかった。ベアトリスにとって一番大切なのはアルフレッドだった。そこはどうしても譲れなかった。
 だからベアトリスは何も言わずに向き直り、迷いを振り払うようにデュランの方向に向かって強く地を蹴った。

   ◆◆◆

 デュランにはすぐに追いついた。
 言い換えれば、敵はすぐ近くにいるということ。
 もっと正確に言えばそこら中にいた。
 ゆえにベアトリスもすぐに標的にされた。
 襲い掛かってくる異形の凶人達を槍と嵐でさばく。
 合間にベアトリスはデュランへの援護を行った。
 だが、デュランからの援護は無かった。
 デュランはベアトリスを無視しているような動きを見せていた。
 だからベアトリスはデュランからある程度の距離を取っていた。
 いつデュランに襲われても大丈夫なように、かつ、いつでもアルフレッドを助けにいけるように。
 だからベアトリスは戦いながらも注意深くデュランを観察していた。

(デュランさんの気配は感じ取れるけども……)

 やはり危うい。
 デュランさんの気配が現れたり消えたりを繰り返している。明滅してる。
 出血のせいで意識が維持できなくなりかけている?

(いや、これは――)

 それだけでは無い、ベアトリスはそう思った。

(攻撃されている……?)

 デュランの魂が他の魂から攻撃を受けている、そう思えた。
 直後、

「きゃっ!」

 突如、ベアトリスに向かって巨大な三日月が飛んできた。
 狭い路地の壁にはりつくように身をそらして回避する。
 わたしを狙った? そう思った直後に三日月は壁に衝突し、砕けて刃の嵐となり、

「ぎゃっ!」

 ベアトリスに背後から襲いかかろうとしていた凶人を切り刻んだ。
 乱暴な援護? それともわたしのことなんてどうでもいいと思ってる?
 その真意を探るべくデュランのほうに意識を向けると、ベアトリスはあることに気付いた。

(デュランさんの気配がすごく弱くなってる?)

 代わりに、別のある魂の気配がすごく強くなっていた。
 しかし間も無くその魂の気配も弱くなった。
 別の魂達から総攻撃を受けたからだ。
 そしてデュランの気配が再び現れた。
 直後に魂達がデュランに襲いかかる。
 が、

(壊そうとはしていない……?)

 ベアトリスは奇妙なことに気付いた。
 それは攻撃では無かった。
 デュランの魂を捕まえて一人じめにしようとしている、それがより正確な表現であるように思えた。
 しかしそれはそれで奇妙であった。
 魂だけで操作できるようになっている肉体は、宿主の魂を殺してしまえば奪える、それが常識。
 といっても、それだけでは永住できることにはならない。肉体に受け入れてもらえなければ餓死するだけだ。
 魂が生存しつづけるために必要な養分を作り出しているのは脳だ。そして作り出せる養分の種類は人によって違う。脳によって加工能力が異なるのだ。
 エサが合わなければ合うように改造してもらわねばならない。その際、エサのほうが変わるか、新しい入居者のほうが改造されることになるのか、どちらになるのかは時と場合による。
 デュランさんの脳はその加工能力だけでなく、供給量も高い。だからあれだけの数の魂を従えることができる。
 たぶんアルフレッドにもアレができる。だけどアルフレッドがアレを実行しないのは、いまデュランさんが危機に瀕しているように、乗っ取りの危険性があるからだ。
 ベアトリスがそこまで考えた直後、デュランの危機はさらに過酷なものとなった。
 デュランの魂が、

(バラバラにされた?! いや、)

 まだ繋がっている。引きちぎられかけている、という感じだ。
 だけどあれではもう時間の問題、ベアトリスがそう思った次の瞬間、頭に声が響いた。

「タスケテクレ」と。

 か細いが、それは間違いなくデュランの声だった。
 だが、ベアトリスは即応できなかった。

「助けてと言われても――」

 どうすればいいのかはなんとなくわかる。
 そしてそれができるのは自分しかいない。
 さらに、ベアトリスは可能ならば助けたい性分であった。
 だからベアトリスは覚悟を決めた。

「ああ、もう、しょうがない! やるだけやってみるよ!」

 槍を構え、再び声を上げる。

「だから出来るだけ動かないでね!」

 それはいまのデュランの状態を見れば無理な要望であることは明らかだった。
 これはベアトリスなりの願かけであった。
 ベアトリスは都合のいい神様にお願いしながら、

「みんなお願い!」

 防御魔法と蝶を展開し、槍を突き出しながら心の叫びを響かせた。

"白中・墨流蝶!”(はくちゅう・すみながし)
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