上 下
249 / 545
第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(21)

しおりを挟む

   ◆◆◆

 ベアトリスと同じ感情をフレディも抱いていた。
 だから思い出した。
 以前にもこんなことがあったことを。
 あいつは敵の技をちょっと見ただけですぐに自分のものにしていた。
 天才? そんな簡単な言葉では納得できない。
 いったい自分と何が違うというのか。
 そんなことを考えたから、フレディはあることに気付けた。
 おそらく、デュランは魂で体を操作している。理性や本能の活動がほとんど感じられない。意識は落ちたままだ。夢うつつですらない。
 しかしなぜ、あいつはあんなに上手く体を動かせるのか。知る限り、今回が初めてのはずだ。
 まるで、こんな事態を想定して常日頃から練習していたかのよう。
 さらにあいつは敵の魂を奪って自分の戦力に変えている。
 まるでサイラス様のように。
 サイラス様を参考にしたのだろうか?
 その真偽は確かめようがないし、今はどうでもいい。
 それよりも気になることがある。
 今はまだ上手く動けているが、このままだともしかしたら――

「……」

 そこでフレディは思考を切った。
 ただの予想にしか過ぎないし、出来れば外れてほしいことだったからだ。

   ◆◆◆

 デュランのことは気になったが、今のベアトリスにはそれよりも優先すべきことがあった。
 より安全な場所への移動だ。デュランが壁をなぎ倒してくれたから前に進める。
 アルフレッドに肩を貸し、走り出す。
 敵の銃兵達がすぐそこまで来ているのを感じる。デュランはそれに立ち向かおうとしている。
 大丈夫だろうか、そう思った直後、

「ゥオォアアァッ!」

 野獣の雄叫びのようなデュランの気勢が響いた。
 走りながら振り返って見ると、デュランは先と同じように二度振っていた。
 斜め上の軌道で放たれた二枚の三日月。
 中空で×字を描き、嵐となる。
 二階建ての物件が密集する狭い路地が閃光に包まれる。
 濁流は周辺を白く染めながら、右斜め前方にある物件の二階上部に直撃し、その屋根をもぎとった。
 銃兵の足場を無くすための攻撃? それはそう見えた。
 その印象は正解のようであった。
 続けて大剣を振り、×時を描く。
 今度は左斜め前の建物の屋根に炸裂。
 崩れ落ち、狭い路地を埋める。
 凶人達がその瓦礫の山を乗り越え始める。
 直後、デュランは今度は正面に向かって刃を上下に振るった。
 生じた濁流が瓦礫ごと凶人を吹き飛ばす。
 周りの壁にその爪あとを残しながら。
 その爪あとは深く、壁としての形を失い、崩れるものもあった。
 その崩壊の音が響く中で再びデュランが大剣を振るう。
 今度はほぼ真上。
 上の屋根から銃口をのぞかせようとした敵ごと吹き飛ばす。
 生じた瓦礫が雪崩となって真下にいるデュランに迫る。
 が、既にデュランは次の×字を描いていた。
 覆いかぶさろうとする瓦礫の群れを押し返そうとするかのように、光があふれる。
 光は直後に凶暴な嵐となって瓦礫を弾き飛ばした。
 だが、直前にその瓦礫の裏から飛び出した複数の影の姿があった。
 それは、瓦礫を盾にしながらおりてきた凶人であった。
 数は五。
 そのうちの三人がデュランに狙いを定めていた。
 勢いよく飛び出した一人は壁にはりつくように着地。
 残りの二人は地面に降り立つ。
 そして全員の両足に力と魔力が充実したのを確認してから、三人は一斉に飛び掛った。
 一人が壁を蹴り、残りの二人が地面を蹴って突撃する。
 対し、デュランは奇妙な動きをしていた。
 浮いている。跳躍している。
 足元には真下に投げ捨てられたと思われる防御魔法が置かれている。
 デュランは三日月を放った直後に防御魔法を真下に展開しながら地を蹴っていた。
 が、その跳躍は壁に張り付いた凶人を狙っての動きでは無かった。
 ただ、真上に小さく飛んだだけ。
 そしてその持ち手も奇妙だった。
 まるで地面に突き立てようとしているかのように、両手で持った大剣の剣先を真下に向けている。
 直後にデュランはそうした。跳躍したのもそのため。長い大剣を勢いよく真下に振り下ろすための高さが必要だった。
 無骨な剣先が光の傘の中心を貫く。
 傘は貫かれた部分を中心に回転を始め、間も無く骨だけになるように破れた。
 風車のように回転し、渦を描き始める。
 渦は縮むように中央に向かって収束していった。
 そしてその収束が限界を向かえた次の瞬間、渦は弾け、嵐となった。
 足元から生じた光の暴風がデュランの体を包み込み、周囲に広がり始める。
 中空から襲い掛かってきた凶人は、なすすべもなくその光の刃の嵐に切り刻まれた。
 急停止が間に合わなかった地上の一人も嵐に飲み込まれる。
 だが、中心にいるはずのデュランは無傷であった。
 アルフレッドの纏いカマイタチと同じく、完璧な魔力制御であった。
 残りの一人は急停止が間に合い、後方に地を蹴って難を逃れていたが、

「!?」

 その凶人の眼前に、巨大な人の顔が現れた。
 それは、勢いを失い始めた嵐の中から飛び出してきた。
 すぐに凶人はそれが何か気付いた。
 デュランの髪の毛の一部だ。魂で作られた巨大な顔だ。
 嵐によって切断された髪の毛が自律的に襲い掛かってきたのだ。凶人はそう思った。
 それは間違いであった。デュランはわざと髪の毛を嵐に巻き込み、切り離したのだ。
 これに対し、凶人は自身の爪と背中から生えている異形の腕で迎え討った。
 が、その差は歴然すぎた。
 抵抗に意味はほとんど無く、凶人はその巨大な人魂の口によって丸呑みにされた。

「~~~っっっ!」

 そして凶人は奇妙な踊りを始めた。
 全身の神経が侵され、錯綜(さくそう)するノイズによって筋肉がでたらめな動きを始める。
 痛覚が機能していれば、一瞬で意識を失うであろう激痛。
 その機能が無い凶人は凄まじい感覚の中で感じ取っていた。
 それはまるで、全身にトゲのある根が張り巡らされたかのようであった。
 そして次の瞬間、踊る凶人の胸にデュランの大剣が突き刺さった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...