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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十八話 凶獣協奏曲(21)
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ベアトリスと同じ感情をフレディも抱いていた。
だから思い出した。
以前にもこんなことがあったことを。
あいつは敵の技をちょっと見ただけですぐに自分のものにしていた。
天才? そんな簡単な言葉では納得できない。
いったい自分と何が違うというのか。
そんなことを考えたから、フレディはあることに気付けた。
おそらく、デュランは魂で体を操作している。理性や本能の活動がほとんど感じられない。意識は落ちたままだ。夢うつつですらない。
しかしなぜ、あいつはあんなに上手く体を動かせるのか。知る限り、今回が初めてのはずだ。
まるで、こんな事態を想定して常日頃から練習していたかのよう。
さらにあいつは敵の魂を奪って自分の戦力に変えている。
まるでサイラス様のように。
サイラス様を参考にしたのだろうか?
その真偽は確かめようがないし、今はどうでもいい。
それよりも気になることがある。
今はまだ上手く動けているが、このままだともしかしたら――
「……」
そこでフレディは思考を切った。
ただの予想にしか過ぎないし、出来れば外れてほしいことだったからだ。
◆◆◆
デュランのことは気になったが、今のベアトリスにはそれよりも優先すべきことがあった。
より安全な場所への移動だ。デュランが壁をなぎ倒してくれたから前に進める。
アルフレッドに肩を貸し、走り出す。
敵の銃兵達がすぐそこまで来ているのを感じる。デュランはそれに立ち向かおうとしている。
大丈夫だろうか、そう思った直後、
「ゥオォアアァッ!」
野獣の雄叫びのようなデュランの気勢が響いた。
走りながら振り返って見ると、デュランは先と同じように二度振っていた。
斜め上の軌道で放たれた二枚の三日月。
中空で×字を描き、嵐となる。
二階建ての物件が密集する狭い路地が閃光に包まれる。
濁流は周辺を白く染めながら、右斜め前方にある物件の二階上部に直撃し、その屋根をもぎとった。
銃兵の足場を無くすための攻撃? それはそう見えた。
その印象は正解のようであった。
続けて大剣を振り、×時を描く。
今度は左斜め前の建物の屋根に炸裂。
崩れ落ち、狭い路地を埋める。
凶人達がその瓦礫の山を乗り越え始める。
直後、デュランは今度は正面に向かって刃を上下に振るった。
生じた濁流が瓦礫ごと凶人を吹き飛ばす。
周りの壁にその爪あとを残しながら。
その爪あとは深く、壁としての形を失い、崩れるものもあった。
その崩壊の音が響く中で再びデュランが大剣を振るう。
今度はほぼ真上。
上の屋根から銃口をのぞかせようとした敵ごと吹き飛ばす。
生じた瓦礫が雪崩となって真下にいるデュランに迫る。
が、既にデュランは次の×字を描いていた。
覆いかぶさろうとする瓦礫の群れを押し返そうとするかのように、光があふれる。
光は直後に凶暴な嵐となって瓦礫を弾き飛ばした。
だが、直前にその瓦礫の裏から飛び出した複数の影の姿があった。
それは、瓦礫を盾にしながらおりてきた凶人であった。
数は五。
そのうちの三人がデュランに狙いを定めていた。
勢いよく飛び出した一人は壁にはりつくように着地。
残りの二人は地面に降り立つ。
そして全員の両足に力と魔力が充実したのを確認してから、三人は一斉に飛び掛った。
一人が壁を蹴り、残りの二人が地面を蹴って突撃する。
対し、デュランは奇妙な動きをしていた。
浮いている。跳躍している。
足元には真下に投げ捨てられたと思われる防御魔法が置かれている。
デュランは三日月を放った直後に防御魔法を真下に展開しながら地を蹴っていた。
が、その跳躍は壁に張り付いた凶人を狙っての動きでは無かった。
ただ、真上に小さく飛んだだけ。
そしてその持ち手も奇妙だった。
まるで地面に突き立てようとしているかのように、両手で持った大剣の剣先を真下に向けている。
直後にデュランはそうした。跳躍したのもそのため。長い大剣を勢いよく真下に振り下ろすための高さが必要だった。
無骨な剣先が光の傘の中心を貫く。
傘は貫かれた部分を中心に回転を始め、間も無く骨だけになるように破れた。
風車のように回転し、渦を描き始める。
渦は縮むように中央に向かって収束していった。
そしてその収束が限界を向かえた次の瞬間、渦は弾け、嵐となった。
足元から生じた光の暴風がデュランの体を包み込み、周囲に広がり始める。
中空から襲い掛かってきた凶人は、なすすべもなくその光の刃の嵐に切り刻まれた。
急停止が間に合わなかった地上の一人も嵐に飲み込まれる。
だが、中心にいるはずのデュランは無傷であった。
アルフレッドの纏いカマイタチと同じく、完璧な魔力制御であった。
残りの一人は急停止が間に合い、後方に地を蹴って難を逃れていたが、
「!?」
その凶人の眼前に、巨大な人の顔が現れた。
それは、勢いを失い始めた嵐の中から飛び出してきた。
すぐに凶人はそれが何か気付いた。
デュランの髪の毛の一部だ。魂で作られた巨大な顔だ。
嵐によって切断された髪の毛が自律的に襲い掛かってきたのだ。凶人はそう思った。
それは間違いであった。デュランはわざと髪の毛を嵐に巻き込み、切り離したのだ。
これに対し、凶人は自身の爪と背中から生えている異形の腕で迎え討った。
が、その差は歴然すぎた。
抵抗に意味はほとんど無く、凶人はその巨大な人魂の口によって丸呑みにされた。
「~~~っっっ!」
そして凶人は奇妙な踊りを始めた。
全身の神経が侵され、錯綜(さくそう)するノイズによって筋肉がでたらめな動きを始める。
痛覚が機能していれば、一瞬で意識を失うであろう激痛。
その機能が無い凶人は凄まじい感覚の中で感じ取っていた。
それはまるで、全身にトゲのある根が張り巡らされたかのようであった。
そして次の瞬間、踊る凶人の胸にデュランの大剣が突き刺さった。
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