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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(12)

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 アルフレッドが心でそう言った直後、今度はベアトリスが心の声を響かせた。

(来るよ!)

 言いながら、ベアトリスはある屋根上に向かって蝶を含んだ嵐を放った。
 射線を確保するためにそこへ移動してきたばかりの銃兵達を白い濁流が押し返す。
 アルフレッドも同じように別の屋根に展開し始めたばかりの銃兵達に向かって十字を連打。
 四連の十字が重なり、嵐となって銃兵達に襲い掛かる。
 しかしここまで。二人が抑えられるのは二つの屋根まで。
 敵もそれをわかっている。ゆえに多面展開。
 遠距離から射線を確保されたら二人に出来ることは一つだけだった。
 より安全な位置への移動。
 銃兵達に先回りされたらその時点で詰む可能性が高い。
 ゆえに二人共、嵐を放つと同時に地を蹴っていた。
 移動先は以心伝心で決まっている。言葉を交わす必要も無い。
 けん制と移動、先と変わらぬ戦術を続ける。
 だがいつかは完全に安全な道が消える。相手の足は速く、しかも数が多い。いつかはそうなる。
 その時は間も無く訪れた。
 取れる手段は一つしか無い。
 アルフレッドはそれを叫んだ。

「やるぞ!」

 何を、それも以心伝心ゆえに声に出す必要が無かった。
 狙いは一点突破。
 選んだ路地に銃兵はまだいない。
 が、代わりにアレが、凶人と化した者達が待ち受けていた。
 裏路地の出口に壁を作るように数体。
 少し見ぬ間に、凶人達はさらなる変貌を遂げていた。
 爪が伸びている、そう見えた。
 本物の爪では無い。虫の集合体、魂で編まれて作られた爪。
 サイラスが見せたあの剣のように、痛々しい棘が全面を埋め尽くすように生えている。
 接近戦は間違い無く危険、そう判断したアルフレッドは視界に入ると同時に嵐を放った。
 だが、この当然の攻撃は読まれていた。
 変貌した影達はすぐにその身をさらなる影の中に、遮蔽の裏に潜ませた。
 狭い路地の壁にひっかき傷のようなものをつけながら嵐が駆け抜ける。
 その暴力が通り過ぎるのを待ってから、凶人達は一斉に飛び出した。
 出口だけでは無い。家屋の裏口から、窓から現れ、屋根上からも次々と飛び降りてくる。
 これに対し、先に動いたのはベアトリス。
 上に向かって嵐を放ち、飛び降りてくる凶人達を討ち落とす。
 が、槍を上に向かって突き出して生じた背後の隙を、凶人の一人が狙っていた。
 しかしその隙は直後にアルフレッドによって埋められた。
 背中を合わせるようにベアトリスの真後ろに回りこむと同時に一刀一閃。
 アルフレッドの刃が振るわれた凶人の爪を切り落とす。
 手ごたえは無い。水の中に浮かぶ油を斬ったような感覚。反動が無いゆえに互いの姿勢に変化は無い。
 そして凶人の攻撃はまだ終わっていなかった。背中から蜘蛛のように生えている腕が、爪を振るう動作と連動して動いていた。一つの動作で繰り出される多段攻撃であった。
 だが、アルフレッドはそれを読んでいた。
 保険として置いておいたもう片方の刃を繰り出す。
 瞬間、アルフレッドは見た。
 迫る蜘蛛のような腕の手の平に、人の顔が浮かんでいるのを。
 自律回路として人間の意識が仕込まれている? この腕自体は独立して動いている? アルフレッドはそんな予想を立てながらその腕を切り落とした。
 直後、

「!」

 アルフレッドは声を聞いた。
 それは、切り落としたその腕の顔が響かせたと思われる声であった。
 内容は短く、一言であった。
 それはこう言っていた。

「タスケテ」、と。
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