上 下
211 / 545
第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十七話 地獄の最後尾(28)

しおりを挟む
 まるで挑発するようにナンティの眼前を飛び舞う。
 実際それはそうであった。
 だからナンティは忌々しげにその虫を光る手で掴み、握りつぶした。
 すると、直後に女の声が再び響いた。

「まずはあいつらからだ」

 その声は虫からでは無く、槍から大音量で響き渡った。
 あいつら、その声が指した集団のほうにナンティは視線を向けた。
 そしてある者の姿をその集団の中から見出したナンティは声を上げた。

「デュラン!?」

 信じたく無かったが、それはどう見ても即席の担架に乗せられたデュランだった。
 だからナンティは走り出した。

「負傷者達を援護するぞ!」

 隊長が声を上げ、フレディの肩を借りながらナンティを追いかけるように走り出す。
 だが、その足はすぐに止まることになった。
 屋根上から弾丸と光弾が雨のように降り注ぐ。
 屋台を家屋の影に隠れてやりすごす隊長とフレディ。
 だが、ナンティだけは果敢に足を前に出し続けた。
 隙間を縫うように屋台の影から影へ。
 隙があれば反撃の光弾を放つ。
 その大胆な移動が目立たないわけが無く、ナンティへの攻撃はすぐに激しさを増した。

「ナンティ!」

 無理をするな、という思いを込めた呼び声を上げながらフレディが追いかけ始める。
 少し遅れて隊長と十名ほどの兵士達もそれに続く。
 が、直後、

「敵だ!」

 直接の襲撃を示す声が隊長の真後ろから響いた。
 振り返ると、家屋の中に潜んでいた敵が次々と飛び出してきているのが目に入った。
 次の瞬間、それは隊長の真横のドアからも飛び出し、襲い掛かってきた。
 隊長は感知能力者であるゆえにこれは奇襲にはならない。
 影が繰り出した光る爪と隊長の剣がぶつかり合い、火花を散らす。
 が、直後、感知能力者では無い者達の悲鳴が場にいくつも響いた。
 そこら中で接近戦を仕掛けられているようであった。
 それはナンティとフレディも例外では無かった。

「そこをどけ!」

 ナンティの気勢が響き、その手が赤く光る。
 炎が走り、立ちはだかった二つの影を目の前の屋台ごと包み込む。
 火達磨になった二つの影が奇妙な踊りを始めた直後、ナンティの真後ろからフレディの銃声が響いた。
 屋根上からナンティを狙っていた狙撃主の胸に穴が開き、前のめりに転落する。
 その落下物を避けながら、フレディは襲い掛かってきた影に向かって射撃。
 そしてフレディは再び声を上げた。

「ナンティ!」

 その声には焦りがにじんでいた。
 なぜなら今のが最後の一発だったからだ。
 ナンティの前には既に新たな二体の影が立ちふさがっている。
 しかしもう援護は難しくなった、そんな思いを込めた呼び声であった。
 そしてフレディは背筋が寒くなるのを感じていた。
 その感覚は自然と言葉になった。

(くそ、これは本当にまずい!)

 このままだとここで全滅してしまうのでは、そんな風に思い始めていた。
 そんな気がする、それだけだった。まだこの時は。
 が、直後、

「!」

 フレディの眼前を一羽の蝶がよぎった。
 見たことがあるもの。あの戦いでアルフレッドとベアトリスが生み出していたもの。それと同じ蝶。
 ゆえにフレディは自然と目と感知能力で追った。
 隠れていた蝶はそこら中から出てきていた。
 そしてそれは屋根上で見物している女のもとに集まり、

「?!」

 なんと、女は呼び集めた蝶と共に下に舞い降りた。
 しかも遮蔽の無い道路の中央に。交差射撃で蜂の巣にできる場所。
 なぜ? いやそんなことはどうでもいい。そう思ったフレディは叫んだ。

「撃て!」

 自分では無い誰かへの期待を込めた叫び。
 必殺の確信を抱いた叫び。
 直後、味方の魔法使い達が放った光弾の弾幕が引き寄せられるように女のもとに飛来した。
 それは完璧な光弾の一斉射撃であったが、女は右手の槍と左手の防御魔法で簡単げに受けしのいで見せた。
 だが、光弾は防げても銃弾は――そんな思いを抱いてフレディはその時を待ったが、

「……?!」

 味方の銃声はまったく響かなかった。
 その事実が直前の記憶と、目の前を蝶がよぎった映像と繋がった。
 あれは自分が弾を撃ち尽くした直後だった。
 ならば答えは一つだった。
 あれは自分を監視する必要が無くなったから主人のもとに帰ったのだ。
 そしてあの女は銃撃される心配が無くなったことがわかったから場に降りてきたのだ!
 フレディがそのことに気付いた直後、

「正解」

 と、少しかわいらしい声で女の声が頭の中に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

処理中です...