Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十七話 地獄の最後尾(2)

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   ◆◆◆

 デュラン達は逃げる住民たちの盾として善戦した。
 しかしその善戦っぷりはあるものが来るまでの話であった。
 その原因たるものを兵士の一人が叫んだ。

「なんであいつらが銃を持ってんだ?! 兵士じゃねえだろ!」

 左右の林に逃げ込んでしのいでいるが、木が微妙に細い。
 ゆえに、

「っ!」

 直後の銃声と共に兵士の一人が苦痛の表情を作った。
 弾に撫でられて出来た傷を手で押さえながら、兵士は口を開いた。

「金に目がくらんだやつが横流しでもしたんだろ! クソが!」

 自分もあとで売るつもりであった、という記憶は兵士の中から都合よく消えていた。
 その荒れる気持ちを静めるために近くにいた兵士の一人が声を上げた。

「落ち着け! 銃持ちの数は多くない! しかも相手のは旧式だ!」

 その声に別の者が続いた。

「射撃のあとは必ず長い間隔が空く! 音を聞きながら撃ち返せ!」

 その声に周囲の者達は従った。
 射撃の音を聞き、装填の隙を待つ。
 装填の隙を埋めるような連携はとっていない。必ずそのチャンスは来る。
 そして間も無く、数秒の静けさが訪れた。
 今だ、そう思った兵士の一人は顔を出し、引き金を引こうとした。
 が、その前に兵士は声を上げた。

「おいおい、無茶だろ!」

 その視線の先には、左右の林から飛び出し、大盾を構えながら奇襲をしかけるデュランとナンティ達の姿があった。
 完璧なタイミングに見えた。が、数が少ない。ざっと数えても百対数十といったところ。
 だから別の兵士が声を上げた。

「援護しろ!」

 間も無く、双方の射撃音が場に次々と響き渡った。
 音とほぼ同時に、デュラン達が構える大盾から火花が散る。
 屈強なデュランの体躯は揺らがない。
 が、それでもその突撃は不利に見えた。
 だが、真実はそうでは無かった。
 数的に不利である、そんなことはデュラン達はわかっていた。
 しかしそれは突撃するのが『自分達だけならば』の話だ。
 そして直後、デュラン達の狙いに気付いた兵士が声を上げた。

「あれは?!」

 それは、敵の後方から突撃してくる何者か達の姿であった。
 その中に知り合いがいるのを見つけた兵士はその名を叫んだ。

「フレディ?!」

 その呼び声に応えるかのようにフレディ達は一斉に銃を構え、引き金を引いた。
 敵の隊列から血しぶきが飛び散る。
 直後、

「ゥ雄ォッ!」

 デュランの雄叫びが響いた。
 気勢と共に敵の前列とぶつかり合う。
 鎌やクワ、手斧や包丁などで武装したかつての民間人達を押しのけながら踏み込む。
 狙いは決まっていた。
 デュランは銃を持った男を間合いに入れると同時に、

「雄雄りゃあっ!」

 肩にかついでいた大剣を一閃した。
 数人の体が両断され、フレディの援護射撃とは比べ物にならないほどの赤色が派手に飛び散る。
 その赤色を自ら浴びに行くかのようにナンティ達が突っ込み、刃を振るう。
 デュランの大剣のような豪快さは無いが、鮮烈な剣舞。
 刃が銀色の軌跡を描くたびに赤色が散る。
 炎使いであるナンティの太刀筋が、生々しい赤色の中に鮮やかな赤色を混ぜる。
 それは華やかであったが、

「!」

 ある瞬間を境に、ナンティの動きは止まった。
 見ると、下半身に敵の兵士がしがみついていた。
 それは先ほどデュランに両断された者の上半身であった。
 そしてその拘束はがむしゃらな行動では無く、連携の布石であった。

「っ!」

 直後に正面から振り下ろされた敵の斧をナタで受け止めるナンティ。
 しかしその斧による斬撃はナンティのナタを防御に使わせることが狙いの攻撃であった。
 そのまま組み付き、二人がかりで押し倒そうとする。
 だがその狙いは読めていた。
 ナンティは直後に防御魔法を展開。
 光の傘で突き飛ばし、正面からの拘束を解除。
 しかし、この時ひとつの誤算があった。
 敵が自分の胸元を握り締めていたことだ。
 そのため、強く突き飛ばしたことが仇になった。
 胸元の服が引きちぎられ、その力で勢いよく前に引き込まれる。

「……っ!」

 ナンティの上半身が大きく前に傾く。
 あとは下半身にしがみついている者が引き込めば倒れる、双方の意識に焦りと好機の感覚が芽生えた直後、

「う?!」

 下半身の男の額に穴が開いた。
 射手はフレディ。
 しかしその射線は直後に別の兵士の影に消えた。
 やはりあいつは射撃に関しては天才だ、ナンティはそう思いながらナタを振るった。
 銀色の線と赤色を散らばせながらデュランと共に踊る。
 大剣による豪快さと、ナタによる繊細さが奏でる剣舞。
 戦況は間も無く逆転し、そのまま圧倒するように思えた。
 が、今回の相手は魔王の時とは違っていた。
 不利を悟ると同時に相手は陣形を放棄し、散り散りになって逃げ出していった。
 自分の命を捨てて相手の魂を奪いに行くのでは無く、建て直して再戦を挑む思考回路になっていた。
 その背が見えなくなってから、全員は戦闘態勢を解除。
 そしてナンティはお礼を言いにフレディのもとに駆け寄った。

「ありがとう、フレディ」

 危なかったな、フレディはお礼に対してそう言おうとしたが、あるものに目を奪われてしまったせいで言葉を失ってしまった。
 そして代わりにその口から出た言葉は、

「……お前、女だったんだな」

 場の雰囲気を壊す一言であった。
 これにナンティは初めて女らしい態度を見せた。

「じろじろ見るな」

 胸元を隠しながら軽蔑の視線を返す。
 これに、フレディは慌てて口を開いた。

「すまん。これ使え」

 謝罪と同時に寝袋がわりの外套を渡す。
 受け取ったナンティが肌を隠した直後、フレディは尋ねた。

「しかしなんで男のフリをしてるんだ?」

 服装も言葉遣いも男のそれだ。
 その秘密は今では隠す必要性が無くなったことであったがゆえに。ナンティは素直に答えた。

「女というだけでヒドイ目に遭わされるというのはよくある話だからな。前の魔王の統治はひどいものだったし。それで私は男のフリができるように育てられたんだ」

 なるほどな、フレディはそう相槌を打とうとしたが、

「……くそ、また来るぞ」

 次の襲来を感じ取ったフレディはその方角に視線を向けながらそう言った。
 その言葉が耳に入った周囲の兵士が同じように視線を向ける。
 その動作は伝染し、ほぼ全員が同じ方向を見始めた直後にそれは現れた。
 同じような連中であった。
 同じような武装に同じ狂気。
 その数を見た兵士の一人が疲れた声を上げた。

「あんなにくるのかよ!」

 これに、隣の兵士が危機感を滲ませた。

「俺はもう弾が無い!」

 その危機感に対して隊長は口を開いた。

「魔法が使えるやつは全員前に出ろ!」

 しかしそれはその場しのぎにしかならないように思えた。
 だから隊長のそばにいた兵士は叫んだ。

「ダメだ! このままじゃジリ貧だ!」

 これに、弾を切らした兵士が続いた。

「もう時間は十分かせいだだろ!」

 その提案はもっともであり、隊長はすぐに応えた。

「よし、我々も後退するぞ!」

 その言葉に、弾を切らした兵士は即座に賛成した。

「そうしよう!」

 異議無し、その感覚は瞬時に共有され、兵士達は次々に声を上げ始めた。

「だがどこに逃げる?!」
「とりあえずこの前通り過ぎた街を目指しましょう! みんなそっちに逃げたはずです!」
「敵を食い止めながら後退する感じか?!」

 その言葉を皮切りに、皆の足が下がり始める。

「いや、ダメだ! 相手は銃を持ってる!」
「こっちは弾が少ない! ろくに反撃できねえぞ!」
「盾で受け続けるなんて無理だ!」
「逃げるしかねえ!」
「全力で走れ!」

 言われるよりも早く、場にいる全員は走り出していた。
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