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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十六話 もっと力を!(9)
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◆◆◆
南では既に激戦が繰り広げられていた。
「非戦闘員の避難を優先させろ!」
前線で指揮をとっているのはバークであった。
こんな日が来ることをバークは知っていた。
だからバークはこれまで準備してきた。戦士を増やし、育成してきた。
敵の領地の目の前から移動しなかったのも、立ち退き命令などにも一切応じなかったのもこのためだ。敵の動きを常に監視し、即座に対応するためだ。
そして戦士達はバークの期待に応えていた。
「ずぇえやぁっ!」
アーティットが身の丈ほどもあるナタを豪快に振り、
「破ッ!」
クラリスの大鎌が大地を穿つ。
戦士達はその数を徐々に増やしていた。
後方から援軍が次々と到着していた。
バークはこの日のために他の部族達と交流を深め、連携を取れるようにしていたのだ。
前線は押し下げられているが、援軍のおかげで拮抗し始めている。
だが、バークはまだ不利だと読んでいた。
敵は時間と共に勢いを増すことが確実だからだ。
「……っ」
だからバークは歯を噛み締めていた。
敵が戦力を増す前に押し返せなければ――そんな焦りをバークは必死に隠していた。
◆◆◆
だが、歯を噛み締めていたのはバークだけでは無かった。
「……っ」
戦況報告の書類をながめながら大神官は苦い顔をしていた。
そして大神官は思わずつぶやいた。
「やはり人間は手ごわいな」
しかし不安を抱くほどでは無い、強がりでも無く大神官はそう思った。
大神官は直後にその思いもつぶやいた。
「対応が早い上に、上手く粘っている……さすがバークといったところか」
それは己の思いだけで無く、状況も正確に表した言葉だった。
それ以上でも以下でも無い。
粘っている、ただそれだけなのだ。
バーク達も前線に戦力を集結させているが、こちらの増強のほうが早い。
それにバーク達は気付いていない。我々は北側も攻めていることを。
全ては順調だ。このままいけばバークたちを挟み討ちにする日もそう遠くないだろう。
不愉快な理由は一つだけ。予定に遅れが生じていることだ。
全ての原因はアルフレッドに荒らされたことだ。
速攻かつ圧勝、それが最初の予定だった。
当初の予定とはかなり変わってしまった。
が、
「しかし、大した問題では無い」
戦力差は大きく開いたまま、それを理由に大神官は表情を穏やかなものに戻した。
そして何よりも重要なことを大神官は直後につぶやいた。
「魂は順調に集まっている。『我々』の有利は揺るがない」
◆◆◆
大神官の言葉通り、厄災の伝染は着実に広まっていた。
魔王城側のほうはルイス達の活躍のおかげで食い止められたが、そちらは本命では無かった。
厄災の種の多くは森側に配置されていた。
森の北にある街はあっという間に厄災に飲み込まれた。
大人の肉体と文明の力を手にした厄災は軍隊を編成し、次の街へと侵攻を開始していた。
デュラン達はその死地に迫りつつあった。
だが、その死の気配に気付いていないものは少なくなかった。
ゆえに、
「なあ、お前の実家はもうすぐだったよな?」
感の鈍い者達はいまだに気楽な会話をしていた。
「ああ、だけどその前に次の街で出稼ぎをしている兄と会うつもりだ。だからみんなとはそこでお別れだ」
「お前の兄さんはどこで働いてるんだ?」
「酒場だよ」
「お、いいね。ちょっと一杯ひっかけさせてもらおうかな」
しかし知り合いが二人だけではさみしいな、そう思った兵士は目の前の大男に声をかけた。
「なあ、デュランもどうだ?」
悪い誘いじゃ無い。魔王を倒したお祝いはもうやったが、もう一回やっちゃダメってわけじゃない。兵士はそう思っていたが、
「……」
デュランは返事をしなかった。振り返りもしなかった。
しかし兵士はこの無視に気分を損ねることは無かった。
少し前からこうだからだ。
だから兵士は隣にいる女に声をかけた。
「ナンティ、お前はどうだ?」
「ごめん、ちょっと黙ってて。集中できない」
しかしナンティの反応も似たようなものだった。
昨日ぐらいからこんな感じであった。
「「「……」」」
感の良い者達は、それを感じ取っていた。
その不穏な気配の原因に鈍い兵士もうすうす気付いていた。
だがそれでも兵士は気を紛らわせるために声を上げた。
「おいおい、ノリが悪いな。ちょっとくらいハメを外したっていいだろ? 確かに魔王は脱走しちまったが、いまさらあいつらに何かできるとは――」
男がそこまで喋った直後、ナンティが割り込んだ。
「違う。魔王を警戒してるわけじゃない。これはそういうんじゃない」
じゃあなんだってんだ? うすうす気付いている疑問の答えを確認しようとするかのように、兵士は聞き返そうとしたが、
「来るぞ」
デュランが声を上げた。
なにが? それは直後に前方に現れた。
街から逃げてきた住人達、それはそう見えた。
何から逃げている? その答えは住人達の後方に目を凝らせば明らかだった。
それは武装した住人達に見えた。
兵士では無い。だがそれは、その者達が纏う気配はアレとそっくりだった。
謎の巨人とドラゴンを守っていたあの兵士達に。あの狂気の気配とそっくりだ。
どうする? 逃げるべきなのでは? 兵士はそう思った。
間違ってはいない。自分の命を守るために逃げてもいい。この場を死守する義理は無い。
が、直後、
「やるしかない! この場で戦えるのは俺たちだけだ! 構えろ!」
兵士の怖気を感じ取ったデュランが活を入れるように声を上げた。
その声に隊長をやっていた男が応えた。
「全員戦闘態勢! 防御の陣形を組め!」
その声を合図に、皆はかつて自分が担当していた位置につき始めた。
ただ一人、まだ怖気が抜け切らない兵士は動けないでいたが、
「……なんなんだよ、くそったれ!」
兵士は叫び声で怖気を振り払い、銃を構えた。
第十七話 地獄の最後尾 に続く
南では既に激戦が繰り広げられていた。
「非戦闘員の避難を優先させろ!」
前線で指揮をとっているのはバークであった。
こんな日が来ることをバークは知っていた。
だからバークはこれまで準備してきた。戦士を増やし、育成してきた。
敵の領地の目の前から移動しなかったのも、立ち退き命令などにも一切応じなかったのもこのためだ。敵の動きを常に監視し、即座に対応するためだ。
そして戦士達はバークの期待に応えていた。
「ずぇえやぁっ!」
アーティットが身の丈ほどもあるナタを豪快に振り、
「破ッ!」
クラリスの大鎌が大地を穿つ。
戦士達はその数を徐々に増やしていた。
後方から援軍が次々と到着していた。
バークはこの日のために他の部族達と交流を深め、連携を取れるようにしていたのだ。
前線は押し下げられているが、援軍のおかげで拮抗し始めている。
だが、バークはまだ不利だと読んでいた。
敵は時間と共に勢いを増すことが確実だからだ。
「……っ」
だからバークは歯を噛み締めていた。
敵が戦力を増す前に押し返せなければ――そんな焦りをバークは必死に隠していた。
◆◆◆
だが、歯を噛み締めていたのはバークだけでは無かった。
「……っ」
戦況報告の書類をながめながら大神官は苦い顔をしていた。
そして大神官は思わずつぶやいた。
「やはり人間は手ごわいな」
しかし不安を抱くほどでは無い、強がりでも無く大神官はそう思った。
大神官は直後にその思いもつぶやいた。
「対応が早い上に、上手く粘っている……さすがバークといったところか」
それは己の思いだけで無く、状況も正確に表した言葉だった。
それ以上でも以下でも無い。
粘っている、ただそれだけなのだ。
バーク達も前線に戦力を集結させているが、こちらの増強のほうが早い。
それにバーク達は気付いていない。我々は北側も攻めていることを。
全ては順調だ。このままいけばバークたちを挟み討ちにする日もそう遠くないだろう。
不愉快な理由は一つだけ。予定に遅れが生じていることだ。
全ての原因はアルフレッドに荒らされたことだ。
速攻かつ圧勝、それが最初の予定だった。
当初の予定とはかなり変わってしまった。
が、
「しかし、大した問題では無い」
戦力差は大きく開いたまま、それを理由に大神官は表情を穏やかなものに戻した。
そして何よりも重要なことを大神官は直後につぶやいた。
「魂は順調に集まっている。『我々』の有利は揺るがない」
◆◆◆
大神官の言葉通り、厄災の伝染は着実に広まっていた。
魔王城側のほうはルイス達の活躍のおかげで食い止められたが、そちらは本命では無かった。
厄災の種の多くは森側に配置されていた。
森の北にある街はあっという間に厄災に飲み込まれた。
大人の肉体と文明の力を手にした厄災は軍隊を編成し、次の街へと侵攻を開始していた。
デュラン達はその死地に迫りつつあった。
だが、その死の気配に気付いていないものは少なくなかった。
ゆえに、
「なあ、お前の実家はもうすぐだったよな?」
感の鈍い者達はいまだに気楽な会話をしていた。
「ああ、だけどその前に次の街で出稼ぎをしている兄と会うつもりだ。だからみんなとはそこでお別れだ」
「お前の兄さんはどこで働いてるんだ?」
「酒場だよ」
「お、いいね。ちょっと一杯ひっかけさせてもらおうかな」
しかし知り合いが二人だけではさみしいな、そう思った兵士は目の前の大男に声をかけた。
「なあ、デュランもどうだ?」
悪い誘いじゃ無い。魔王を倒したお祝いはもうやったが、もう一回やっちゃダメってわけじゃない。兵士はそう思っていたが、
「……」
デュランは返事をしなかった。振り返りもしなかった。
しかし兵士はこの無視に気分を損ねることは無かった。
少し前からこうだからだ。
だから兵士は隣にいる女に声をかけた。
「ナンティ、お前はどうだ?」
「ごめん、ちょっと黙ってて。集中できない」
しかしナンティの反応も似たようなものだった。
昨日ぐらいからこんな感じであった。
「「「……」」」
感の良い者達は、それを感じ取っていた。
その不穏な気配の原因に鈍い兵士もうすうす気付いていた。
だがそれでも兵士は気を紛らわせるために声を上げた。
「おいおい、ノリが悪いな。ちょっとくらいハメを外したっていいだろ? 確かに魔王は脱走しちまったが、いまさらあいつらに何かできるとは――」
男がそこまで喋った直後、ナンティが割り込んだ。
「違う。魔王を警戒してるわけじゃない。これはそういうんじゃない」
じゃあなんだってんだ? うすうす気付いている疑問の答えを確認しようとするかのように、兵士は聞き返そうとしたが、
「来るぞ」
デュランが声を上げた。
なにが? それは直後に前方に現れた。
街から逃げてきた住人達、それはそう見えた。
何から逃げている? その答えは住人達の後方に目を凝らせば明らかだった。
それは武装した住人達に見えた。
兵士では無い。だがそれは、その者達が纏う気配はアレとそっくりだった。
謎の巨人とドラゴンを守っていたあの兵士達に。あの狂気の気配とそっくりだ。
どうする? 逃げるべきなのでは? 兵士はそう思った。
間違ってはいない。自分の命を守るために逃げてもいい。この場を死守する義理は無い。
が、直後、
「やるしかない! この場で戦えるのは俺たちだけだ! 構えろ!」
兵士の怖気を感じ取ったデュランが活を入れるように声を上げた。
その声に隊長をやっていた男が応えた。
「全員戦闘態勢! 防御の陣形を組め!」
その声を合図に、皆はかつて自分が担当していた位置につき始めた。
ただ一人、まだ怖気が抜け切らない兵士は動けないでいたが、
「……なんなんだよ、くそったれ!」
兵士は叫び声で怖気を振り払い、銃を構えた。
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