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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十六話 もっと力を!(8)

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   ◆◆◆

 決意と共に歩み始めたキーラであったが、すぐに問題に直面した。
 それは食料のことであった。
 ルイスから持たされた分では足りないのだ。
 節約しても南にぎりぎりたどり着ける程度しか無い。
 当然であった。ルイスの筋書きでは南に誘導することだけが我々の役目だからだ。
 餓死寸前の状態で追いつかれ、大した抵抗も出来ずに殺されるというのがルイスの筋書き。
 それではダメだ。だからなんとかする必要があった。
 ルイス達の兵糧を奪う、最初に思いついたのはそれだった。
 しかしこの案は即座に却下された。
 ルイスの筋書きにそんな行動は無いからだ。
 予定外の行動を取ればアルフレッドが疑われ、最悪の場合は裏切りの罰を受けることになるかもしれない。
 だからその選択肢はキーラには選べなかった。
 ならばルイス達と共闘できないか? そんな大胆な案も浮かんだ。
 この案も即座に却下された。
 今度は捕まえるなどというやさしいことはしない、その場で射殺、話し合いにすらならない、そう思えたからだ。
 だからキーラは部隊の数を減らすことにした。
 洗脳を解き、自由にする。
 解放された兵士達のほとんどはキーラに別れを告げ、まだ残っているかどうか分からない自分の家に向かって歩き出した。
 しかしそうしない者もいた。あなたについていくと答えた者がいた。
 どうして? キーラが尋ねると、その者はこう答えた。

「はっきりとは言葉にできない」と。

 なぜ? キーラが再び尋ねると、その者は少し考えてから答えた。

「あなたと同じようにあの怪物を放っておけないという気持ちと、魔王としてのあなたの可能性を信じる気持ちがあるからかもしれない」と。

 その答えにキーラは複雑な気持ちになった。
 魔王としての自分はとうに終わったと思っていたからだ。
 その思いを感じ取った兵士は再び口を開いた。

「悪しき魔王を排除し、新たな良き魔王の統治によって正しい魔法使いの世の中を作り出す、それが自分が心に描いていたものでした」

 それはキーラも思い描いていたものであった。
 オレグと共にそんな時代を作りたい、そう思っていた。
 しかしその夢はもう絶対に叶わない、そんな思いがキーラの心を蝕み始めた直後、兵士は口を開いた。

「たしかに、あんな兵器が生まれた以上、魔法使いの時代が終わるのは必然かもしれません」

 何が言いたいのか? 暗くなったキーラは思わず兵士にやつ当たりしそうになったが、兵士はそうなる前に言った。

「しかしそれでも我々は影でひっそりと生き続けることが出来るかもしれません。思い描いていた夢のように大きなものはできませんが、小さな社会なら作れるかもしれない。これはそのための逃避行、自分はそう思い始めています」と。

「……」

 そう言われてはキーラには何も言えなかった。
 そしてその言葉に惹かれ始めていた。
 だからキーラは、

「そうね……確かにそれは悪くない考え方かもしれない」

 思わず、そう答えた。

   ◆◆◆

 問題に直面したのはキーラだけでは無かった。
 ヘルハルトを騙した男もつまずいていた。
 ヘルハルトの隠れ家は見つけることが出来た。
 だが、中に人が残っていたのだ。
 それ自体は予想していた。だから男は戦闘の可能性も考えていた。
 男は戦いにおいてもそれなりの自信があった。数人の強盗を返り討ちにした経験があったからだ。
 しかしその人数はあまりにも多すぎた。
 ヘルハルトの記憶よりも明らかに増えている。数十人はいる。
 強力な感知能力者はいない。だから虫による偵察が問題無くできている。
 だが、情報という有利があってもこの数は多すぎる。
 これでは予定を変更せざるを得ない。
 自分の村において対人戦が得意な者は自分を含めて三人しかいない。最初はその三人だけでやる予定だったが、これは明らかに無理だ。
 これに挑むのであれば、こちらもそれなりの人数を用意しなくてはならない。他の村の戦士に声をかける必要がある。
 だが人数が集まったとしても、これは間違い無く危険だ。
 やり方を変える必要性があるのかもしれない。
 乗っ取るのでは無く、自分たちで新たな設備を作ったほうがいいのかもしれない。必要なものや栽培方法は頭に入っている。手間がかかるが安全だ。

「……」

 そこまで考えたあと、男は静かに背を向けてその場から立ち去った。

 男は気付いていなかった。
 自分の考えが甘いことに。
 人間が次々と乗っ取られているという問題を男は甘く考えていた。
 北の人間達がなんとかするだろう、そう考えていた。
 解決に時間がかかるとしても、所詮は北の問題。その火の粉が自分達にふりかかることは無い、そう思っていた。こんな近くに問題が迫っているのに、男はそんな風に考えてしまっていた。
 男は知らない。事の発端は南であることを。挟み撃ちにされていることを。
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