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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十六話 もっと力を!(5)
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◆◆◆
一方、別の場所で同じような作業をしている者がいた。
それはサイラスであった。
場所は病院。
そこでサイラスは大勢の仲間達と共に同じ作業をしていた。
ベッドの上には多くの兵士達が寝かされていた。
先の戦いで傷ついた仲間では無い。その者達はすべてキーラの兵士であった。
虫を使えるサイラス達は、ナチャの攻撃などによって損傷した彼らの脳の手術を行っていた。
もちろん、その手術は修復だけが目的では無かった。
敵対心を消し、従順な仲間にすることが主な目的であった。
可能ならば、乗っ取られたことに対しての怒りも植えつける。
しかし簡単な作業では無い。
しかもここに寝ている者達で全員では無い。次から次へと宿屋から患者が運び込まれてくる。
ゆえにサイラス達の額には汗がにじんでいた。
進捗を見に来たルイスは、そんなサイラスに声をかけた。
「あとどれくらいで終わりそうだ?」
サイラスは手を止め、汗をぬぐってから答えた。
「今の調子で進んでもあと二週間はかかるだろうな」
直後にサイラスは言葉を付け加えた。
「既に皆に疲れが見え始めてる。こっちにもっと人を回せないか?」
ルイスは少し考えてから口を開いた。
「考えておく」
が、その返事は期待感の薄いものであった。
さらに、その言葉を言い残してルイスがその場から去ろうとしているのを感じ取ったサイラスは、即座に次の言葉を投げた。
「あの奇妙な友人に手伝ってもらうことは出来ないのか?」
これに、ルイスは「無理だ」という思いを表情とジェスチャーで示してから答えた。
「あいつは敵には容赦が無いが、基本はめんどくさがり屋だ。それでも手伝わせることは不可能では無いだろうが、きっと厄介な対価を求めてくるぞ」
望みをかなえるには捧げものが必要、それはよく聞く話であったゆえにサイラスは口を開いた。
「まるでおとぎ話に出てくる厄介な神様だな」
ルイスは笑みを浮かべながら答えた。
「その認識で大体合ってると思うぞ」
直後、
“ひどいなあ”
声が響き、ナチャが二人の前に姿を現した。
そしてナチャは言った。
「言ってくれればこれくらい手伝うよ」
その表情と言葉に、ルイスは笑みを浮かべ続けていた。
サイラスはその張り付いたままの笑みから感じ取った。
ルイスはナチャを煽っていたのだ。
だからサイラスは感心した。
こんな化け物に対してそんなことが出来るほどに仲がいいのだから。
そしてルイスはナチャに尋ねた。
「お前ならどれくらいでこの作業を終わらせられる?」
「僕だけなら三日かな。夜通しで協力すれば明日には終わるんじゃない?」
「ならば私も夜勤に参加しよう。サイラス、お前は夜になったらゆっくり休め」
その言葉にサイラスは一瞬迷った。
ルイスがどれだけ多忙であるかを知っているからだ。
だが、それは実際ありがたい言葉であったがゆえ、
「ああ、そうさせてもらうよ」
サイラスは素直に従った。
◆◆◆
ルイスは報酬の支払いを完全に凍結させているわけでは無い。一部には支払われている。
ナンティはその一部の人間であった。
報酬を受け取ったナンティは軍を去るつもりであった。
その準備をしながら、ナンティは未来を思い浮かべていた。
魔王から奪い返した土地で何をしよう? 畑を耕す? それとも家畜を飼う? 両方という選択肢もある。
当然部族のみなと一緒だ。ようやく、自分達に平穏が訪れるのだ。
ナンティはそんなことを考えながら手を動かしていた。
場所は魔王軍の兵舎。
二段ベッドが規則的に並んでいるその広い部屋にナンティは一人でいた。
まだ報酬を受け取れていない仲間達は町で退屈しのぎをしているからだ。
だから別の人間が部屋に入ってきたことにナンティはすぐに気付いた。
それはデュランだった。
歩み寄ってきたデュランはナンティと視線があった直後に口を開いた。
「お前も報酬を受け取れたのか」
デュランもナンティと同じ人間の一人であった。
デュランは続けて口を開いた。
「何をもらったんだ?」
ナンティは視線を下に戻し、ベッドに腰掛けたまま口を開いた。
「南……魔王軍に奪われる前の土地を要求した」
答えながらナンティは再び手を動かし始めた。
その旅支度を見つめながらデュランは再び口を開いた。
「奇遇だな。俺も同じだ。俺は故郷に近い場所の土地をもらった」
ふーん、そうか、と、ナンティは相槌を打ちながら作業を進めた。
銃を細長い袋に入れる。
それを見たデュランは尋ねた。
「やはりお前も銃をもらえたのか」
やはり、その言い回しに引っかかるものを感じたナンティは答えた。
「ああ……返さなくていいと言われた。売れば金になるから、いざという時のために取っておけと」
「弾も渡されたか?」
「……ああ」
「やっぱりか。俺もだ。俺の場合は剣までくれた」
引っかかるのは確かだったが、無視できるほどのものであった。
デュランの次の言葉を聞くまでは。
「……色んなやつに話を聞いたみたが、どうやら報酬をもらえたのは南の土地を要求した者だけのようだ」
無視できない言葉であったが、まだ理由をつけられる疑問であった。
南のパイから先に提供しているだけ、それでも納得するには十分。
だからデュランは畳み掛けるように尋ねた。
「旅の路銀も渡されたか?」
ナンティが頷きを返すと、デュランはさらに質問を重ねた。
「途中にある拠点で補給も受けられるように、引換証も渡されたか?」
これにも頷きを返すと、ナンティの中にある疑問は一つの言葉となった。
まるで南を集合場所とした軍事行動のよう、兵站線が南に向けられたかのようだ、ナンティはそう思った。
その思いを感じ取ったデュランは最後の情報を出した。
「フレディも一足先に南に向かったが、俺が南の土地を求めていることを知っていたあいつは出発する直前にこっそり教えてくれた。南側の偵察を依頼された、だから南に行くなら気をつけろ、とな」
その言葉ですべての疑問が一本に繋がった。
それを感じ取ったデュランは尋ねた。
「だから一緒に行かないか? きっと、南で何かが起きている」
ナンティが頷きを返すと、デュランは口を開いた。
「よし。じゃあ、俺は他の同じ連中にも声をかけてみることにする。お前は準備をして待っていてくれ」
一方、別の場所で同じような作業をしている者がいた。
それはサイラスであった。
場所は病院。
そこでサイラスは大勢の仲間達と共に同じ作業をしていた。
ベッドの上には多くの兵士達が寝かされていた。
先の戦いで傷ついた仲間では無い。その者達はすべてキーラの兵士であった。
虫を使えるサイラス達は、ナチャの攻撃などによって損傷した彼らの脳の手術を行っていた。
もちろん、その手術は修復だけが目的では無かった。
敵対心を消し、従順な仲間にすることが主な目的であった。
可能ならば、乗っ取られたことに対しての怒りも植えつける。
しかし簡単な作業では無い。
しかもここに寝ている者達で全員では無い。次から次へと宿屋から患者が運び込まれてくる。
ゆえにサイラス達の額には汗がにじんでいた。
進捗を見に来たルイスは、そんなサイラスに声をかけた。
「あとどれくらいで終わりそうだ?」
サイラスは手を止め、汗をぬぐってから答えた。
「今の調子で進んでもあと二週間はかかるだろうな」
直後にサイラスは言葉を付け加えた。
「既に皆に疲れが見え始めてる。こっちにもっと人を回せないか?」
ルイスは少し考えてから口を開いた。
「考えておく」
が、その返事は期待感の薄いものであった。
さらに、その言葉を言い残してルイスがその場から去ろうとしているのを感じ取ったサイラスは、即座に次の言葉を投げた。
「あの奇妙な友人に手伝ってもらうことは出来ないのか?」
これに、ルイスは「無理だ」という思いを表情とジェスチャーで示してから答えた。
「あいつは敵には容赦が無いが、基本はめんどくさがり屋だ。それでも手伝わせることは不可能では無いだろうが、きっと厄介な対価を求めてくるぞ」
望みをかなえるには捧げものが必要、それはよく聞く話であったゆえにサイラスは口を開いた。
「まるでおとぎ話に出てくる厄介な神様だな」
ルイスは笑みを浮かべながら答えた。
「その認識で大体合ってると思うぞ」
直後、
“ひどいなあ”
声が響き、ナチャが二人の前に姿を現した。
そしてナチャは言った。
「言ってくれればこれくらい手伝うよ」
その表情と言葉に、ルイスは笑みを浮かべ続けていた。
サイラスはその張り付いたままの笑みから感じ取った。
ルイスはナチャを煽っていたのだ。
だからサイラスは感心した。
こんな化け物に対してそんなことが出来るほどに仲がいいのだから。
そしてルイスはナチャに尋ねた。
「お前ならどれくらいでこの作業を終わらせられる?」
「僕だけなら三日かな。夜通しで協力すれば明日には終わるんじゃない?」
「ならば私も夜勤に参加しよう。サイラス、お前は夜になったらゆっくり休め」
その言葉にサイラスは一瞬迷った。
ルイスがどれだけ多忙であるかを知っているからだ。
だが、それは実際ありがたい言葉であったがゆえ、
「ああ、そうさせてもらうよ」
サイラスは素直に従った。
◆◆◆
ルイスは報酬の支払いを完全に凍結させているわけでは無い。一部には支払われている。
ナンティはその一部の人間であった。
報酬を受け取ったナンティは軍を去るつもりであった。
その準備をしながら、ナンティは未来を思い浮かべていた。
魔王から奪い返した土地で何をしよう? 畑を耕す? それとも家畜を飼う? 両方という選択肢もある。
当然部族のみなと一緒だ。ようやく、自分達に平穏が訪れるのだ。
ナンティはそんなことを考えながら手を動かしていた。
場所は魔王軍の兵舎。
二段ベッドが規則的に並んでいるその広い部屋にナンティは一人でいた。
まだ報酬を受け取れていない仲間達は町で退屈しのぎをしているからだ。
だから別の人間が部屋に入ってきたことにナンティはすぐに気付いた。
それはデュランだった。
歩み寄ってきたデュランはナンティと視線があった直後に口を開いた。
「お前も報酬を受け取れたのか」
デュランもナンティと同じ人間の一人であった。
デュランは続けて口を開いた。
「何をもらったんだ?」
ナンティは視線を下に戻し、ベッドに腰掛けたまま口を開いた。
「南……魔王軍に奪われる前の土地を要求した」
答えながらナンティは再び手を動かし始めた。
その旅支度を見つめながらデュランは再び口を開いた。
「奇遇だな。俺も同じだ。俺は故郷に近い場所の土地をもらった」
ふーん、そうか、と、ナンティは相槌を打ちながら作業を進めた。
銃を細長い袋に入れる。
それを見たデュランは尋ねた。
「やはりお前も銃をもらえたのか」
やはり、その言い回しに引っかかるものを感じたナンティは答えた。
「ああ……返さなくていいと言われた。売れば金になるから、いざという時のために取っておけと」
「弾も渡されたか?」
「……ああ」
「やっぱりか。俺もだ。俺の場合は剣までくれた」
引っかかるのは確かだったが、無視できるほどのものであった。
デュランの次の言葉を聞くまでは。
「……色んなやつに話を聞いたみたが、どうやら報酬をもらえたのは南の土地を要求した者だけのようだ」
無視できない言葉であったが、まだ理由をつけられる疑問であった。
南のパイから先に提供しているだけ、それでも納得するには十分。
だからデュランは畳み掛けるように尋ねた。
「旅の路銀も渡されたか?」
ナンティが頷きを返すと、デュランはさらに質問を重ねた。
「途中にある拠点で補給も受けられるように、引換証も渡されたか?」
これにも頷きを返すと、ナンティの中にある疑問は一つの言葉となった。
まるで南を集合場所とした軍事行動のよう、兵站線が南に向けられたかのようだ、ナンティはそう思った。
その思いを感じ取ったデュランは最後の情報を出した。
「フレディも一足先に南に向かったが、俺が南の土地を求めていることを知っていたあいつは出発する直前にこっそり教えてくれた。南側の偵察を依頼された、だから南に行くなら気をつけろ、とな」
その言葉ですべての疑問が一本に繋がった。
それを感じ取ったデュランは尋ねた。
「だから一緒に行かないか? きっと、南で何かが起きている」
ナンティが頷きを返すと、デュランは口を開いた。
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