Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十五話 一つの象徴の終わり(13)

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 直後にアルフレッドが放った嵐がキーラを襲う。
 ドラゴンに投げる予定だった爆発魔法で相殺。
 衝撃と閃光と火の粉がキーラの身を包む。
 瞬間、

「せぇやっ!」

 サイラスの長剣が閃光の幕を裂きながら光芒一閃(こうぼういっせん)。
 歪な刃が、カマが、光ごと食らうかのようにキーラに襲い掛かる。
 が、

「!」

 手ごたえは生身の肉のそれでは無かった。
 直後に視界が回復してそれが目に映った。
 電撃魔法の網だ。
 魂のカマはその分厚く柔軟な網で受け止められていた。
 サイラスのカマはその網を食い破ろうとしたが、キーラの展開力のほうが数段上であった。
 あっという間にカマが糸でがんじがらめにされる。
 これはもうダメだ、そう判断したサイラスはカマを長剣から切り離した。
 銀色の刃すら包み込もうとするかのように糸が伸び迫る。
 伸びながら広がり、形作る。
 そしてサイラスが歪なカマを再び作り直すころには、眼前に二体の狼の人形が展開されていた。
 だが、その身の中に赤い球が作られる前にサイラスは突進一閃。
 回避が間に合わなかった一体を両断。
 再生させぬように歪なカマが破片まで食い尽くす。
 その死の感触を確かめながら、サイラスは長剣を逆手持ちに切り替えた。
 小指と薬指だけで長剣を支えながら、残りの指で光弾を作り出す。
 直後に、赤い球が完成寸前の一体に向かって発射。
 光弾が赤い核を撃ち抜き、爆散。
 生じた衝撃波を左手の大盾で受ける。
 その隙にキーラが距離を取り直し、右手に赤い球を作り出す。
 迎撃が間に合わない、だからサイラスも後方に地を蹴った。
 入れ替わるようにアルフレッドが前に立ち、

「破ァァッ!」

 目にも止まらぬ速さで十文字を四連。
 光の嵐と赤い槍がぶつかり合う。
 だが、このぶつかり合いはキーラの勝利であった。
 嵐を突破した槍は二人をかすめ、

「「うおおぉっ!?」」

 ふきとばした。
 そして二人は地面の上を転がりながら感じた。
 敵兵達の攻撃意識が自分達に集まったのを。
 直後にその意識は実行に移された。
 魔法使い達が光弾を放ち、銃兵達が引き金に指をかける。
 瞬間、

「鋭ぃぃっや!」

 長い気勢と共に場に飛び込んできたのはベアトリス。
 左手の防御魔法前に投げると同時に右手の槍で串刺し、嵐と変える。
 光の濁流は光弾をことごとく撃ち落としたが、

「きゃあぁっ?!」

 数発の銃撃は嵐を突き破ってきた。
 右足を撃ち抜かれ、その場にひざをつく。

「ベアトリス!」

 かばうようにアルフレッドがベアトリスの前へ。
 だが、次の攻撃はアルフレッド一人ではどうにもならないことは明らかだった。
 数十匹の狼が展開されている。
 上空には鳥が。そっちは一瞬で数えることが難しいくらいの数が揃っている。
 アルフレッドの背中に冷や汗が流れる。
 絶体絶命と言って良い状況。
 であったが、

「?!」

 アルフレッドは思わず振り返った。
 後ろから声が聞こえたからだ。
 見ると、ベアトリスとサイラスも振り返っていた。
 三人とも同じ声を聞いていた。

“よく粘った。あとは任せろ”と。

 それは間違いなくルイスの声だった。
 そして振り返った先にルイスはいた。
 だが、みな違うものに目を奪われていた。
 それは霧だった。ルイスの背後に霧が横たわっていた。
 一体なんなのか、この霧はどうやって生まれたのか、その答えは容易に推察できた。
 ルイスも同じことをしたのだ。城下街にいる兵士達から、倒した敵から魂を拝借したのだ。
 霧は明らかに意思を持って迫ってきており、ルイスの姿は間も無く霧の中に消えた。
 直後に霧は加速し、あっという間にキーラ達の目の前にまで迫った。
 そしてキーラ達は見た。
 霧の中で光っている目を。
 夜空を埋め尽くす星々のよう。
 数え切れないほどの視線。
 その視線は直後に殺意を放ち、形を持って霧の中から飛び出した。
 霧の中から大量のムカデが飛び出す。
 それは恐怖の襲来以外のなにものでも無かったが、恐怖の感情を失っているキーラの兵士達は果敢に立ち向かった。
 だが、

「「「―――っ!」」」

 その凶戦士達の暴勇は次々と霧の中に飲まれていった。
 悲鳴の連鎖と共に全体が霧に包み込まれる。
 あとは地獄だった。
 足元にムカデが沸き、ふとももにからみつく。
 上からムカデが雨のように降り注ぐ。
 抵抗など出来ない。
 それはドラゴンとて例外では無かった。
 全身がムカデまみれ。
 その巨体に虫食いの穴が次々と作られる。
 このまま終わる、そう思えた。
 だが、たった一人だけこの地獄に抵抗しているものがいた。
 それはやはりキーラだった。
 キーラは爆発魔法を連射してしのいでいた。
 霧もムカデも近寄らせない。
 だが、逆に言えばキーラにできていることはそれだけであった。
 さらにキーラの反応は鈍くなっていた。
 霧のせいだ。
 この霧は濃い魂の集合体。ゆえに雑多で大きな波が常に放たれている。
 それが巨大なノイズとなってキーラの感知を妨げていた。
 ゆえに、背後から忍び寄る者の気配に気付けなかった。
 間も無くその者は叫びと共に霧の中から姿を現した。

「破邪活殺!」

 それはアルフレッドだった。
 その右手にはあの果実があり、そして先の第一声はこれからやることについての意思表示であった。
 頭の中にある邪を殺して宿主を生かす、ゆえに破邪活殺。
 生かすも殺すも自在という意味も含まれていた。
 そして背後から響いたその叫びと共にキーラは感じ取った。
 それはアルフレッドの記憶の映像だった。
 映像の中でベアトリスはこう言った。

「名前をつけたほうがいいんじゃない?」と。

 突然の提案に、アルフレッドは一瞬なんのことか分からなかった。
 同じ果実をぶつけるあの技に名前があったほうがいい、ベアトリスはそう言ったのだ。
 これにアリスも「それはいいわね」と乗った。
 アルフレッドは気乗りしなかったが、話は二人で勝手に進められた。
 しかし使い手はアルフレッドだ。どうしても話に巻き込まれる。

「どんな名前がいい?」当然のようにそう聞かれた。

 これにアルフレッドはイメージで返した。
 そのイメージは、果実を当てた時にベアトリスから感じ取ったものだった。
 アルフレッドはそのイメージを的確に表現する言葉を知らなかったが、アリスは違った。
 ゆえにアリスが名付け親となった。
 それは異国の言葉であり、知らない言葉であったが、正しく表現している自信をアリスから感じ取れたゆえにアルフレッドはそれで納得した。
 そしてアルフレッドは振り返ったキーラの顔面をわしづかみにすると同時にそれを叫んだ。

「白夜転生弾!(びゃくやてんしょうだん)」

 白夜とは、夜になっても暗くならない現象のことを指す。
 まさしくそれは白い夜空から始まった。
 星々のきらめきは見て取れるが、薄白い。
 強力な感知能力者であるゆえに、キーラはそのきらめきの正体が理解できた。
 これは脳内を走る電気信号と光の魔力のきらめきだと。
 間も無くそれは見えなくなった。
 より強い光源が現れたからだ。
 それは一つの大きな白い円であり、太陽に見えた。
 太陽は迫ってくるかのように大きくなっていった。
 空がどんどん白く、眩くなっていく。
 そして埋め尽くすほどになったのを感じ取ったアルフレッドは叫んだ。

「光と共に消え去れっ!」

 そして生まれ変われ、ゆえに転生弾。
 間も無くキーラの意識は白く塗りつぶされ、直後に黒に反転した。
 そしてキーラが倒れた音を合図にしたかのように、周囲の喧騒もおさまっていった。
 戦闘音が霧の中に吸い込まれるように消えていく。
 ドラゴンも原型がわからぬほどに崩れ、溶けていく。
 その溶解と共に霧は薄れ、最後に満足感を放って晴れ消えた。
 そうして場には倒れた敵兵達とドラゴンの残骸だけが残った。
 その糸の切れた人形の群れの中に、異質な存在が一つたたずんでいた。
 それは人の形をした霧に見えた。
 間も無くそれは輪郭を明確にし、ナチャとなった。
 そしてナチャは先の満足感を言葉にした。

「もう満腹だよ。……おいしくは無かったけどね」

 その言葉が戦いの終わりの合図となった。
 足元に倒れているキーラの様子をアルフレッドがのぞきこむ。
 命に別状は無い。除去は成功した。
 だが助けるつもりでやったわけでは無い。あくまでも行動不能狙い。もっとはっきり言えばただの勢いでやったことだ。
 だからアルフレッドにはどうすべきかわからなかった。
 それを察したのか、それとも最初から全て理解していたのか、アルフレッドの背後には既にルイスが歩み寄っていた。
 ルイスはアルフレッドの背中越しにキーラの様子をうかがいながら口を開いた。

「寄生していたものだけを取り除いたのか。見事だ」

 しかしその口から出た言葉はただの賞賛であり、アルフレッドの悩みを解消するものでは無かった。
 そしてよく覗いてみると、ルイスの心にあるのは先の技に対しての好奇心だけであった。
 だがルイスはいじわるせずに、アルフレッドの期待に応える言葉を響かせた。

「その技はアリスに教えてもらったのか?」

 それは全ての問題に通じる言葉であった。
 ゆえに、もう一人の重要人物が直後にその声を響かせた。

「その話は是非わたしにも聞かせてほしいわね」

 透き通るようなシャロンの声にアルフレッドが振り返り、視線が交わる。
 その視線には別の二人の意識が混ざっていた。
 それぞれのアリスの意識だ。
 同一存在との接触、それはやはり奇妙なものであった。
 双方の意識が張り詰め、見つめ合う。
 数秒の静寂。
 高速演算で互いを探り合っているゆえに、その数秒はとても長く感じられた。
 そしてその静寂を先に破ったのはアルフレッドのほうのアリスであった。

“ええ、全部話すわ。わたし達がここにきた理由もなにもかも、ね”

   第十六話 もっと力を! に続く
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